第6話 気に食わないこと


 その後、ベルモンド侯爵は拘束、連行された。

 侯爵邸はそのまま封鎖され、侯爵夫人とマリアンヌも、事情聴取のため屋敷内に軟禁された。


 王太子に対してアンリエッタの死を偽装しようとした、という軽い罪で拘束したものの、叩いてみると、嫌という程ほこりが出てきた。

 もちろん、アンリエッタ以外のことも含めてだ。中には、領地経営に関する、大きな不正も含まれている。爵位と領地の返上は、免れないだろう。


 また、裏社会に関する何がしかに、夫人と一部の使用人が関与していたことも判明した。ブティックの前でアンリエッタに声をかけてきた中年男も、夫人の関係者だ。

 もはや誰も知る由がないが、一度目のループでアンリエッタを森に捨てた使用人も、二度目のループで彼女を襲ったごろつきも、三度目のループの暴れ馬も――さらにはアンリエッタの実母を毒殺したのも、同じく夫人の関係者だった。

 今、夫人は侯爵と二人、仲良く牢の中である。


 マリアンヌについては、窃盗罪が適用される。ただしそれは、エドワードに対する恋心と、アンリエッタへの嫉妬心が引き起こしたものであって、侯爵家の不正には関わっていなかった。

 被害者であるアンリエッタが強い裁きを望んでいないので、謹慎処分程度に収まるだろう。

 だが、贅沢な生活が当たり前だったマリアンヌにとって、質素な暮らしは苦痛を伴うことに違いない。


 まもなく五歳になる長男には、一代貴族として、ベルモンド侯爵家の屋敷だけが与えられた。彼はこれから、ベルモンド侯爵の犯した罪を償っていくことになる。

 彼自身は何もしていないのに、あまりにも酷な運命だ。だが、姉のマリアンヌと、王宮から派遣されることとなった官吏が彼を支えてくれるはずである。アンリエッタも、彼が本当に困った時は、元家族として手助けをするつもりでいた。


 アンリエッタは、ベルモンド侯爵家の籍を抜け、母方の縁戚に養子縁組をしてもらうこととなった。

 エドワードとの婚約は、アンリエッタの姓が変わっても、依然として継続中だ。というより、婚約の継続も養子縁組の条件に含めて手続きを取らせるという、徹底した執着具合である。



「――それにしても、君の『筋書き』は見事だったな。まさか侯爵が、本当にアンリエッタを排除し、マリアンヌ嬢と婚約を結ぼうとしていたとは」

「……あの、私のことは罰しないのですか?」


 アンリエッタの推論を、エドワードは『嘘』ではなく『筋書き』として受け取った。アンリエッタは、嘘が嫌いと言ったエドワードが、彼女に罰を与えないことが不思議だった。


「ああ。君は悪いことを何一つしていないし、嘘もつかなかっただろう。話したのは、ただの推論――いや、『筋書き』に過ぎない。……ああ、だが、君は『筋書き』の中で一つだけ気に食わないことを言ったな」

「えっと……それは、何のことでしょう……?」


 エドワードは、口元を引き結び、眉に力を込めた。だが、その目は変わらず輝いている。


「――口にするのも不快だから、言わない」

「!! そ、それは、大変申し訳ございませんでした!」


 エドワードの言う、『気に食わないこと』。それは、アンリエッタの尋ねたこの言葉だ。


 ――「エドワード殿下は、マリアンヌを愛しているのでしょう?」



 エドワードは、以前からアンリエッタだけを愛していた。

 ただし最初は、婚約者としての責務から一緒にいたに過ぎなかった。


 エドワードの心が変わったのは、アンリエッタにドレスを贈った日のことだ。

 普段は感情を大きく動かすことのないアンリエッタが、この上なく嬉しそうに笑ったのである。まるで花が開くように、目をまん丸にして、頬をピンク色に染めて。

 その時アンリエッタが見せた極上の笑顔を、エドワードは、一生涯忘れないだろう。


 アンリエッタとは何度も会っていたから、彼女が好む素材やデザインは把握していた。だから、彼女が喜んでいるのを見た時、エドワードは予想が当たっていたことを嬉しく思った。

 目を輝かせる彼女を見ていると、胸に灯がともったように温かな気持ちになる。エドワードは、また彼女の喜ぶ顔が見たくて、アンリエッタの好きそうな演目を調べ、観劇に誘ったのだ。


 だが、観劇の日にエドワードがアンリエッタを迎えに行くと、彼女はそのドレスを着ていなかった。エドワードはそれを疑問に思う。だが、今日は気分ではなかったのだろうと、深く考えなかった。


 その日の演目は、予想通りアンリエッタの好きな演目だった。アンリエッタは熱心に舞台を眺めていたが、時折、ふっとドレスに目を落として思い悩むようなそぶりを見せている。


 何かある、エドワードはそう直感した。

 しかし、アンリエッタに尋ねても、はっきりとした答えは返ってこなかった。

 ――この時アンリエッタは、自分の不注意でドレスを紛失したと思っており、恥ずかしさと申し訳なさからエドワードに打ち明けることができなかったのである。



 ベルモンド侯爵家の茶会に呼ばれた時、エドワードはブルーのドレスを纏うマリアンヌを見て、すぐに「これか」と思った。マリアンヌは、アンリエッタと違ってとても非常識な令嬢だった。

 ――デザインが好みではない? 誰がどう見ても、あの時のアンリエッタは心から喜んでいた。

 それに、アンリエッタの悲しそうな表情を見たら、どちらが嘘をついているのかなど、火を見るよりも明らかだ。


 エドワードは、アンリエッタが今度こそ話してくれるだろうと、真偽を尋ねた。けれど、彼女は悲しげに首を振って、出て行ってしまう。

 エドワードは他の貴族にも挨拶をしなくてはならなかったため、アンリエッタをフォローできなかったのが、ずっと気がかりだった。



 エドワードは、後日、アンリエッタにドレスの件について改めて尋ねた。しかし彼女は、それでも何も言ってはくれない。

 エドワードは、これ以上深入りするのを諦めた。



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 次回、最終話です!

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