怪物

UNKNOWN

第1話 釈放

「無知は罪なり、知は空虚なり、

 英知持つもの英雄なり。」 哲学者 ソクラテス



『561番。出所だ。もう戻ってくるなよ。』


 世話になった看守が重い扉を閉じながら言った。


 家族はいないと言ったら嘘になるが、あまり連絡を取っていない。


 だから、出所しても誰もいない。


 服役中に稼いだ小銭を使いタクシーに乗った。

 運転手は俺が乗った時に話しかけてきた。


『あんた、風花紅華かざはなこうかだろ。自分の家族をその手で殺したってな。あの時の新聞は、あんたのことばっかだったよ。』


 流れる景色を眺めながら、聞き流していた。

 運転手は続けて尋ねてきた。


『なぁ。本当にあんたがやったのか?』


 沈黙が車内に流れた。


『なんだよ。ダンマリか。実の家族を殺した気持ちはどんななのかな。尊属殺人で死刑になりゃよかったな。』


 さっきまで沈黙が流れていた車内に、年老いた笑い声が響く。


 街へ着いた。電気屋のテレビに流れていたニュースを見ていた。


『一家殺しの風花紅華が今日出所しました。風花氏の妹である、風花紫荊かざはなしかさんは未だに行方不明となっています。警察は、風花紅華氏の任意の事情聴取を基に捜索するとのことです。続いては、今日の占いです。第一位は、、、』


 俺のニュースが終わった。周りの目が痛い。みんなこっちを見てこそこそと話していることが分かる。大きな声で『死ねばよかったのに』という者やずっと『豚小屋に入ってろ』という者がいた。


 キャップを深くかぶり、人気の無い道を通りながら家だったところに戻った。


 20年の月日は無慈悲なものだった。幸せを築いていた一軒家は草が生い茂て、外壁には殺人者や消えろといった落書きがあった。草をかき分け家に入った。


 かび臭い。埃も舞っていたが、あの時のままだった。リビングはあの時のような赤く染まった景色はなかった。しかし、変わっていることが一つ。リビングの真ん中に花束が置いてあったのだ。妹であろう。この家に入れるのはアイツしかいない。元気にしているだろうか。いじめられていないだろうか。そこが心配だった。


 置いてあった花束には、見覚えがあった。カスミソウと紫のバーベナ、スカビオサだった。どれも両親が好きな花であった。母さんは言っていた。


『カスミソウって何かを引き立たせる花だよね。花束でも奥のほうに生かされている。でも私はそんな花が好きなの。誰かを引き立たせるために、自分を犠牲にしているように見えて。素敵でしょ。』


 母さんはそんな人だった。誰かの為ならば、自分の犠牲は伴わない。だって、川で溺れていた子を助けるために、自分が泳げないのに助けに入ったほどだ。そんなことを思い出して目頭が熱くなった。


 置いてあった花束に手を合わせ、家を出た。


 玄関先でうずくまっている女性がいた。誰だこの人。妹ではないことは確かだった。金髪でハーフのようにも見えた。その人が俺の存在に気づくとスッと立ち上がり質問を投げかけた。


「失礼します。風花紅華さんですよね。一家殺しの件について詳しく伺いたいのですが。」


 この記者はまだそんなことを記事にしていたのか。もうあんな事件誰も覚えてやしないのに。


 この世の人は事件、特に人の命が関わった事件であればあるほど関係ない者たちが騒ぐ。事件の被害者や加害者家族の気持ちを、勝手にくみ取り偏見の入った考えに変換してしまう。そして、数日もすればみんなして忘れてしまう。


 地下鉄サリン事件や和歌山毒物カレー事件のような、テレビ番組で取り上げられる事件は忘れられにくいが、被害者が少ない殺人事件のことを覚えている人は少ないであろう。


 なのに、この人はこんなちっぽけな事件を未だ追っていたのであった。


「すみません。お答えすることはできません。」


 そう断り今晩泊まれるところを探そうと思った。


「動機は何でしょうか?警察も事件性があるとまでしか公言していません。何か裏があったりするのではn」


「黙れ!」


 思わず声を荒げてしまった。平常心を保とうと、もう誰にも八つ当たりしないと決めていたのに、見ず知らずの人に、、、俺はなんてことをしてしまったのだろう。


「すみません。でもお答えすることはできないんです。」


「やはり、狂暴ですね。声を荒げて起こったかと思えば知らんぷりですか。もしかして、癇癪で家族を殺したのですか?それぐらいならお答えできますよね?」


 そういう女記者の声を聴きながら俺は、を去った。


 やはり犯罪者ということは知られているのか、泊めてくれそうな宿は見当たらなかった。仕方ない、高架橋の下で一夜を過ぎすしかない。そう思い、近くにあった橋の下に行った。


 ホームレスの人が2人くらいいた。その人たちの目は光がともっていなかった。絶望しているかのようにも思えた。数時間すると役所の人間が来て、何かもめていた。

 立ち退きだ。ほかに行く当てもないからここにきているのに、近隣住民からは『不衛生だ』の『子供に悪影響だ』の苦情が入っていて、市の人間も苦渋の決断だったらしい。明日には立ち退くように言われた。


『井の中の蛙』光の世界ばかり見ているいわゆるの人間は、こちらの世界は理解しがたい。当たり前だ。俺でもそうだった。でも、やはり、、、


「こんなところにいた。探しましたよ、紅華さん。」


 振り向くとあの女記者がいた。何の用なのか、また冷やかしにでも来たのだろうか。すると続けてこう言った。


「泊るところ、ないんですよね。家に来ます?」


 その言葉に戸惑った。この出所したばかりの俺を、道端の石ころも同然のこの俺を気にかけてくれていた。


「なぜそこまでしてくれるのかって顔してますよね。当たり前ですよ、いくら道を踏み外しても同じ人間です。私は見捨てたくないんです。あなたを追っているのも、悲惨な事件を忘れ去られないためです。」


「何度もお話ししましたが、お答えすることはできません。」


「なら話してもらえるまで離れません。」


 何処までもしつこい女だ。だが、今日泊まれるところができたから我慢でもしておこう。


「私、ティーグリフ・百虎・アイリスです。アイリスとでもお呼びください。」


「俺は、風花紅華。好きに呼べ。」


 軽く自己紹介が終わり、アイリスの家に向かった。アイリスの家は、いかにも売れていない小説家が住んでいるような廃れたアパートだった。204号室の角部屋が彼女の部屋だった。


「散らかってますけどお気になさらず。」


 部屋に入ると、小説や新聞記事そしてファイルが散乱していた。その中の一つには、1年前くらいに起きた猟奇殺人についてのファイルがあった。あの留置所で自殺した犯人の事件だった。確か名前は、、、何だったか。そして、今回の事件についてもあった。


『ドンドンドン』


 激しくドアをたたくおとが鳴り響く。そのあとに大声が響いた。


「ちょっと!百虎さん!お隣さんから苦情ですけど、誰か連れてきてるんですってね。しかも犯罪者。早く追い出してもらえません?殺人犯と同じ空気なんか吸いたくありません。」


「すみません。でも、ききたいことがあっ」


「仕事ならほかでできるでしょ。人殺しを追い出せって言ってんの。」


 やはり、犯罪者は社会に戻っても犯罪者のままなのだ。どれだけ更生したとしても更生してなかったとしても、世間一般では人殺しだ。此奴にも迷惑が掛からないように、ここから出るしか。


「紅華さん。いったんご飯いきません?」


 そう言われ、家を出た。


 商店街を歩いても話し声が聞こえる。


『ねぇあれ見てよ。人殺しが涼しい顔して歩いてる。』


『ほんと。こっちは怖い思いしたっていうのにね。』


『のうのうと生きやがって。死刑になればよかったのに』


 こうやって言われるのもしょうがない。だって俺は、、、俺は。


『べちゃ』


 急にべたつくような感覚があった。生ごみを投げつけられていた。


『みんな!こいつに物投げてやろうぜ。社会の制裁も必要だろ』


 全員が何かを持ち出し、投げつけようとした時、アイリスは言った。


「皆さん。さっきから陰口を言っていたのも分かっていましたが、これはれっきとした傷害罪です。警察に言えば、、、」


『でもそいつ警察のお墨付きだろ。こいつ自身が何かを犯したわけじゃないけど、よりいっそう監視は強まるだろうけどな。』


 そう誰かが言った瞬間一斉に投げつけてきた。服や卵、肉や本と売り物を次々に。

 飯を食えるような店はなかった。なかったというより、店に入れなかった。まるで村八分だった。


 誰もいないような公園に行き一休みをしようとしたのだが、


「すみません。紅華さん。私何もできませんでした。」


 そういい涙をこぼしていた。目の周りが真っ赤に腫れ、嗚咽も混じっていた。こんな犯罪者が当たり前の対応をされていたのに、そんな俺を憐れんでいた。どこまでお人よしなのか。慰めるべきなのだろう、そう思い話しかけようとすると数人の輩たちが公園に侵入してきた。


『ここにいたのか。早く制裁を加えないとな。』


『そうだね。けんちゃん。正義のヒーロー参上だね。』


『やっちゃえ!けんちゃん。』


 そうけんちゃんと呼ばれていた男が金属バットで殴りかかってきた。自然と体が動く。バットを軽くかわし、そして延髄あたりを小突いた。


『け、けんちゃん!』


『やっぱり、殺人犯だ。』


 しかし逃げるわけではなかった。泣いているアイリスを人質のようにとらえ、叫んだ。


『けんちゃんをよくも』


『死ね!死にやがれ!家族も殺せるような心の無いやつは人間じゃないだろ。』


 誤解を払おうとした。今の動きの理由も。しかし近づくと二人は怖がって逃げてしまった。このまま、アイリスといると彼女に迷惑をかけてしまう。だから、俺は一人のほうがいいのだ。誰も傷つかないように。気持ち悪いだろ。犯罪者がのうのうと生きているのも。そして、こうやって誰かに助けてもらっているのも。だから俺はアイリスを置いて逃げた。逃げるのが俺の癖だった。だから、、、。


 また、あの高架橋の下へ向かった。あのホームレスもいなくなり、黄色テープと進入禁止の看板が立っていた。それを無視して橋の下に入った。ここでなら雨も人目もしのげるだろう。しかし、ダメだった。石は投げつけられ、罵倒を浴び、何もしていないのに警察を呼ばれた。犯罪者に生きる世界はないのだろう。あの輩たちにも言われた、死ねと。あんなことしなければ、、、

 悔いても仕方がない。事実は消えない。


「最期ならあいつに会いたかった。」


 街が寝たかのような静けさの中、俺は眠りについた。手紙を書き終えてから、、、


        ー翌朝ー

「あの人、どこへ行っちゃったのかな?夜も冷え込むのに。まだ聞きたいこととか、言いたいこともあったのに。」


 私はそう思いながら、朝のコーヒーとクロワッサンを準備してテレビをつけた。記者というもの、ニュースは見ておかなくちゃね。


『残念ながら最下位は乙女座のあなた。開運アイテムは手帳です。それではいってらっしゃい。ここで速報です。先日釈放された風花紅華ですが遺体で発見されました。首吊りとみられ、そばには、「死んでお詫び申し上げます。殺人者が生きるのは社会の皆様に申し訳ないと思う次第です。」そうか書かれていたため、警察は自殺として処理しました。』


 私は食べていたクロワッサンを落としてしまった。


 えっ?紅華さんが、、、


 死んだ?


 なんで?


 自殺?


 真実は?


 でも、やっぱり殺人犯なんだ。


 責任から逃げ、反省することもせず、


 そして、死んで逃げる。


 私の嫌いな典型的な犯罪者だ。


「私に相談してくれれば」


 小説やファイルで散らかった部屋にすすり泣く声が聞こえる。嗚咽も聞こえ始める。隣の人が泣いているのか?しかし、目頭が熱くなった時に気づいた。


 なんだ、、、


 泣いてたの私か、、、

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