ゲーム世界にTS転生した俺は、最推しの言うことならなんだって聞ける
最早無白
出会い
第1話 SSRイリーゼ(水着)ピックアップガチャ!
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。本来ならばもっとやるべきことがあるのだが、今はそんなことは言っていられない。
――思い返すと、あれは一週間前のことだった。
高校生活最後の夏休み。それなりに打ち込んでいた部活も引退し、短期のバイトも始めた。二学期辺りから受験に本腰を入れようかな、などと思っていたところに、俺の心を揺るがすことが起きてしまったんだ。
それは、俺がやっているスマホゲームの『グラマラスクリア』……略してグラクリ内で最も推しているキャラ、イリーゼたんの水着バージョンが期間限定で排出される……ってことだ。
この時期の受験生がゲームにうつつを抜かすのはヤバい、そんなことは分かってる。だけどどうしても引き当てたい! ログインボーナスだけ貰うついでに頭をよしよししたい!
だからこうして、俺は一万円札とスマホだけを持って、家から最も近いコンビニへと全力疾走しているってわけだ。なんでって? 聞くな。俺には
「だから……急げええええっ!」
高校生である俺にとって、ガチャの一発一発はかなり重い。
ピックアップの期間中、俺はありとあらゆるクエストを周って『
現在の時刻は午前十一時五十七分。コイツが十二時ジャストになった瞬間、ピックアップは終了し、俺の頑張りも全て水の泡になる。次のピックアップは少なく見積もっても一年後。それまでの間、水着イリーゼたんはお預けとなる! そんなの耐えられるわけない!
「――よっしゃ、コンビニ着いた! 残り二分!」
すぐさま自動ドア近くにある魔法のカードを購入し、自動ドアから出たと同時に銀色のシールを勢いよく剥がす。現れ出た数字の羅列をカメラに収め、五桁を溶かした軽快な音など気にする間もなくグラクリのアプリを開く。
「よし、これで天井! 念願の水着イリーゼたんをお出迎え!」
最後の三百連目も大爆死、そんなささいなことはどうだっていい。昼間に人前で叫ぶ、そんなのは一時の恥だ。俺は水着イリーゼたんを手に入れられたんだ、期間限定の最推しを愛でられるんだ……!
――俺は画面の中にいるイリーゼたんしか見えていなかった。いきなり宙を舞ったんだ。
どうやらあまりの嬉しさでいつの間にか横断歩道に飛び出していたらしく、ただただ交通ルールを守っていたトラックに、はねられてしまったようだ。
叫ぶ間もなく全身に激痛が走って、やがて俺は彼女を見ることすら不可能となった……。
「……きて、ねえ起きてよー!」
あれ……これって、イリーゼたんの声? 体も痛くないし、一体どうなってるんだ?
もしかして、死ぬ前に見る走馬灯ってヤツ? 常日頃からイリーゼたんのことばっかり考えてたから、いつか見た『夢の新婚生活』の妄想を振り返ってるんだな。
えっと、この次って俺なんて妄想してたんだっけ……ああそうだ、完全に思い出した!
「――イリーゼたん、こんな俺と結婚してくれてありがとね……」
なんかいつもより声が高いような気がするけど、妄想の世界だからかな? イマジナリーイリーゼたんに愛の言葉をささやいて、幸せに逝くとしよう……。
「いや、結婚してないからーっ!」
イリーゼたんボイスによる迫真の拒否とともに、今度は全身への激痛ではなく、腹部のみに局所的な痛みが襲いかかる。まるで彼女の代名詞である、鉄拳による強烈な一撃みたいだ。
俺の
「いっ、てぇぇぇぇっ! 本当にどうなってんだよ……えっ?」
――人間はあまりにも驚きすぎると、逆に声が出なくなるらしい。
だってすぐ目の前にいるんだもん、最推しの恰好そのままの女の子が……水着で。
さらさらストレートの金髪に、澄んだ青色の目。限定バージョンと同じ黒のビキニに、トレードマークである右腕のガントレット……。
俺が推しに推しまくって恋焦がれ、そして死因にもなった『超ド級イナズマ鉄拳ギャル』こと、イリーゼ・リルファバレルたんがそこにいたのだ。
「……あ、起きた! 海水浴しようと思ったら、キミが浜辺で倒れてたからびっくりしちゃったよー……。ていうか、あーしの名前知ってんだね! クエストこなしてたうちに、いつの間にか有名人になっちゃってた感じー?」
軽い口調も身振り手振りする仕草も、自分や人の呼び方まで完璧にイリーゼたんのものだ。しかもこの海って、イベントで来てたあの海じゃん。潮風で金髪が揺れて……ああ、やっぱりイリーゼたんは綺麗だなぁ……。
「ちょいちょーい。いくらあーしがバチバチにかわいいからって、そんなに見つめられても困るんだけどー? あーし、そういう趣味ないよー?」
そうそう、この口癖もかわいいんだよ。この『バチバチ』ってのが、超ド級イナズマ鉄拳ギャルたる所以なんだよな。今みたいに弾ける笑顔を見せてくれるのがいいんだ、さらっとフラれたことなんて気にしない、全身気にしな……うぅ……。
「えぇー! なんでいきなり泣くのー!? いや、キミの気持ちは嬉しいんだよ? だけど、さ……あーしたち、女の子同士じゃん?」
――はい? ごくごくフツーの男子高生の俺が女の子? 確かにイリーゼたんみたいな女の子になりたいと思ったことはあるけど、だからって本当になれるわけじゃないし。やっぱりここは妄想の世界に過ぎないんだな。
じゃあ最後に、女の子になった俺……いや私か? 私の顔でも見て逝くとしようかな。海をのぞき込み、海面にうっすらと映る顔を見てみる。
「うわぁ、本当に女の子になってる……」
イリーゼたんとは対照的な銀色の髪と、それとは逆に彼女と同じ景色を見られる青色の目。俺が好きな『ギャル』って感じではないけど、割とかわいい……。
――やっぱり見なきゃよかった! これ見てから死ぬのは嫌だああああ!
「ちょ、本当に大丈夫!? キミ、もしかして記憶が曖昧なのかなー……よし。心配だから海水浴は中止! しばらくあーしについて来て! それでいい?」
――そんなの、わざわざ聞かれなくても決まってる。
最推しのイリーゼたんの言うことなら、俺はなんだって聞けるんだから。
「もちろん! イリーゼたんのためならどこまでもついていきますっ!」
どうせこのまま俺は死ぬ運命なんだ、女の子になったって関係ない! 夢の新婚生活ができなくたって……ちょっと悲しいけど問題ない!
せっかく死に際に出会えたイリーゼたんと、
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