第17話『空気も無ければ上下もない』
勇者乙の天路歴程
017『空気も無ければ上下もない』
※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者
ドップーーン……というような水音はしなかった。
まるでVRの仮想現実のようにリアリティーがありながらも実感が無い。
手で水をかき、足でけっても手応えも足応えも無い。
見上げると、三途の川の水面はすでに遠く、水圧も感じなければ水の実感も無い。口に咥えた酸素ボンベで呼吸しているのにあぶくも出ない。
なんだこれは?
おい、ビクニ!
――アワテルナ ココハ スベテノハジマリダ――
だれだ、おまえは? ビクニはどこだ!?
――コレガビクニダ スベテノハジマリ スガタハナイ――
……なぜ姿が見えない? 声も変だぞ?
――アルノハ ナカムラ オマエヒトリダケダ――
そ、そうか……しかし、無重力で上下の感覚も無いぞ。
――スベテノハジマリダカラナ――
……そうか……なんだか眠くなってくるなぁ……
――ネムルナ ネムレバ ナニモハジマラズニ スベテガオワッテシマウ――
そうなのか
――ココデ タシカナモノハ ナカムラガ カンガエテイルトイウコトダケダ コギトエルゴスムダ――
コギトエルゴスム……われ思うゆえにわれあり……か。
それで、何をすればいい?
――ウエトシタ――
ウエトシタ……飢えと舌? 上戸彩? あ、上と下か。
でも、どうやって……?
考え始めると、二つの矢印が現れてフワフワと漂い始めた。
これでなんとかしろというのか?
――ヤジルシハナカムラノカンセイダ、ナントカシロ――
なんとかしろと言われても……
――ナントカシナケレバ エイエンニ ココデ タダヨウダケダ――
それはかなわない(;'∀') もう少し酔いかけてる。
息子とコミニケーションをとろうとして、VRゴーグルを買った時のことを思い出す。レースゲームをやったらコースを一周もせずに酔ってしまって、なけなしの父親の権威は五分も持たなかった。
――ガンバレ ソウイクフウダ――
ソウイクフウ……ああ、創意工夫か……と言われてもなあ……。
矢印を重ねてみたり、逆立ちさせたり……二つあることがミソなのだろうと、先っぽをひっ付けて見たり逆にしたり。時計の針のように回してみても何も起こらない。
クソ
少しイラっときて振ってしまうと、矢印はバラバラの三本の棒になってしまった。もう一つを手に取ると、同じようにバラバラになる。
グヌヌ
なんだかパズルだ。苦手なパズルだ。
なんだか息苦しい……ひょっとして酸素ボンベが切れてきた?
待てよ……水の中でもないのに酸素ボンベって必要あるのか?
そう思って、酸素ボンベを外してみる……。
ハーーハーー
え、苦しい、ひょっとして空気が無い!?
――オチツケ ボンベノサンソハジュウブンダ オチツイテヤレ――
わ、わかった(-_-;)
気を取り直して矢印をこねくり回していると『T』の縦棒に残りの一本がひっついて『下』の字になった。横棒を軸にひっくり返すと『上』の字に変わった。
ユーレカ!
アルキメデスの喜びの文句が湧き上がり、『上』を頭の方に『下』を足もとに投げた!
ん……ウワアアアアアアアア( >▢<)!
真っ逆さまに『下』の方に落ちていってしまった!
☆彡 主な登場人物
中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
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