第15話『川を遡る』
勇者乙の天路歴程
015『川を遡る』
※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者
「これって、本当に神さまのための……そのぉ……旅なのかい?」
「そうだ」
前を歩くビクニは振り返りもしないで、木で鼻をくくったような返事。
プータレる新米を面倒がりながら敵地に踏み込む少佐のようだ。
「じゃあ、なんで……」
次の文句をプータレる前に蘇ってしまう。
さっきの栞。
―― おにいちゃん……しおりね……いっぱい夢があったんだよ。よるねるときは、おにいちゃんお母さんといっしょだったでしょ。お母さんのおなかのかわとおしてくっついていたんだよ……ままごとしたかった……おにんぎょさんごっこ……ぴあのっていうのもやってみたかった……おりょうりもしたかったし……かみしばいみたかったし、ひろばでかけっこしたかったし……きょうだいさんにんでひなたぼっことかもしたかった ――
そうだったんだ。
―― お父さんとお母さんがそうだんして、しおりをうまないってきめたよるにね、しおり、おにいちゃんにぜんぶの夢あずけたんだ ――
そうか……わたしは料理も他の家事も苦にならない方で、一人暮らしになってからでも、さほどには不便を感じなかった。男のくせに人形が好きだったし、子どもの頃は姉の『りぼん』は『少年』と並んで毎月の楽しみだった。高校で女子ばっかりだった演劇部に誘われた時も抵抗は無かったし、逆にサッカーや野球にはとんと興味が無かった。
―― ごめんね夢をあずけすぎて……でも、夢はちからだからね……きっとおにいちゃんのやくにたつとおもうよ……おにいちゃん…… ――
そう言うと、オーブの妹は静かに消えて、石積みは石一個分だけ高くなっていた。
「中村、お前の人生も神が創り給うた世界の一部なんだ、不思議はないだろ。それより、もっと早く歩け。先は長いぞ」
「あ、ああ」
それは理屈だろうが、妹に出くわしただけで、こんなに気が重い。
この先、なにが……思っていると、岸辺の岩にロープで繋がれた小舟が見えてきた。
「あれに乗るぞ」
「あれは、和船か?」
「猪牙舟だ」
「ちょきぶね……ああ」
「……と言っても吉原に行くわけではないがな」
猪牙舟とは、江戸の河川を走っていた小船で、一般のチョロ船よりも速く「チョロまかす」という言葉の語源になっているほどで、吉原に通う旦那衆がよく使ったと言われている。
「フフ、乗らぬ授業で生徒を振り向かせる小話だな、効果は一瞬だがな」
少佐になってからのビクニは人が悪い。
「でも、船頭の姿が見えないようだが」
「船頭はお前だ、しっかり漕げよ」
ええ!?
わたしの驚きなどものともせずに、艪ベソにガチャリと艪をはめると「ほれ」と顎をしゃくって渡すビクニ。
「わたしが漕ぐのかぁ?」
「船頭のスキルはインストールしてある。励め」
「あ、ああ……」
舫いを解くと、舟は流れに乗って岸を離れる。
まあ、流れもあることだし、ゆっくり漕いでも間に合うだろう。
「勘違いするな、川下ではない、川をさかのぼるんだ」
「ええ( ゚Д゚)!?」
「流れは5ノット、10ノットも出せば余裕だ」
「じゅ、10ノットぉ……」
時速18キロ、めちゃくちゃ苦しい……と悲鳴が出かけたが、いざ、漕ぎだすと、それほど力がいるものでもない。
舟は猪牙舟らしく、すいすいと進んで行く。
インタフェイスを広げると相対速度で11ノットと出ていた。
☆彡 主な登場人物
中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
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