4.4.5 悲鳴
二日目の休暇。
僕はずっと使命感にも似た焦りに焼かれていた。
このままヴィエチニィ・クリッドを野放しにしておけば、奴らは魔石とケモノと魔物と、そしてヒトの不安を、ぐるぐると永久機関のようにいつまでも作り続けることだろう。
根拠は見つかっていないし、目撃もしていない。
だが、きっと奴らは悪だ。
悪なのだから、強引なことをしてでも、赦されるに違いない。
「おい、スヴァン。お前、随分と男前の顔になったじゃないか。だが、余計なことを考えるんじゃないぞ。向こうには手練れもいるし、ストレンジャーも討伐できていない。勝手な真似はしてくれるなよ」
休暇が明け、地下で僕の顔を見るなり支部長が言う。まるで心を見透かされているようで、とても気持ちが悪い。
でも、あなたはそれでいいのか。
部下を殺され、傷つけられ、信じていた者は敵だった。
どうしてあなたは戦うことをやめたのか。復讐をやめたのか。
本部の意向などどうでもいい。
あなたはもっと復讐するべきだ。もっと報復すべきだ。その手を血で汚すべきだ。
「スヴァンさん、余計なことを考えてはいけませんよ。六柱の神々もこのように言っています。復讐は忘れた頃にやれと。……つまり、今はまだそのときではありません」
グロリアは、何を言いたかったのだろうか。神々の言葉を騙ったのに、復讐を勧めているようにしか聞こえない。
本来、シェスト教の神々は復讐のことになど触れていないし、そもそも善悪すらもない。ただ、ヒトの平穏とケモノを滅することを祈るのがシェスト教の興りである。
或いはこの衝動を柔らかく抑えようとでも思ったのかも知れないが、僕からしてみれば、グロリアもなぜ報復に動かないか疑問である。
あのとき俺は確かに言ったのだ。かたき討ちは任せた、と。
だというのに、彼女は何もしていない。
なぜ、報復しないのだ。
主だったメンバーは、皆、襲撃されてしまったではないか。
動けるのは僕とニールさんと支部長、そして就任して三年も経っていない新兵数人だけではないか。
四の五の言わずに早く報復をするんだ。腰抜けどもめ。
ああ、イライラする。
イライラしてたまらないのだ。頭が痛くてたまらないのだ。使命感が僕に報復をしろとうるさいのだ。
だと言うのに、今日も帝都公安警察のヴィクトル・エリクソンとダヴィト・フェンツルが来て、これも仕事なんでねと、しつこく話を聞いてくる。嫌味のようにリヒト教も取り調べたのかと問えば、もちろんだ、などと顔色も変えずに言うのだ。僕はそれが気に入らず、いっそう焦りを募らせた。
その真夜中。
辺りは朧に月が照らすが、その色はどこか寒い。
監視の目は気にせずに、僕は第三区画へと続く道を歩いた。
自宅アパートメントは第二区画北西部にあり、公安警察の人間も、この道を通ることに警戒はすまい。
僕は、幅の広い道を堂々と歩いた。これから自分の正義を遂行するぞと勇んで。
だが、オイレン・アウゲンに影が映った。
エリーヌさんと二人であれほど探しても出会わなかったあのストレンジャーが、オイレン・アウゲンにはっきりと映っていた。
それはやはり第二区画と第三区画の間に佇んでいて、まるで僕を待ち構えているようにも見える。
「廻れ、リィンカーネイション」
黒い魔石を握り締めて体を闇に溶け込ませ、繁華街の裏通りに入ったところで、二重の声を小さく唱えてシクロを出した。
土の地面を見て心を閉ざし、月を仰ぐ。
高く跳躍したのか、建物の屋根から飛び降りたのか、月を背にしたヒト型のケモノがそこにいた。
心を閉ざしていなければ、思わず吹き出していたことだろう。
到底、ウェズリー・クライトンから分裂したとは思えないお粗末さである。
大方、眩しくてまともに捉えられないとでも考えたのだろうが、その程度の光ではオイレン・アウゲンを展開しているヴェヒターには効果などほとんどないと、本人だったら分かることだ。
少し前に黒の魔石で闇に溶けた代償で、僕の目が光に弱くなっていると言っても、オイレン・アウゲンはそれを充分に補って余りある。そこへ来て、文字通りの地に足がついていない攻撃である。
僕は無造作にリボルバーの銃口をそれに向け、音も光もなくダークグレイの弾丸を躊躇なく放った。
一射。腹に命中。
二射。心臓の辺りを貫通する。
三射目は、当たらなかった。
だが、それは満足に着地も出来ず、無様に地面を転げ、じきに黒靄にもならずに霧散していった。
探していたケモノを狩ったというのに、そこに感慨は微塵も起こらず、「つぎ」と小さく呟き、表通りを港の方角へと進む。
周りを見渡せば、店や地面のあちこちから立ち昇っている水蒸気が、月の光で幻想的に照らし出されていて、今日という夜には似合っていないように思えた。
靴の音を立てないように、ヒトで賑わう夜の繁華街を歩く。
不思議なもので、誰も僕を見ていないように思えるが、誰もが僕を見ているような感覚もある。
だがそれも、大きな音と悲鳴によってかき消された。
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