第14話

 堤防の手前に国道が走り、その手前に、またもう一本細い道がある。

 おそらく、もともとはこの細い道が使われていたのだろう。それが、護岸工事で国道の位置が変わり、細い道は使われなくなったのだ。


 その細い道の先に、目的の家はあった。

 隣近所はない。目的の家は、草ぼうぼうの空き地に囲まれている。

 

 古い日本家屋だった。灰色の瓦屋根と、焦げ茶色の壁。

 庭がひどい。半分削り取られたような形のまま、塀が途中で切れている。そこから、手入れのされていない曲がった松が、堤防側に飛び出している。

 

 少年たちは、勝手知ったる様子で、その松のほうへ走った。そこからは、庭の中がよく見えるようだ。

「おったぞ!」

 めずらしい生き物でも見つけたみたいに、少年の一人が叫んだ。精悍な顔つきの少年だ。

 まさか子どもと同じように、庭から覗くわけにはいかない。ひまりは古びた門扉に回って、表札を見た。

 掛野とある。間違いない。真由美さんのおばさん、富子さんの家だ。


「すみません」

 ひまりは声をかけた。だが、家の中から返事はない。

 門扉の先には、家の玄関まで、石の敷かれた通路があった。といっても、雑草に覆われて、どうにか通路とわかる程度だ。

 耳が遠いのかもしれない。そう思ったひまりは、門を押して中に入り、通路を進み、玄関ドアの前で、もう一度声を上げた。

 だが、やっぱり返事がない。


 ダメだわ。


 そう言う顔で、おばさんたちを振り返る。

 もう一回。

 多恵さんが、手振りでそう言っている。


 仕方なくもう一度叫んで、それから、足元に置かれた植木鉢を見つめた。端の欠けた植木鉢だったが、植木は妙に元気がいい。長い葉が青々としている。


 ふいに、ドアが開いた。


「なんか、用かね」

 小さなおばあさんだった。後ろでひっつめた真っ白な髪。しわくちゃの顔。

 ただ、目つきはするどい。

 いや、するどいというのとは違う。眼鏡のレンズで、やたら目が大きく見えるのだ。

 その目が、ひまりを睨む。


「すみません、突然」

 頭を下げ、ひまりは訊いた。

「富子さんですか?」

 大きな目は、まったく動かなかった。なんだか、鳥みたい。

「わたし、あの、ルナの真由美さんに教えていただいてお邪魔したんですが」

 ルナの真由美さんから電話があったはずだが、忘れてしまったのかもしれない。


「なんや?」

 おばあさんは大きな声で言った。

 やっぱり耳が遠いのだ。耳の遠い老人は、自分も大声で話すと、駿介さんに聞いた覚えがある。

「吉祥庵というお蕎麦屋さんについて、お話をうかがいに来たんです」

「吉祥庵?」

 ダミ声で返されて、ひまりは思わずのけぞった。

 ところが、富子おばあさんの顔が、みるみるほころんでいく。


「懐かしい名前を言うなあ、あんた」

「覚えてらっしゃいますか」

「覚えとるも何も、目の前に見えるようや」

 くしゃくしゃっと、おばあさんの顔は笑顔になった。

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