Over Rewrite Living Dead 番外SS集
きさらぎ冬青│珍奇兄弟商会
【Winter Holiday Night】
初出:Pixiv2021/12/26
※2022/09/04無配に収録
24時間の勤務を終え、記録の作成やら引き継ぎやら細々とした事務手続きを終えて、疲労困憊で家路につく。
手を洗い、スタイラーにコートを掛けて、脱衣所で着ていたものを脱ぎ洗濯機に放り込んで、洗剤や柔軟剤を入れて乾燥までセットしてシャワーを浴びる。
バスローブを着て荷物を手にリビングに入ると、 部屋は既に日は周囲の建物の奥に落ちて陰り始めていた。
おれはこの秋に異動があって、本庁に召し上げられて、ちょっとした役職つきになった。階級も上がった。通常だったら、これまでだったら1勤務終えたらその日の午後が「明け」で、翌日は休みという流れだ。
しかし、立場が変わって幅広く深く捜査に関わることも増え、家に居られる時間はものすごく減った。明日も午前休ではあるものの仕事で、次いつ休めるのか定かでない。
当然ながら、年末年始だってお構いなしだ。今年なんか週末とかぶるから何かあったときのために役職就いてる人間は誰かしら待機してなければいけない。
それでも幸いだったのは先生が変に疑り深かったりしない人で、イベントとかもあまり意識してなくて、自分も研究や仕事のためなら夜を徹して働く人だからで、しかも一緒に育った…同棲もしていた大石先生が救急救命医で年末年始やイベントがある時期殊更ハードに働いている人なので、 おれが仕事で居ないこと、あまり一緒に居られないことについて言及してこないことだ。
でも、正直なところ、おれはちょっとそれが寂しい。
仕事している間こそ忘れているけど、こうやって部屋に一人で何をするわけでもなく先生の帰りを待っていると特に身に沁みる。
前回の休みのとき、素直にその事を伝えてみたが、先生は「まあ、しょうがないんじゃない?」と言うだけだった。
寝室に向かうと、セミダブルサイズの同型のベッドを2つくっつけてあるうち、先生が眠っていた側だけが起き抜けのままの乱れた状態で放置されている。
乱雑に丸められた布団や毛布を解してその中に悪り込むと、先生がつけているボディローションやヘアオイルの芳しい香りと、先生の匂いがした。
それにしても先生も、学校は既に休みに入ったのに、はっきり言って授業がない以外は何も変わらない。寧ろ職位が上がったせいで論文の指導や実験や検査の付添やらで学校に滞在する時間が増えている。
早く帰ってこないかなあ。今日は何時ころ帰ってくるんだろう。
とりあえず帰宅したことをLINEで送って、 充電ケーブルを挿して、再び先生の布団の中に潜り目を閉じた。
正直今、おれは異動してから仕事を辞めたくなってしまっている。
そして、先生が復帰できたのはよかったけれど、忙しくなってしまって「あんな事があったんだから今更偉くなくたってよかったのに」とすら思っている。
そんなもやもやした気持ちもやがて、意識とともに布団の中の暗闇に飲まれていった。
そこからどのくらい時間が経ったのだろう。
リビングの方から食器を扱う音がして、羽根布団の隙間から薄っすらと明かりが感じられた。おまけに何やら美味しそうな匂いもしている。
体を丸めて布団の中で方向転換して本来足を置く方から顔を出した。するとベッドの傍というか、 ソファとベッドの間に百貨店のショップバッグがあって、きれいにラッピングされたものがいくつも入っていた。
先生、ボーナス出たから奮発して身につけるもの新調したのかな。
ソファの傍を通りかかった先生が、おれが起きていることに気がついて近づいてきた。
「あ、起きてる。あのさ、ごはん今日デパ地下惣菜ばっかりだけどいい?一応チキンもあるしケーキもあるよ」
チキン?ケーキ?
「今何時ですか?カロリーやばくないですか?」
晩御飯がそんなメニューだと食べたあと体動かさなかったら確実に肥る。只でさえ現場出る時間減って体動かせてないのに。
「なんだよお、食ったぶん動けばいいじゃんおれのために」
いや、確かに。それはそれで有り難いっちゃ有り難いですけども。
「ちなみに、もう夜の10時回ってる」
告げられた時刻に軽く衝撃を受けつつ、ゆっくりと体を起こして布団から這い出す。リビングに出ると、楕円形大きなこたつテーブルの上はご馳走でいっぱいだった。
クリスタルのシャンパン用のフルートグラスの1つには既に淡い金色の液体が注がれ、その底からは細やかな気泡が立ち上っている。
テレビの横、カーテンの傍にはいつの間にやら大きなツリーが立っていて、赤いベルベットやら白いストライプのサテン地やらラメ入りの金色のジョーゼット生地のリボンが同じ色味の丸いろのがかったオーナメントとともに飾り付けされていた。
部屋の壁も可愛らしい同系統の色味のガーランドやバルーンで飾られていて、天井に張り巡らされている白い布に絡めるようにLEDのイルミネーションが仕掛けられている。
「あの、これ、先生が一人で準備したんですか?」
ぼさっと使っ立ったまま部屋を眺めて目を順か瞬かせていると悪生は小声で「ンなわけないでしょ」 と背後で呟いた。
「おれ仕事だったから、食い物の調達と装飾、ふみとユカちゃんにやっといてって頼んでおいたの。 あれだけガチャガチャやってんのに長谷ちっとも起きなかったから相当疲れてるんじゃないかって言ってた」
そう、実際疲れていた。
でも帰宅して風呂を出てから7時間近くも寝ていたのにも衝撃だったが、その間これだけ大掛かりな飾り付けをしていたなんて、全然気が付かなかった。
「あ、ベッドのとこにある袋、うちのお母さんからだから後で中身見てお礼の電話でもしてやって」 そういうと先生はソファに座ってグラスに入ったシャンパンを飲んだ。
その脇に腰を下ろすと、先生は直接手で尻尾をつまんでめちゃくちゃ大きなエビのエビマヨをおれの口に強引に押し込んだ。
プリプリした食感と甘味と、ほんのり柚子が効いた練乳入りマヨネーズソースと、残っている衣のサクサクした食感と、どれも一部の隙もなく美味しい。咀嚼して飲み込むと、先生がもうひとつのグラスにシャンパンを注いでおれに差し出した。
グラスを受け取って一口そっと飲み、息をついてから先生に問い質す。
「いったいどうしたんですか、去年こんな盛大にやらなかったじゃないですか?クリスマス。そもそも宗教とか神様なんか一切信じてない人がどうしちゃったんです?」
「いやぁ、お母さんとハルくんがさあ、長谷は親が外国人で信心深かったんだったらそういう行事も盛大にお祝いしてたんじゃないの?何もしなかったの?って去年年始にみんなで食事したときに言っててさ」
ああ、そんな気を遣わなくていいのに。寧ろ親の宗教とその行事には正直いい思い出がないんだ。 けど、それは先生のお母さんや大石先生には話したことなかったし、しょうがないか。
先生は占いを見たりするの結構好きみたいだし、 カジュアルにお参りなんかはするけど、宗教色の強いイベントを重視しない。
それどころか、そうじゃないイベントさえ頓着してなくて、去年なんか入籍記念日も忘れていた。しかもその日が自分の誕生日であるということさえも忘れていた。
多分だけど、娘の優明ちゃんの結婚式の帰りにおれにプロポーズされたこと自体は憶えていても、 多分日付までは覚えていない。そういう人だ。
「そんな、わざわざそれでですか?」
「まあ、それもあるんだけど、せっかく栄転して昇進ってなったのに、特にお祝いもしてなかったしさ」
困ったな、そんな気遡ってもらっちゃったら仕事辞めたいなんて、軽い服初のノリでも言いづらい。
「いいんですよ、そんな。…おれはご馳走とかプレゼントより、先生と居られる時間がもっとほしいです」
とりあえず、仕事辞めたいとかそういうネガティブなことは出さずに素直に今の気持ちだけを先生に伝えた。その裏の本音が言えない後ろめたさで先生の方を見れなかった。
しかし、間を置かず返された言葉に驚いて、おれは先生の方を向き直った。
「わかる、おれもだよ」
「えっ」
先生はおれをからかうとき特有の意地の悪い笑顔をしている。
「ほんとはさ、仕事なんかしないで、おれが家にいる間中、目いっぱい独占してずっと一緒に居ていちゃついて過ごしたいと思ってるんでしょ。いいよ別におれは。お前一人くらい食わせてやれるよ?」
ああ、言うまいと思ってたのに、読…まれてる。
「いや、おれ、家事能力も面白みもないですしヒモになれる自信ないんでいいんですよ…」
ニヤニヤして顔を近づけてくる先生から目を逸らして言うと、先生は「…十分面白いけどなあ…」と呟いた。
「なにか言いました?」
再び振り返ると、先生は「や、別に」と言って離れようとする。強引に覆い被さってソファの上で抱き竦めると声を上げて笑った。多分先生は若干酔いが回っている。
「それでアレでしょ、ここで急にかっこつけて、 今夜は寝かさないぜとか言うんでしょ」
「そんなこと改まって言わなくたって先生そもそもあんまり寝ないじゃないですか」
へらへら笑っている先生を抱き起こして、頬を寄せた。
毎回できるだけ明けの日には先生は抱かせてくれるし、そういう面では不満とかフラストレーションはなかったけど、こういう何気ない、一緒に食卓を囲むとか何かするとか、さり気ない会話やスキンシップのようなものに飢えていたことを改めて実感する。
特別なことなんて必要なくて、先生と一緒にいたい。
「先生、明日久しぶりにデートしませんか、お散歩程度でもいいんで」
「散歩?いいよ、どこ行こうか」
おれたちはご馳走をつまみ、普段飲まない酒を嗜みながら予定を立てて、一緒に風呂に入り直して、歯を磨いて、支度を済ませてから存分にベッドの上で睦み合った。
…そして翌朝、予定を無視してあてもなく住宅地を散策して迷子になった話は、また別の機会に。
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