六章 夏、影祭りの満月に

サカヅキの覚醒

『分かった、全部承認する! だからお願いだ、風遥を助けてくれ!!』


 僕の世界は、例えるなら四角い水槽たっぷりに満たされた黒い水。

 広い広い外の景色はいつも見えているけれど、外に出ることが出来ずに狭い世界に閉じ込められている哀れな生き物。とにかく、出たくても閉じ込められていて動けずにいた。

 けれどどうしたものか、このまま閉じ込めておけばよかったものを、レヴァイセンは愚かにも僕を頼ってしまったのだ。

「了解――無明のプログラムを起動する」

 明かりが無い場所にあるプログラム、いわばブラックボックス……その名前の意味もまともに考えないままに、ただその場の勢いで開けてしまったのだ。

 狭い世界をそれでも暴れ回っていた僕の意思は氾濫し、鉄砲水の勢いでレヴァイセンの権限を奪いながら流れていく。

 さながら真っ暗なトンネルの中を抜けて、一気に光の外へ――……


 散々レヴァイセンを苦しめていた璞が音もなく静かに離れ、浮いていた身体が地に落ちる。

 咄嗟に膝を曲げて衝撃を和らげる。反射的な動きが問題なくできたところで、ゆっくりと立ち上がる。


「…………」


 暗雲漂う山の中、周りは木々。

 柔らかな地面を踏みしめて立っている。

 肌に雨の冷たさを感じる。

 風は湿りけに土が混じる匂いがする。

 そして……雷の音に重なるように、悲鳴が響いている。


 ――五感の情報は正常。まずはプログラムの内容通り、風遥を助けようか。

 深く腰を落として跳躍。風遥とコクトの間に割って入るようにして着地し、コクトの精神攻撃を強制的に断った。

 コクトが気配を察知し腕を引いたのが残念だ。そのまま切り落とすかへし折るかしてやりたかったのに。

 レヴァイセンの身体から離れた璞が、するすると蛇のようにコクトに巻き付く。

「サカヅキはん。やーっと、会えましたね。嬉しいですわあ」

 それを撫でながら、コクトは目を細めて微笑んだ。

「……別に、僕はお前に会いたくは無かったけど?」

 こちらとしてはコクトに会えたのは全く嬉しくないので、心の底からの嫌悪で返す。 

「相変わらず素直じゃないお人ですねえ。でも、それでこそわえの子……」

 わえの子、と言い切るか言い切らないかのあたりでコクトに向かい回し蹴りを放つも、さっと避けられた。

「わぁ! もう、危ないじゃないですかぁ」

 わざとらしく大きく手を振るのを見て舌打ち。

「何度言えば良いの? 僕はお前の子供じゃないって言ってるだろ」

 相変わらず不快にさせる事しか言ってこないので起きぬけ早々嫌な気持ちでいっぱいだ。コクトも僕の封印を解くために色々手を回していたのは知っているが、その上でも感謝を伝えたいとは思えない程に。

「ふふふっ、だってぇ……」

 そんな思わせぶりな笑い声の後ろから、

「………遅かったな……」

 掠れた声が聞こえたので振り向くと、風遥が弱弱しくも笑っていて目を見開く。

「……!」

 短時間で意識を取り戻したことも驚きだが、発狂しかねない程の状況なのに笑えるという状況が信じられなかったからだ。

 ただそれだけ呟くのが限界か、意識を失って伏す風遥。

「――ごちそうさまでした。

 また満月の日にお会いしましょう? 神主はん……」

 コクトもそう満足げに言って、歪みの向こうへと去って行く。

「ちっ」

 どさくさに紛れて逃げたか。もう少し文句の1つでも言って殴りたかったのだが、仕方ない。

「…………」

 座り込んで風遥の様子を窺う……大丈夫、生きている。

 ……あの日僕が君を見つけた時は、君は微動だにせず、呼吸もしていなかったんだ。

 その後息を吹き返したから良かったけれど、本当に……今でも、あの瞬間は、思い出すだけで僕の心は絶望に染まるんだ。

「……大きくなったね、風遥……」

 そっと風遥を抱き上げる。真っ白な髪は父親譲りのくせっ毛、髪型もほぼあの時と変わらない。肌の白さもそのまま。

 ……でも、頭の中も真っ白になってしまったので、きっと僕の事も忘れてしまっているのだろう。

 それでもやる事は変わらない。あの日は炎の中、今日は雨の中、この子を適切な場所まで運ぶこと。本当は出来るだけ雨に濡れないようにしてあげたいのだが、特段有効な方法が無いのが悔やまれる。

「ああ……うるさいな……」

 ついで、もう少し感傷に浸りたいのだが、頭の中の警告音に顔を顰める。どうやらレヴァイセンの理としての本能的な部分が、“僕”を異質なものだと判断し反応しているらしい。

 ……今日はここまでが活動限界か。それ以上勝手な動きをすると排除の動きが起こるかもしれない。

「まあ、でも……」

 どうすればすべて奪えるか、全部分かった。僕はもう外の世界に出たので、元の場所に戻る必要がなくなったからだ。

 あとは一旦レヴァイセンに全ての権限を返しつつ……レヴァイセンに気づかれないように、外堀から埋めていく。さながら水の様に、ゆっくりと内側から染みこませてその全てを掌握、包み込むのだ。

 そして――次に僕の力が満ちた時……空っぽの水槽には、レヴァイセンが押し込められることになるのだ。

 あとはそれをいつにするか決めるだけ。とはいえ次の満月では少し掌握が不十分だろうから……

「そうだな……」

 空を見上げて、考える。月の周期からすると、確か次の次は……


 「“影祭りの満月”にしようか。

  ……それなら、お前も思い出すだろう?」 


 光と闇が混じっていた空間の境目が完全に破壊された。

 もうそれらは入り交じる事しか出来なくなった。

 それは傍から見たら異常だろうし、理からすれば排除か初期化の対象になるだろう。

 ――しかしこれはレヴァイセンの内側で起こっている事。それが正常であると判断させるのは、“レヴァイセン”である自分には動作も無い事なのだ。


「楽しみだな、お前が絶望する時が」


 名前を呼ぶのも嫌なほど憎いあいつは、今は何も知らずに夢の中。

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