第6話:絶望の夜明けと希望の代償(3/5)

 確かに、賢者が語る「力なき者を救う」という理念は、表面上は立派に聞こえる。彼が多大な労力と時間を費やして各地を巡り、魔導書を配る行為は、一見、崇高な目的を持つように思える。しかし、彼が言う「救う対象」が人間に限定されているわけではなく、魔族や悪魔を含むあらゆる存在が含まれる可能性がある。


 容易に力を手に入れることができるとはいえ、その力があまりに明確である場合、その力に対抗しようとする者が現れるのは自然のことだ。魔導書を広く配布することで、賢者自身が狙われるリスクも考えられるが、そうした事態に陥った話は聞かない。


 力ある者が魔導書を用いることでさらに強大になる可能性がある。このような欲望は誰もが持っており、蓮司自身も例外ではない。魔導書のリスクが高まることは間違いない。


 村の誰もが魔導書について秘密裏に扱っているわけではない。そのため、魔導書を奪おうとする者が出現する可能性もある。最悪の場合、人質を取られたり、命を落としたりすることも想定される。こうしたリスクを村人たちはどれほど理解しているのだろうか。


 蓮司はメリットとデメリットを天秤にかけながら、答えの出ない思考のループに陥っていた。その思いをルナに正直に伝えた。


「正直、迷っているんだ……」と蓮司が打ち明けると、ルナは魔導書をじっと見つめながら答えた。「この魔導書、何か変よね」。


「どう変なのか?」蓮司が詳しく尋ねると、ルナは少し考え込んでから言葉を紡ぎ始めた。「難しいけど、何とも言えない違和感があるの。好ましくない何かが潜んでいる気がするわ」。


「どんな違和感?」と蓮司が再度尋ねると、ルナは「召喚される存在が何らかの形で限定されているかもしれないわ。つまり、良くない方向に導かれそうな予感がするの」と懸念を表明した。


 しばしの沈黙の後、二人はこの状況を利用しようとする存在について考えた。もし、憑依召喚で人間を乗っ取り、世界を内部から破壊する者がいるとしたら、それは人間以外の存在に利益をもたらすだろう。賢者が残した魔導書を通じて引き起こされるであろう結果は、現時点では予測不可能だ。


 最終的には、賢者が去った後、魔導書を手にした者たちの選択とその結果が、今後の村の運命を左右することになる。蓮司とルナはこの深刻な可能性に対して、村人たちがどれほどの認識を持っているのかを懸念した。魔導書の力を求める者たちが、その後どのような行動を取るのか、そしてそれが村にどのような影響をもたらすのか、そのすべてが未知数である。


「だけど、今はこの危機をどうにか切り抜ける手段が必要だ」と蓮司は続けた。翔子を守りたい――その一心で、彼は魔導書を手にすることを決意する。しかし、その決断が将来どのような結果を引き起こすのかは、誰にも予測できない。


「大事なのは、使う側の意志ね」とルナは静かに言った。「力をどう使うか、それによって全てが決まるわ。ただ、賢者が残したこの魔導書には、明らかに何かしらの意図が隠されているのよね。その意図を見極め、慎重に行動することが重要よ」。


 蓮司はルナの言葉を胸に刻み、魔導書を手に取る。魔導書を使うことで得られる力が、彼らにとって希望となるのか、それとも予期せぬ災いをもたらすのか――その答えは、未来が明らかにすることになる。

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