金の卵を産む鶏
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金の卵を産む鶏
「43526円になります」
コイントレーに載せられた一万円札の多さに、男は驚いていた。
スマホで調べ、金1gの価格が10780円というのは調べていたが、本当に現金に変わったことへの驚きである。
名前を笠原達也という。
達也は若かった。
年齢21歳。高校を卒業するが進学も就職もせず、アルバイトを転々とする日々を過ごしている。
うるさい親から離れて一人暮らしのアパート生活をするが、定職にも就かずアルバイトだけは転々としているけれど、一向に定職に就く気分にはなれなかった。
アパートの家賃と光熱費を払うだけで生活はギリギリだが、贅沢をしなければ、なんとかなる生活でもあった。
だが、贅沢をしたいという欲はある。
カッコイイ、スポーツカーを購入し、アクセサリーを散りばめ、タバコを好きなだけ吹かして、高級なディナーを毎日食べ、欲しいものは片っ端から手に入れる。
全てを贅沢に楽しみながら生きていきたい。
働かずに金だけを手に入れたい。
それが達也の夢だ。
その夢が、現実になったと思った瞬間だった。
2日前、達也は友人・江頭
豪勢なものではない。スーパーの広告を見て特売品のビールにカップ麺を買い込み、貧相な具材を増やそうと卵のパックを買い込んだ。
カップ麺は聞いたこともないメーカーが作ったもので安っぽく、出来は悪かったが、食べるものさえあればいいという侘しい晩餐だ。
酒が進み、食が進む。
くだらない話題にアイドルを酒の肴にして、深夜まで笑い転げた。
テレビにゲーム機やソフトも何もないが、達也にとっては最高に楽しい時間だった。
「湯をもらうぜ」
達也は浩に言って、またカップ麺を開けた。
「まだ食うのかよ。太るぞ」
浩は笑う。
「この麺のグラム数見ろよ。5gも少ねえぞ、通りで安いハズだ。かさ増しに卵でも入れなきゃ食う気になれねえよ」
そう言いながら達也は、カップの中に卵を食台にしているコタツ机にぶつけ、カップ麺の中に黄身と白身を割り入れた。
その時、達也は手にした卵に奇妙なものを見た。殻の下に金色のものをみたのだ。
「何だこれ?」
割れた殻を指で取り除くと、その下から金色の殻が現れた。
しかもその殻は、鶏の卵とはまるで違う。
まるで貴金属のような輝きだった。
浩も、それを見て言葉を失っていた。
最早カップ麺を食うどころではない。白い殻を取り除くと、予測はしていたが金色の殻が姿を現す。
達也も浩も驚きを隠せず、ビールなど飲むことを忘れていた。
「金じゃねえのか?」
浩が言う。
「分からねえ。俺は金メッキだけで本物をみたこともないが、この重さは金だと思う」
達也は自分で言っていて、馬鹿げていると思った。
「……売ってみないか。金の買い取りをしてくれる店なら、これを買い取ってくれるかもしれねえ」
浩は突拍子もないことを言い出した。
だが達也と浩は妙なことに盛り上がってしまい、その卵を持って買取店へと持ち込んだのだ。
結果は、驚くべきものだった。
1パック10個入、220円で買った卵が4万円以上になって戻ってきたのだ。
金を手にした達也と浩はアパートに戻ると、山分けをした。
「すげえ。本当に現金になったぜ」
浩は、達也より驚いている。
それもそのはずで、コンビニでバイトをしているとはいえほとんど時給千円以下の収入しかない浩にとって、4万以上に増える現金は初めてだったからだ。
達也も戸惑いを隠せなかった。
「卵ってことは、これを産んだ鶏がいるってことだ。そいつを手に入れりゃあ、永遠に金が手に入る」
達也の言葉に浩は喜びを隠せない。
卵のパックを確認し、生産者と住所をメモすると、すぐに浩の車を走らせた。
◆
山の手にある養鶏場に着いたのは1時間程であった。
数棟の鶏舎があるが、規模は小さそうだ。
鶏舎の前に立つと、鶏の鳴き声が聞こえる。
二人は無計画に着いたことで、立ち往生していると歳は60代くらいの高齢女性がこちらにやってきた。
「こんにちは、どうかされました?」
女性は二人に声をかけてきた。
高齢女性の声には、気品があるように感じられた。
「俺達、鶏を探しに……」
浩が口を開く。
「いや、俺達ここの卵を先日食べたんだけど、その美味しさに感動して、ここに来たんです」
達也が焦りながら説明する。
嘘ではないが、勢い任せだった。
「そうですか。家の卵を気に入って下さり、ありがとうございますじゃ。スーパーに卸しておるが、直接販売もしとるんじゃよ」
もう女性は、二人を客だと認識したようだ。
女性は鶏舎へと歩き出す。
それを見て、浩は小声で話す。
「おい。どうするつもりだよ」
「慌てるな。小さいとは言え、何十匹鶏がいるか分からねえのに、探せる訳ないだろ。とにかく、探そう」
達也は女性の後についていく。
鶏舎の外にある小屋には、ダンボール箱に入った卵が積まれていた。
「家の鶏には、米や麦、米ヌカ、フスマ、魚粉、大豆粕を食べさせておるんじゃが、こだわりとしては、ニンニクも食べさせておるところかの」
女性は二人に説明している。
「そうですか。どおりで他の卵とは一味違うと思いました」
達也は話し、周囲に人が居ないことを確認する。
「おばさんは、一人で経営してるんですか?」
達也は聞いた。
「いや。旦那と二人でしとるんじゃ」
女性が言うと、卵の入ったカゴを持った高齢男性が小屋に入って来た。
「おや。お客さんかい」
男性は卵を台の上に置く。
「そうなんですよ。家の卵の美味しさに感動して、わざわざ来てくださったんです」
女性は話し、達也と浩は頭を下げる。
すると男性は、突然顔をしかめて苦痛の声を漏らした。
「あだだ……」
女性はビックリして旦那の元に寄る。
「またギックリ腰かの」
女性は心配そうに尋ねた。
「すまんが手を貸してくれんか?」
女性に頼まれて、達也と浩は男性を支えて家の方へ男性を運んだ。
旦那の様子が落ち着いたことで、女性は胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。私、一人じゃったら、じいさんを介抱してやれんかった。本当に感謝します」
女性は礼を言うと、男性はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「……俺達を、ここで働かせて下さい」
達也は言った。浩は驚く。
「おい。何勝手な」
文句を言う浩の口を、達也は掴んで塞ぐ。
「俺達、以前から養鶏場の仕事に興味があったんです。おじさんの腰が悪いようですし、俺達が代わりに働きます。どうか俺達を働かせて下さい」
達也は深々と頭を下げる。
すると男性は、無理はしないでくれと言ったが、結局二人を雇うことになった。
◆
二人はメモを手に女性から仕事の内容を聞く。
鶏舎の掃除や、鶏の餌やりが主な仕事だという。
この養鶏場は旦那と高齢女性で経営しており、女性の夫が管理全般の仕事を担い、高齢女性が飼育・収穫に関する仕事をしているのだそうだ。
浩はケージに入った鶏の前にエサをやりながら、同じ作業をしている達也に訊く。
「なあ。どうやって金の卵を産む鶏を見つけるんだ?」
達也は応える。
「金の卵は、普通の卵より重かった。つまり、産んだ卵を回収する時に目星をつけるんだ」
「なるほどな」
二人はエサやりを終え、鶏舎の掃除に入った。
それから卵の回収を行う。
一日目、二日目と同じ作業を行うが、手にした時に重さの違和感を感じる卵はなかった。
そして、三日目を迎えた。
達也は卵を回収していて、手の中の卵の異変に気付いた。
少し重いのだ。
達也は、その卵をポケットに隠し仕事を続けた。
そして仕事を終え、車に乗るとすぐにアパートに向かった。
浩も一緒だ。
二人は期待のこもった目で話す。
「割るぞ」
達也の呼びかけに浩は応じる。
卵を机の上で叩いて、茶碗に割り出す。
中身はどうでもいい。
問題は、殻の中に金色の殻があるかどうかだ。
白い殻の内側に金色に輝く殻が存在していた。達也と浩は大喜びをした。
「ついに、見つけたぜー」
浩は喜びのあまり、叫んだ。
「ケージの鶏の位置はメモをしてある。明日は、これで鶏を盗み出すぞ」
達也は紙を見せて言う。
浩は頷き、その日は二人で祝杯をあげた。
◆
翌日も、二人は同じ仕事をこなした。
そして、仕事の合間に食事に行こうという話をしていた。
達也は一万円札をズボンのポケットに忍ばせていた。
金の卵を産む鶏を見つけたのだ。昼間から回らない寿司だろうが、分厚いステーキを食っても許されるのだ。
昼時になり、浩のことを待つが、いつまでたっても浩は戻ってこない。
おかしいと思う。
そこに達也は嫌な予感がした。
駐車場に行くと浩の車が無かった。
「アイツ、まさか……」
達也は養鶏場へと急ぐ。
到着すると、鶏舎の中に入って目的の鶏の所へと行く。
すると達也は顔をしかめる。
金の卵を産む鶏が居なくなっていた。
「あの野郎」
達也は舌打ちをし、鶏の入ったケージを蹴飛ばし悪態をついた。ビックリした鶏が一斉に騒ぐが、彼にとっては、やかましい雑音でしかなかった。
「何をしておるんじゃ」
背後から女性の声がして、達也は驚いて振り向いた。
「鶏がビックリしておるじゃろうが」
女性は怒っていた。
達也は視線を反らして舌打ちをする。彼にとって、女性の小言も鶏の騒音も耳障りなものだった。
「うるせえよ。ババア」
達也は言い、鶏に唾を吐く。
「酷いことをするのう」
女性は驚いたような、ショックを受けたような声を出した。
「そんな奴には、仕置が必要じゃの」
女性は言うと、達也に四角い黒いプラスチックケースを押し当てた。
次の瞬間、達也は全身を駆け巡る激痛が一瞬にして身体を支配した。
まるで数千本の針が同時に突き刺されるような感覚が広がり、筋肉が痙攣し、身体が硬直してしまうような衝撃。それは周囲の時間が停止したかのように感じ、理性が一瞬混乱し、呼吸が乱れるほどの驚愕と苦痛だ。
動かなくなった体の重さに膝は崩れ、達也は鶏糞の上に倒れた。顔に鶏の糞が落ちたのは自業自得か。
女性の手に、スタンガンが握られており電極部から、白い煙が出ている。
【マグナム−Xセダン 150万V】
9V形乾電池を2個使用し、新設計された独自の最新電気回路によって威力を限界まで高めた、世界最強のハイエンドスタンガン。
形状はハンディタイプでありながら、威力はバトンタイプ150万Vモデルと同等。軽量かつ程よいサイズのボディは、握りやすさと操作性に定評があり、女性でも握りやすい。
一瞬で相手を無力化する史上最高MAXパワー150万Vを発生させ、今後特別な電気理論の躍進がない限り、これ以上のパワーを持ったスタンガンの登場予定はないとされる。
「150万Vの電撃じゃ」
達也は戦慄した。
(これが、スタンガンというものか……)
体が動かない。筋肉が痙攣と硬直をし続ける。
達也は恐怖を感じ、怯えた表情を見せた。
そんな達也を見下ろしながら、女性は冷たい目のまま言う。
「お休み」
スタンガンを頭に押し当てられる。
達也の意識は途絶えた。
◆
薄暗いコンクリートの部屋の中で達也は目覚めた。
まだスタンガンの痛みが残っているだけでなく、手足が縛られていた。
達也は部屋を見回す。
どこかの一室のようで、机があり天井に小さな電球が一つ乗っていた。床も壁も板が貼られている質素な作りで、扉が一つあった。
「ここは……」
そう思っていると、扉が開いた。
女性と、その旦那が入って来た。
「目が覚めたようじゃの」
女性が言う。
達也は二人を睨み、言い放つ。
「ババア」
既にスタンガンで、自分が捕まったことは承知していた。ただでは済まさないという気概だ。
だが二人は気にした様子もない。不気味さを湛えた笑みを向けてきた、女性が話し始めた。
「金の卵に釣られてやってきたようじゃが、残念じゃったのう」
女性の言葉に、達也は驚いた。
自分達の目的を完全に知られている。
女性は続けた。
「本当にバカな奴じゃ。化学の授業は0点じゃったろ。この宇宙のあらゆる物質は、100種類あまりの原子の組み合わせからできておる。たとえば金は金元素、鉄は鉄元素、食塩はナトリウム元素と塩素元素からできている。 したがって、いかなる化学反応をもってしても鉄元素を金元素に変えることはできんのじゃ」
女は言葉を切って、したり顔をする。
「ところがじゃ。元素転換をする方法が無い訳でもない。原子核が発見され、加速器を使って原子核同士をぶつけることで元素の種類を変えられるということが分かった。これによって別の物質から金を作り出すことが可能になったが、できる金の量に対して膨大すぎる時間と金がかかるので、結局これで金儲けはでんのじゃ。
じゃが、加速器を使わない方法もある。それが生物学的元素転換じゃ」
女性は述べた。
【生物学的元素転換】
フランスの生化学者のルイ・ケルブラウン博士( 1901~1983年)が提唱した理論。
植物や動物、あるいは人体においてある種の酵素や微生物の媒体により、例えばナトリウムがカリウムに、シリカ(ケイ素)がカルシュウムに変化するといった元素転換が生じるという理論。
だが、ルイ以前にも様々な科学者がその存在を示唆する研究を古くから行っている。
1600年頃にフランドルの化学者J・P・ヘルモントは、水だけを与えて生育させた樹木の重さが数年後には大きく変化していたことを見出している。
1822年にイギリスのウイリアム・プラウトは、鶏の卵から産まれたヒヨコに含まれる石灰分が卵の4倍も増加していることを報告している。また同じ時期にフランスの化学者L・N・ヴォークランは、鶏の卵の殻に含まれる石灰分が餌として与えたオート麦の石灰分をはるかに超える量であったことを確認している。
1849年、ドイツのフォーゲルはクレソンの種子を発芽させる実験を行ったが、その実生には種子よりも多くの硫黄分が検出されたことを記している。
1856年から1873年にかけてイギリスの農学者のローズとギルバートは、植物が土壌に含まれている量より多くのマグネシウムを吸収していることを示すいくつかの実験を行っている。
1875年以降、ドイツのフォン・ヘルツィーレはローズとギルバートの実験を追試し、また独自の実験により硫酸塩を含んだ水で栽培した植物にはリンが増加していることを見出している。
ルイの生物学的元素転換説はヨーロッパ各国に大きな反響をもたらした。
1969年1月、フランス農学アカデミーにおいてロブスターを使用した元素転換実験の論文を公表したが、各元素の収支の確実性を疑問視され、この論文は農学アカデミーの公式記録から抹消されている。
「やっぱりできねえじゃねえか」
達也はけなすが、女は驚かない。
「問題は効率じゃ。例えば海水を抽出すれば金を取り出すことができる。じゃが、海水1tから抽出できる金は1mgに過ぎん。言わばコストの割に合わない方法じゃ。そこでワシらは、どうれば鶏の中で生物学的元素転換を行い効率良く金を抽出できるかを研究した。錬金術による鶏の改良、マンドラゴラ、ハマオ、プロメテイオン、ロートスの木、月桂、シダの花、ベラドンナ……。魔術や呪術で用いる植物を鶏に食わせるが、決定的なものが足らんかった」
達也は女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
だが、この段階で彼にとって良くないことだというのは分かる。それは鶏に金を作らせる為だと察しがついた。
女の旦那が腰から鉈を抜いて達也に近づいた。
「人間をエサにすること。それも金への欲望にまみれた奴をな。そうすれば効率よく金を抽出できるんじゃ」
女は恍惚の表情を見せた。
達也は理解する。
こいつらの陰謀を。
金の卵を市場に流し、それを求めて来た人間を捕らえては鶏に食わせ金の卵を作っていたのだ。
(ということは浩は……)
達也は背筋が凍った。
「盗人が。ワシらの年金に足しになれ」
男は振り上げた鉈を、達也の頭に振り下ろした。
◆
養鶏場で、女は卵を回収していた。
重さに女は、ほくそ笑む。
すると、鶏舎の外に車が停まるのを見た。
「じいさんや。新しいお客さんじゃよ」
「分かった。いつも通りにな」
女房に言われ、男は頷くと鶏舎の外へと歩いていた。
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