移り変わる心と予感

 ショーンはジェスローの有言実行具合に驚愕していた。彼はまず、ショーンへの対応を改めた。ショーンは、ヒューイの友人というポジションから、ジェスローの婚約者というポジションへと変わったのだろう。

 しかし、である。考え方を変えたところで、そう簡単に逆鱗が反応するとは思えない。頑張っているジェスローには申し訳ないが、ショーンには茶番になるのではないかという疑念があった。




「ショーン」

「君はいつ休んでいるんだ?」


 ショーンの問いに、ジェスローは穏やかに笑んだ。答える気はない、ということか。ショーンは、彼のそういう態度が何となく気に食わなかった。

 精神的に近づいている気がしない。物理的距離は近い。が、それだけだ。


「ひとつ、君に指摘したいことがある」

「何か問題が?」

「そうだ。問題がある」


 じっと見つめれば、ジェスローも見返してくる。真摯な態度であるが、それはただの責任感からくる強制的な動作だ。ショーンは少しだけそれを寂しく思うことに気づいた。

 その気持ちに蓋をして、本来話そうとしていたことを吐き出した。


「君は私と、本当に結婚する気なのだろう? なら、私に心を開いてくれ。君は適切な距離を取ろうとしているつもりだろうが、私からすれば接近を拒絶されているように感じられる」

「……つまり、僕は……精神的な面で、君と隔絶しているような態度を取ってしまっている――ということか」


 ふむ、と考え込むように俯くジェスローに、ショーンは責任感が義務となって彼に行動を起こさせているような感覚を呼び起こす。ジェスローは、ショーンのことを記号としてしか捉えていないのだろう。

 ショーンは黙り込んでしまった彼を観察する。シワひとつない秀でた額を隠そうとするかのように前髪のカーテンがかかる。その奥には、すらりと伸びたまつ毛。均等に散らばったそれは、ジェスローの神経質かつ全方位への気の張り巡らし方を示しているかのようだ。


 この美しい男は、いったい何を考えているのか。ショーンはページをめくってもなかなか中身が分からない本を読み進めていく時のような、じれったい気持ちを覚えていた。


「――僕は」

「……ああ」

「多分、どう君と接して良いか……距離感を測りかねているのだと、思う」


 ジェスローは一句一句、慎重に語り始めた。そして唐突に、胸元を開いた。心臓の真上に位置する彼の逆鱗が見える。

 チャロアイトのような不思議な逆鱗は、一部が変色していた。


「中途半端な状態のものは……見せたくなかったのだが、仕方がない。君の不安はもっともだ」

「君……その、色……」


 紫と白、黄金の混ざった複雑な模様は、ジェスローの色だろう。そこに、くすんだ緑色と淡い桃色がゆらりと揺れている。ショーンの目の色だった。

 表向きは緑色だが、よくよく見てみるとショーンの虹彩にはうっすらと桃色が混ざっている。

 その様子がジェスローの逆鱗に現れていた。


「僕は、本当に君を大切に思っている。不安を感じさせてしまってすまない」

「……いや、私の方こそ…………信じなくて、悪かった」

「私の努力が足りなかっただけだ。君は謝らなくて良い」


 ジェスローは、ゆっくりとショーンに近づくと、そっと彼の手を取った。


「僕は、君のそういう真面目で、正直で、忖度のない態度を非常に好ましいと思っている。今後も、何かあったら、僕に教えておくれ」

「……あぁ」


 ジェスローの方こそ、真面目な男だと思う。冗談かと思うような危険な発言もあるが、本気だということをショーンは知っている。ヒューイを守る為に、アルバートをサポートする為に、その能力をふるっていることも。

 今は、その器用で危険な能力をショーンの為にも使っている。


 ジェスローはショーンの指先に口づける。触れられた場所が、かぁっと熱を持つ。ジェスローの中には、確かにショーンへの情熱が隠されている。

 唐突に泣きたくなった。


「僕は、確実に君に惹かれている。だから、安心して僕の色に染まっておくれ」


 その言葉に切実さを感じたショーンは、無意識に頷いた。きっと遠くない未来、ショーンの逆鱗は色を変えるのだろう。

 そんな予感がした。

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