第3話 違和感
私は、昔どおりの生活をするつもりだったんだけど、人口が激減した世界で生きるには、そんなに簡単じゃなかった。まず、政府から、じゃがいもとか食べ物を育てる農作業をしろと命令があって、それに対応するのに1日の大半の時間が過ぎていった。
電気とか水道は、生き残った電力会社の人とかが運用して、東京と大阪はなんとか昔の状況は維持できていたの。だから、日本中で生き残った人は、東京と大阪に集められた。そうじゃないと、水道も電気もガスもないぞって。
昔と違って、生活するだけで大変だから、外国はもちろん、東京から大阪もとても遠くて、日々、接するのは同じ区に住んでる人ぐらい。一応、ネットはあるけど、システムがダウンしたみたいで大した情報は出回ってなかったわ。
そして、子供を産むなんて遠い将来のことと思っていたけど、政府から、子供を産める年代の男女は、できるだけ多くの子供を産むようにと言われた。あまりに非人道的だとは思ったけど、周りの雰囲気から、反対と言うことはできなかったの。
農作業とか子作りとか、非常事態なんだからと言われ、強制されるようなことが増えていった。自由な環境で生きてきた私には、ストレスが溜まっていったけど、生きていくためにはと言われると、しょうがないじゃない。
噂なんだけど、こういう政府の命令に従わない人たちは、いつの間にかいなくなっているらしい。ライフルを持った警官とかが周りで強要してるわけじゃないけど、家で話していることも政府に盗聴されていると、まことしやかに言われていた。
そういえば、この前、アクセサリーとか部屋にいっぱいあるけど、外出もしないし、どうしようかしらと独り言をいったら、翌日、不要なアクセサリーとかあれば買い取って、コーヒーとかの嗜好品に交換しますよと男の人がきたの。これって、偶然なの?
そんなんだから、みんなは疑心暗鬼になって、あの人は政府の指示に反対だとか噂されるようなことも増え、その度に、いつの間にか、噂された人はいなくなっていった。だから、誰も、政府の言うことに反対しなくなっていったわ。
盗聴とか、陰口とか、それが本当にあるのかなんて分からないけど、横にいる人が本心で話しているのかという恐怖が蔓延して、非常事態と言われると、どのような政府の指示にも、なにも言えない風潮は確かにあった。
でも、良くなったこともある。治安は良くなった。そもそも、生きることに精一杯で、政府がいろいろ統制しているから、人を殺すなんて考える余裕はなくなったんだと思う。まあ、女性1人で夜道とか歩くこともなくなったし。
そんななか、私には彼がいないんだから子供を産めないじゃんと思っていたら、独身の人たちが集められて誰かと共同生活をし、子供を作れと命令されたの。なんか、人をメス牛みたいに扱って、そんなことってあり得るのと怒る気持ちはあったわ。
今日、決めないと、男性5人、女性5人の集団生活をして、毎日、だれかと交代でエッチをする形になると言われた。さすがに、それは嫌だから、せめて気が合う人と一緒に暮らそうと、多くの人と会話をしたの。
その中で、話題が豊富で、気が合いそうな智という男性がいて、智も、私に一緒になろうと言ってくれた。まあ、こんなもんかなと思い、ハイと答えて、男性との共同生活が始まった。
私は智とのエッチは、たまにすればいいと考えていたけど、智は、政府の命令だからと言って、まじめに毎晩、私を求めてきた。
私も事情が分かってるから応じていたけど、男性との経験はなかったので、どうしていいかわからず、任せるしかなかったわ。
いつも、智に抱かれると体が痺れて、いつの間にか寝てるし、忘れているのかもしれないけど、抱かれた後のことは覚えていない。
でも、なんとなく目が覚めているときがあって、私の体に、人間ドックのときの内視鏡みたいなものが入っていくような感覚だった。男性のあそこって、あんなに細長いのかしら。冷たい金属のような感じ。でも、男女の関係って、そんなものなのかなと思っていた。
でも、ある日、なんとなく不思議に思って男性のあそこをネットで検索してみたら、似ても似つかない写真がでてきたの。人によって違うのかしら。
そういうところって、コンプレックスとかもあるかもしれないし、智に聞くことはできなかった。私の周りに住んでる女性にも聞いてみたけど、みんなもよく覚えていないみたい。
あるとき一緒に農作業をしている女性からも、少し気になる情報も入ってきたの。
「ねえ、何かおかしいと思わない?」
「何が?」
「一緒に暮らしてる男性とエッチすると、いつも寝ちゃって、その時のことよく覚えていないの。昔は、そんなことなかった。」
「そうなの? 私、これまで男性としたことないし、よく分からない。」
「そうなんだ。この前、ナイフで手を怪我したようだったけど、なんとなく血が緑色に見えた。暗くて、すぐに隠されたから、よく見えなかったので、見間違いかもしれないけど、そんなんだったら、怖いよね。」
「見間違いでしょう。そんなSFみたいなことなんて、ないわよ。」
「そうかな?」
なんとなく、私も同じ違和感を感じていた。そういえば、智は、エッチするときも、シャツとか着て肌とか見せないし、お風呂に入った後もそう。肌から緑色の血が出てるって? ないない。あまりに唐突すぎるものね。
でも、そもそも、彗星を見たからって、目が見えなくなるなんてことがあるのかしら。ないとも言えないけど。
そのうち、近くで初めて子供を産んだ女性の話しを聞いた。子供は政府が育てると言われ、生まれてすぐに、政府の施設に運ばれたんだって。自然分娩じゃなくて、麻酔で寝ている間に生まれ、その場で運ばれたので、我が子は見ていないと言っていた。
後で、健康に生まれて、おめでとうと言われただけらしい。それから、数人の子供が生まれたけど、みんな同じ状況だったと聞いている。人口が少ない中で、政府が考えた対応だから、いくら母親だからといっても文句をいえる雰囲気じゃなかった。
もう、この頃になると、違和感とかはいっぱいあって、そんなことを1つ1つ言っていたらキリがないという感じで、もう何か言う気持ちにはなれなかったわ。
そういえば、ここ1ヶ月ぐらい智は私の体を求めてこないなと思っていたら、私も妊娠したことが分かった。私のこと飽きたのかななんて思っていたし、最近は楽でいいかななんて思っていたら妊娠したって聞いてびっくりした。
でも、私達に子供ができたんだから、智も健康な男性ということね。智のあそことか心配したけど、心配しすぎだったみたい。
それからお腹が大きくなり、本当は、生まれた子供に会いたかったけど、みんなが会えていないから、私もそうなるんだろうなと思い、出産の日を迎えた。
そして、皆と同じで我が子とは会えず、出産から3日後に退院した。そして、智は、1週間後ぐらいから、また、私の体を求め始めた。私のことに飽きたわけじゃなかったみたい。
でも、智には違和感もあったの。私がみていないところで、時々、ニヤニヤし、よだれをたらしながら、いきなり机を叩きつけるような、感情の起伏が激しいときもあった。
農作業とか、同僚と話しているのかしら、スマホで相手を怒鳴りつけていることもあった。そして、壊れなかったみたいだけど、スマホを壁に投げつけていたの。
この前は、ゴミ箱に砕けたガラスの破片がいっぱい入っていた。多分、グラスを床に叩きつけて壊れた破片だと思うのだけど、けっこう、気障が激しい人なのかもしれない。
そんな暴力が私に降りかかることはないのかって怖かったけど、とりあえずは、そんなことはなかったの。
1年ぐらい一緒にいて、私にはとても優しいんだけど、1回会っただけで決めた仲だし、私の知らない智の過去とかあるのかもしれない。そう思うと、実は、毎日一緒に暮らしている人が一番、怖い人かもしれないという恐怖を感じ始めたの。
確かめたことはなかったけど、例えば、智は彗星の事件の前は暴力団の組員だったとか。ないとは言えない。でも、今更、別れるなんてことはあり得ない。そんなことしたら、逆に恐ろしいことになるかもしれないし。
急に政府から指示されて一緒に暮らし始めたけど、もっとよく考えた方が良かったと反省した。私もそうだけど、智から、昔の友達とか紹介されたことはないし、なんでも私に隠すことができる。
こんな異常事態だから、お互いに制約があって、本心を明かしていない可能性もあるわよね。だから、智はいつも私に優しいけど、それが本当か、また、いつまで続くのかは分からない。
目が見えない人は、暗闇に怯えていたけど、私は、部屋の中に外から明るい陽が差し込んでいるなかで、智が見せていない暗闇に怯えるようになっていった。
でも、智との生活は続けるしかなかった。そんな家の中のことなんてどうでもいいぐらい、とんでもないことが起こっていることに気づかずに。
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