第36話 やっぱり面白い子だよね、君ってさ

 明日花side……★


「え、康介に会った? それって待ち伏せされていたとか、偶然じゃなくて?」


 康介と再会してしばらくしてから、私は葉月さんに連絡して一緒に食事をすることにした。

 今日はチーズ専門店でドリアセットを注文中だ。店内にはホワイトソースとチーズのいい香りが漂っていて、終始空腹を刺激されていた。


「多分、向こうも驚いていたから偶然だと思うけど、葉月さんは何か聞いてますか?」

「ううん、最近会ってなかったから。へぇー……それで? アイツは何か言ってた?」


 頬杖をついて興味津々に身を乗り出して、葉月さんはニヤニヤと聞いてきた。


 あの時は私も頭に血が昇って怒ってしまったけど、康介なりに反省をして謝罪の言葉を述べていた気がする。

 今更感は拭えないけれど、思い返すと可哀想なことをしたと罪悪感が芽生えてきた。


「あぁ、いいのよ。あんな奴のこと気にする必要はないわ。しっかし、そっかー。ねぇ、明日花ちゃん。今度、明日花ちゃんの彼氏に会ってみたいんだけど一緒にご飯でも行かない?」

「え?」


 葉月さんの提案に持っていたナイフとフォークを落としてしまった。


 い、壱嵩さんに会いたいなんて……!

 葉月さんみたいな素敵な人と会ったら、そっちに乗り換えられるんじゃ⁉︎


「い、嫌です。私が壱嵩さんの彼女だから会わせたくないです」

「え? あ、うん。それは知ってるけど……? いやいや、明日花ちゃんから奪おうって気は一ミリもないわよ? どっちかと言うと明日花ちゃんのことを落としたいくらいなのに」


 たまに言われる口説きセリフに、どう反応すればいいのか迷ってしまうけれど、私はスルーして聞き流した。


 でも、確かに葉月さんは私に出来た唯一の同性の友達。壱嵩さんに紹介したい気持ちもある。


 しばらく悩んで唸っていると、クスッと笑みを溢した葉月さんが頭を撫でてきた。


「そんな悩まなくても大丈夫だって。明日花ちゃんが嫌がるなら無理には言わないから」


 目を細めて優しく伝えてくるから、思わず目を逸らすように俯いてしまった。

 まるで壱嵩さんのように優しい話し方。

 心臓がドクドクと騒がしくなる。



「あ、そうだ。葉月さんは今、彼氏はいるんですか?」

「え、彼氏? いないけど?」


 壱嵩さんと会わせるなら、一ついい案がある。

 確か彼の先輩にイケメンだけど少し残念な人がいると聞いた気がする。


 その人を葉月さんに紹介すればいい。


「——え、イケメンだけど少し残念? それって本当に良い人なの?」

「根は良い人だって言ってました。少なくても壱嵩さんの親友なら、康介よりも良い人だと思います」


 割りかし真剣に言ったつもりだったのに、私の言葉に葉月さんは思いっきり吹き出し、腹を抱えて笑い出した。


 そ、そんなにおかしいことを言っただろうか?


「ヒィ、ヒィ……! あ、明日花ちゃん笑わせないで! もう、明日花ちゃんの中でどれだけ康介の株って下がってんの? アイツはアイツなりに良いところあると思うけど?」

「え……? セフレキープで彼女を作る人のどこが良い人? 私は全然よく見えないけど」

「アハハハハ、最高じゃない! 大好きだわ、明日花ちゃんの性格! そこまで言うならセッティングお願いしようかな。でも無理はしなくてもいいからね?」

「はい! 私も壱嵩さんに聞いてみますね」



 こうしてその日の晩、早速壱嵩さんに相談してみたのだけれども、絶句するだけで良い答えはもらえなかった。


「——え、なんで康介さんの元カノと明日花さんが会ってるん? その組み合わせ、どう考えても変でしょ?」

「いや、会いたいって言われて。でも本当に気さくで良い人だから」

「そもそも元彼のスマホから連絡先を盗むような奴が良い奴だとは思えないから! 明日花さんはもう少し危機感を持って行動しないと、いつか刺されるよ?」


 思わぬ説教を喰らってしまった私は、意気消沈に落ち込みながら唇を尖らせていた。


 私の友達をそんな悪く言わなくても良いのに……。


 そんなふうにいつまでも拗ねた私に観念したのか、壱嵩さんの方から「ごめん」と謝ってきた。


「明日花さん、言い過ぎた。でも俺が心配する気持ちも分かって欲しいんだ。今回はいい人だったから良かったけど、恋愛のもつれは殺生沙汰になることもあるから」


 私も壱嵩さんの言葉に素直に頷き、ゆっくりと首に腕を回して抱き付いた。

 分かってる、私のことを心配して言ってくれていることは。でも私もいつまでも子供じゃない。


「私もごめんなさい。これからは気をつけるね」


 その言葉に壱嵩さんも綻ぶような笑みを浮かべて大きく頷いた。


「それと、明日花さんが話していたのは瑛太先輩のことだよね? 今度紹介してもいいか聞いてみるから、少し時間をもらえるかな?」


 その言葉に思わず大きく胸が躍った。


 やっぱり壱嵩さんは優しい。

 こんなふうに私の頼みも聞いてくれるなんて、嬉しくて口元が緩んでしまう。


 こうして葉月さんと壱嵩さんの先輩、瑛太さんを会わせる作戦が始まったのであった。


 ———……★


「瑛太さんって、イケメンだけど少し残念な人であってたよね?」

「——え、ちょっと待って? まさかその説明で紹介したの?」

「うん、その方がイメージが湧くかなと思って」

「………よくそれで紹介受けることにしたね、葉月さん。さすが康介さんの元彼女。一筋縄じゃない空気が漂っている」

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