第1話 この世界は私に優しくない
明日花side……
「どうしてこんなに言っても分からないの?
いつものように先生が私のことを怒る。給食の最中にご飯を食べずに足を放り投げて、行儀悪く余所見をしていたせいだ。
悪いことをしたと分かっていても、怒られたことがショックで頭の中が真っ白になる。言葉が詰まって黙り込んでいる姿に先生の苛立ちが更に積もり積もって、ついに眉を吊り上げて声を上げた。
「先生の言うことが聞けないんだったら、もういいです。好きにしなさい」
「やだ、嫌だー! できるもん! できるーッ!」
沸騰した感情は簡単に収まるわけもなく、ただただ駄々を捏ねて否定を続けた。そんなことをしたところで、どうしようもないと呆れて見放してしまうだけなのに。
「いい加減にして! ちゃんと先生の話を聞いて⁉︎」
ガッと、強く握られた両方の二の腕。
前後に揺れて感じた脳震。
あまりの恐怖に涙が引いて、私は堪えるように下唇を噛み締めた。
何で、どうして私ばかりこんなに怒られなければならないのだろう?
理不尽だ、納得できない。
だから先生の力が緩んだ瞬間、私は腕を振り解いて、教室の外へと走って逃げた。
——悪循環。
こんなことをしても私の気持ちなんて理解してもらえないし、ますます面倒臭い子だとレッテルを貼られるだけなのに。
しかし、この時の私はこうすることでしか気持ちを示すことができなかった。こうすることしか、出来なかった。
私はどうしたらいいの?
私の何がおかしいのだろう。
分からない、分からない……。
私のいる世界は、私に優しくない。
この世界は、私にとってとても生きづらくて、息がしにくい——……。
——……★
十数年後——……。
眠たい目を擦りながら身体を起こすと、ブラインドの隙間から眩い光が入ってきた。
スマホの時計は11:26を示している。もう昼前と言っても過言ではない。
「——気怠い」
乱れた髪を手櫛で掻きながら、ベッドの下に脱ぎ捨てた下着を探して身につけた。そんな私の隣で相変わらず寝息を立てている男、
この様子では今日も家でダラダラ過ごす羽目になりそうだ。別にそれでもいいのだけれども。
「はぁ……。お腹空いた」
ベッドから降りようと床に足をつけた時、眠っていたはずの康介の手が私の手首を掴んで引き止めてきた。
崩れたバランス。不意な行動にムッとしながら睨みつけると、寝惚けた顔で「……おはよ」って情けない声で言ってくるから、私も反射的に「——おはよ」と微笑みながら返してしまった。
「あー……っ、寝過ぎた。今何時?」
「もう11時半過ぎてるよ。パンでも焼こうか?」
「んー、いや、ジュースでいい。明日花はどうするん?」
「私はトースト焼くよ。バター塗ってチーズをたっぷりのせて焼くのが好きなの」
それなのにキッチンに向かう私の腰にしがみついて、子供のように駄々をこねて甘えてくる。そんな康介の仕草に私は軽く怒りを覚えた。
「はなして? 作れないじゃん」
「えー、ヤダ。もっと明日花とイチャイチャしたい」
キリッとした鋭い吊り目でジッと見つめて、私の胸をときめかせて放してくれない。結局そのままベッドに押し倒された私は、康介の身体を受け入れて甘い時間を過ごす運びとなった。
キスは好き——……だって気持ちがいいもん。
ギュッとされるのも好き。だって私を必要としてくれているのが伝わってくるもん。
セックスも好き。
でも、終わった後は嫌い——……。
結局、私はセックスの為に一緒にいるんだって、現実を突きつけられる。
でも、やめられない。
やめられるはずがない。
そうするしか必要とされる理由がない。
気持ちがいいし、するのは好き。
でも、でもでも——……。
『きっと、お母さんがいなくなったあの日から、私のことを無条件で愛してくれる人はいなくなったんだろうな……』
人よりも不器用で足りないと言われている私は、一つの障害を抱えていた。
多動性の発達障害。
人によっては個性と呼ばれるソレは、私の人生を大きく困らせていた。
他の人が難なくこなすことが私には難しかったり、無神経な一言で友達を怒らせ、嫌われて孤立もした。
別に一人になってもショックじゃなかったけど、両親の失望した表情を見るのは心苦しかった。
だからと言って普通になることもできなくて、どうしようもなくて歯痒かったことを覚えている。
『障害者に優しい社会を』
って、いうのも結局建前。
優しいふりは出来ても、本当の意味で優しい社会なんて実現しやしない。きっと無理……どんな形であれ差別は人を傷つけるし、救われやしない。
「あ、ヤベー……
行為が終わり、白濁で汚れた避妊具をティッシュに包んで、彼は背中を向けながら言葉を続けた。
——って、葉月って誰?
「最近ゼミで知り合った子。やっといい感じになってきたんだよねー。今日会いたいって連絡が来たから遊びに行ってくるよ」
「待ってよ。今日は私と遊ぶんじゃなかったの?」
珍しく駄々を捏ねる私に、康介は驚いて振り返った。そして拗ねた私を宥めるように両手で抱え込んで、ヨシヨシと頭を撫でながら言い包め始めた。
「また今度連絡するから、その時に遊ぼうな?」
彼と私の間に温度差と解釈にズレがあるのを察して、私の怒りは一気に青天井を突き抜けた。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿! 最初は私のことを好きだって言ってたくせに! 康介の嘘吐き!」
「おい、待てって! 俺に彼女が出来ても明日花には関係ないだろ? 今までもそうだったじゃん? 明日花にもちゃんと構うからさ、そんなに拗ねるなよー」
ふざけるのもいい加減にしてほしい。
結局この男は自分のことばかり。私の気持ちなんて微塵も気にかけてくれていなかったのだ。
「康介なんて大っ嫌い! 二度と私の前に姿を見せるな‼︎」
そしてそのままワンピースを羽織ってバックを掴んで、感情の赴くまま部屋を飛び出した。
ストッキングも履かずにヒールを履いたから、足の裏がベタついて気持ち悪い。踵も靴擦れを起こして痛いし、もう踏んだり蹴ったり。
走り過ぎたせいで、息切れして苦しい。
私は足を止めて、澄み切った空を見上げた。真っ白い入道雲に灰色の影が掛かって幻想的。私がいなくても世界は回る。
「うっ、わァ……あァァ……っ!」
込み上がる涙、感情、惨め、怒り……嫌だ、もう生きたくない——ッ!
「お願い、誰か……私のことを必要として下さい。誰か私を愛して下さい——……」
届かない叫びを胸に抱きしめながら、私は一人、嘆き涙を流した。
———……★
数ある小説の中からお読み頂きありがとうございました。当作は二人の主人公の視点で成り立っていきます。
4話までは暗い展開が続きますが、5話からは甘々になると思いますので、もう少しお付き合いお願いします。
そして、少しでも面白いと思っていただけたら★をポチポチっとよろしくお願いします✨
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます