〈3〉

 寝ずの番を引き受けたビレトとアサヒは、村の住民に養鶏場を見渡せる物見やぐらを案内される。ビレトの破門後一日目、ならびに、アサヒの転生一日目は、この上で一晩を過ごすことになるようだ。最初こそ疑いの目で見られていたが、住民らはビレトの右腕を見るなり、態度を一変させて、毛布やらパンやらを渡してくれた。


 クライデ大陸におけるドラゴンは王族であり、肉体の一部をドラゴンに変化させるのはドラゴンの血を継ぐ男性にしかできない芸当である。現在のクライデ大陸の支配者たるミカドのマモンが悪政を敷いていようとも、その権威は絶対だ。


「ミカドの代替わりって、選挙っすか?」


 夕食を噛み締めながら会話を始める。石のように堅いパンは、人差し指と親指の色が白くなりそうなほど力を入れなければちぎれない。パサパサとしていて、口の中の水分を全部持っていかれそうになるので、水とともに飲み込んだ。いただきものに文句は言えない。


 アサヒはビレトをミカドにしなければ元の世界に戻れない。にもかかわらず、ミカドにする方法については、女神サマは何もおっしゃられていない。女神サマは、アサヒがトラックに轢かれたのちに真っ白い空間――天国でも地獄でもない、死後に魂がたどり着く謎の場所――にて、アサヒに『銀髪の少年』をミカドにすれば事故に遭う前の時間軸に生き返らせてくれる、としか伝えていないのだから、クライデ大陸の文化に詳しいビレトに訊ねる。


「選挙って何? ぷろげーまー言葉?」


 存在しない文化らしい。アサヒは、ミカドの死後、たくさんの王族の中から次のミカドになりたい者が立候補して、クライデ大陸の有権者が投票して決める形式を想像していた。


「いや、違うっす。自分のいた世界では、国の代表者が亡くなったり、悪事がバレて辞任したあとに、次の代表者を『選挙』で決めるっす」

「ミカドは、先代が死んじゃったら、王位継承順位の高い人が次のミカドになる。……もしマモンさんが死んじゃったら、マモンさんの次男のハボリムさんが次のミカドかな。原則はね」


 ビレトは大きなあくびをした。目をこすって「他のパターンとしては、ミカドが王族によって倒された場合、その倒した人が次のミカドになる。だから、ボクがマモンさんを倒せば、次のミカドになれる……かも……」と続ける。


「クーデターっていうか、革命っていうか」

「でも……原則はその血筋の人だし……ボクがマモンさんを倒しても、次のミカドにふさわしいって……みんなが、認めてくれないと難しい……」


 ならば、ビレトには力をつけてもらわなければならない。武力だけではなく、権力もだ。しかるべき地位につくために人望や発言力が必要なのは、どの世界も変わらない。


「自分が見張っているんで、ビレトは寝ていいっすよ」

「ほぇ? ね、寝てないよ! 寝てない!」


 大志を抱いて戦わねばならぬ銀髪の少年は、現在眠気と戦闘していて、敗色濃厚だ。一人なら寝てはならないが、二人組なら交代で眠ればいい。


「怪しい人影を見かけたら起こすっす」


 それに、プロゲーマーは夜型の人間が多い。朝から学校や仕事に行かなければならない選手は別だが、そうでなければ昼のスクリムに合わせて起床する。昼のスクリムが終わってから各自が練習をしたりミーティングが入ったり、食事の時間があり、それから夜のスクリムだ。その後、反省会をし、選手によっては深夜帯のスクリムに参加する。スクリムは本番と同じく四試合。一試合が三十分ほどかかり、すべてのチームが集合するまでの待機時間やインターバルなどを鑑みると全体で二時間半かかる。夜に強いほうが実のある練習に打ち込めるのだ。


「お言葉に甘えて……」


 対してビレトは道場で規則正しく修行してきた。年頃の少年ならば徹夜して何かに励むこともあるだろうに、師匠によって半ば強制的に九時には部屋の明かりが消される生活を五年間続けている。道場を追い出されてからは歩きっぱなし。サイクロプスと遭遇してからは走っていた。アサヒに口移しで魔力を送り込んだり、浮遊魔法を使用したりと、体内の魔力が底をつきそうになっている。


「おやすみ」


 クリーム色の毛布にくるまって、ビレトはまぶたを閉じた。ほどなくして、すぴーすぴーと寝息が聞こえてくる。強風が吹けば柱もろとも崩れてしまいそうな高所で、ここまで穏やかな顔つきで寝付けるのに、アサヒは『才能』を感じた。チームメイトの晴翔が「枕が違うと眠れない」とゲーミングハウス生活一日目からだだをこねていたのを思い出す。


「春眠、暁を覚えず……」


 トリの鳴き声は聞こえない。トリたちも寝静まっているようだ。


 クライデ大陸において、魔法は体内の魔力を消費して実行することになる。人間の魔力は上限値に個人差があり、ビレトのような王族は市井しせいの人々より上限値が高い。上限値は加齢によって下がっていく。睡眠か回復薬、あるいは他人から魔力を分け与えると再び魔法が使用できる。魔力が不足するとめまいや立ちくらみ、ふらつきといった症状が発生するので、早急に回復したほうがよいとされている。安全な場所に移動して寝るのが手っ取り早い。


「ん?」


 監視対象はビレトではなく養鶏場なので、アサヒは目の前の寝顔ではなく眼下に広がる養鶏場に視線を移動し、例の『天井の穴』を注視した。穴のフチの部分に、が付着している。クライデ大陸に来てからまだ一日も経過していないが、その緑色に見覚えがあった。


 サイクロプスの血だ。


「自分たち、事件を解決しちゃってるっす」


 犯人は来ない。この村を訪れる前にビレトが倒したサイクロプスが、コケムストリの窃盗犯であると推察できる。穴のフチの血は、サイクロプスが天井に穴を開ける際に皮膚がひっかかり、付いてしまったのだろう。


 サイクロプスの背丈を思い出す。養鶏場の屋根からその拳を突き落とせるほどのサイズはあった。サンダース氏の養鶏場を狙っての犯行ではない。サンダース氏の養鶏場が、養鶏場の広がっているエリアで一番外周に近い場所に建っているからだ。サイクロプスが飼われているコケムストリを掴んで、食って、その味を覚えてしまった。


「明日起きたら、コレを見せればいいっすね」


 アサヒは返り血を拭き取ったタオルを取り出す。気味が悪いので今すぐにでも洗って乾かしたかったが、洗濯するのは村の住民たちに見せてからのほうがよさそうだ。


 もし、過去に同様の手口での事件が発生していたとすれば、村の住民たちが対策を取っていないはずがない。コケムストリはこの村の財産なのだから、絶対に守ろうとする。たとえば、昨日のように、住民たちが養鶏場を警備するだろう。昨日の時点ではサイクロプスは存命だったので、夜間の監視は適切な対策だったといえる。


 すなわち、サイクロプスが出現したのは今回が初めてのこと。この付近には本来サイクロプスはいないとみた。サイクロプスの生態が『群れを作る』だとすれば、ビレトとアサヒが襲われたときに仲間が来なかったのはおかしい。狩りをする生き物なら、複数で連携を取るだろう。こちらが二人なのだから、一体で追いかけるよりも二体で挟み撃ちにするなり、三体以上で取り囲むなりしたほうが成功率は上がる。


GGじーじー


 単独犯と推理して、アサヒは仰向けに寝転がった。浅黄色の毛布をたぐり寄せて、目を閉じる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る