いざ、テレス
一家団欒プラスワン
「ただいま!」
首都テレス。住宅地の端にある三階建ての家が、テレスのギルドの本部を運営しているバルバルスの家。つまり、ビレトの実家である。
「にいちゃん! おかえり!」
ビレトが扉を開けるなり、中から小さな人影がわっと走り寄ってきて、ビレトに抱きついた。ビレトと同じ銀髪に赤目だが、背丈は一回り低く、ワイシャツとスラックスという服装をしている。
「わ、キマリス! 大きくなって!」
三兄弟の末弟、キマリスである。手紙でのやりとりはしていたものの、実際にその姿を見るのは五年ぶりとなる。ビレトの記憶の中のキマリスは、まだつかまり立ちをしていた。
「にいちゃんも、うで、しっぽ!」
その瞳を宝石のように輝かせている。キマリスが生まれたのは、三兄弟の長兄のカミオが学校を卒業し、王族の掟に従って旅立ってからの話。だから、キマリスにとっての尊敬する
「すごーい! かっこいいー!」
「えへへ……にいちゃんは王族だし……キマリスも王族だから、そのうち出せるようになるし……」
アサヒは、かわいい弟に褒めちぎられてまんざらでもない表情を浮かべているビレトの後ろでこのやりとりを見守っている。重たい竜絶剣を背負わされているので、本音を言えばさっさと家の中に入って休みたい。
「ほんとー!?」
「うん!」
「にいちゃんとおそろいになるー?」
「なる!」
血筋によってウロコの色が決まっているため、弟のキマリスも同じく黒いウロコのドラゴンの腕やら尻尾やらを出せる。いまはまだ、体内の魔力をコントロールできないので、出すことは難しいだろう。もっとも、ビレトも
「あの、お邪魔していいっすかね?」
そろそろ肩が限界を迎えてしまいそうなので、アサヒが口を挟む。キマリスの紅色の瞳がアサヒを捉えた。
「にいちゃんのともだち?」
ともだち。ともだちといえば、ともだちなのか。ともだちだとすると――アサヒとしてはどう返せばいいかを一瞬悩んでしまう問いかけだったが、ビレトが「うん! にいちゃんの大事な人!」と言って、アサヒの右手をぎゅっと握りしめた。
「はじめまして! キマリスです!」
「アサヒっす。……いや、アーサーっすかね?」
自分はアサヒではあるが、この肉体はアーサーのものだ。しかも、ビレトをミカドにするという役目を終えたらアーサーに返却する予定がある。アサヒは元の世界に帰るが、アーサーはこれからもクライデ大陸で生きていかねばならない。アーサーの弟のケイと、兄弟仲良く過ごしてほしい。
とすると、今後もアーサーと付き合いがあるかもしれないビレトのご家族には、アサヒではなくアーサーと名乗ったほうがいいのではないか。
「どっち?」
ニュアンスが伝わらなかったようだ。純真無垢な疑問に対して、アサヒは包み隠さず答えるべく、姿勢を正す。
「自分は転生者っす。クライデ大陸に来る前は、チームで戦っていたっす。今度、そのチームで今後の人生が決まるような大事な試合に出なくちゃいけなくて、元の世界に帰りたいんで、ビレトに協力してるっす」
クライデ大陸の住民に『ゲーム』は伝わらないので、アサヒは『試合』と言い換えた。大袈裟ではなく、人生が決まる。公式大会で優勝できれば、富と名声と世界大会への切符が手に入るが、負けたら解散してしまうチームも少なくない。
アサヒの所属しているプロeスポーツチームのMARSは、試合結果の良し悪しに関わらず、一般的な社会人と同程度の給料を保証しており、契約期間を一年間としている。なので、あるタイトルの国内大会に敗退してから即そのタイトルの部門が解散、ということにはしない。そのゲームタイトルそのものがサービス終了してしまったり、国内大会がまったく開かれなくなったとしたら、ストリーマーとしての道を模索していく。ゲームを辞めてしまうのも選択肢の一つとしてあるので、セカンドキャリアの就職支援や資格取得の援助もする。
チームオーナーの那由他が別タイトルで選手活動をしており、まるで“使い捨ての駒”のような選手の扱いに疑念を抱いて、引退後に作り上げたeスポーツチームであるから、サポートは手厚い。
アサヒにとっては、ストリーマーへの転向にせよ、一般企業への就職にせよ、遠い未来の話である。
「あら、転生者の方でしたか。……お口に合うかしら」
キマリスの後ろから登場したのは、プラチナブロンドの長髪に碧眼の女性。髪色や目の色は違えど、顔面を構成しているパーツはビレトに近しい。言わずともがな、三兄弟の母親だろう。
「母上の手料理は最高においしいし、アサヒは気に入ると思う!」
アサヒが思わず変な顔をしてしまったのを見て、ビレトはその顔を母親に見せないようにしてフォローに入る。母親の懸念の理由としては、過去に転生者へ食事を振る舞った際に「まずい!」と言われてしまったからだ。
その転生者ことカブラギは、ウソのつけない男だった。
妻の料理をけなされたバルバルスは激昂し、言い争いの末に乱闘騒ぎにまで発展してしまっている。カブラギが勝利した。
「そ、そうっすか……?」
学術都市プラトンで学生寮に宿泊した日。夕食は学校にある食堂にて、好きなメニューを注文する形式だった。アサヒはメニュー表を見ても何が何だかさっぱりわからなかったので、ビレトが頼んだものと同じものを頼んだのだが、ただ野菜を煮込んだだけの、いい意味で素材の味を活かしたスープを提供されている。ビレトの「おいしいよ?」は信用ならない。
「きょうはちちうえもかえってくるから、みんなでぱーてぃー!」
キマリスだけがはしゃいでいる。アサヒだけでなく、ビレトの顔までこわばった。父上のバルバルスとも、五年ぶりの再会となる。
ビレトは家族に「ミカドになる」と宣言するべく、実家まで帰ってきた。住民たちからの支持も大事だが、家族からのサポートだって重要だ。何も言わずに、ミカドにはなれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます