第42話 …………はい?


「ちょっと開けて!! 開けなさいっ!!」

「お待ちくださいっ!! 今シリウス様とセレンシア様が大事なお話を──」

「私だってシリウス様のお顔を拝見したいのに……っ」


 何やら廊下が騒がしい。

 ロゼさんの甲高い抗議の声と、それを嗜めるポプリの声だ。


「あの人は……」

 眉間に皺をよせ頭を抱えたシリウス。

「あぁいう人が私の好みだと、セレンは本気で思う?」

「……むしろ一番無理なタイプだと思う」

「正解。そういうことだよ、セレン」


 そう苦笑いすると、シリウスは盛大なため息をついて扉の方へ歩き、ゆっくりとそのうるさい扉を開いた。


「!! シリウス様ぁっ!!」

「申し訳ありません。騒がしくしてしまいました……」


 ぱっと表情を明るくして駆け寄るロゼさんと、げっそりとしたように申し訳なさそうに眉を垂らすポプリ。

 ポプリの心労がうかがえる。


「大丈夫よ。大体話は終わったから。苦労をかけてごめんなさいね、ポプリ」

「本当、私がふがいないばかりに、ポプリには苦労を掛けてすまない」

 この猛獣を一人で抑えるのは骨が折れただろうに。

「シリウス様とセレンシア様の為なら、この老体も動くというものですわ」


 ……あぁもう本当、後で肩もみをしてあげよう。

 この一件が終わったら絶対にポプリ孝行をしなければ。


「もうっシリウス様!! 私ずっと待っていたんですよ? 昨夜もおかえりにならずに、今日帰ったと思ったら着替えられてすぐにパーティに行ってしまうだなんて、寂しかったです……っ」


 そうしおらしくシリウスの身にしなだれかかるロゼさんに、私は眉を顰める。

 だけど──。


「ロゼさん。私の夫にみだりに触れるのはやめてください」

 そう、初めて強く言葉を放った。

 今まで彼女に苦言を呈することなどなかった私が、強く言葉を放ったことに、ロゼさんは驚き目を見開いた。


「むっ、セレンシア様に言われる筋合いは──」

「あるね」

「え?」

 ロゼ様の腕をほどき、シリウスが冷たい目で見下ろす。


「君は魔法使いの石が反応を示し、保護が必要だからこの国に連れて来て屋敷で保護しているだけで、私個人の思いとして連れてきたかったわけではない。前にも言ったはずだ。私が愛するのは、昔からセレンただ一人。あまり触れられては困る」


 はっきりとそう言い放ち、私を引き寄せ肩を抱くシリウスに、ロゼさんの大きな瞳が揺れる。

 こちらの事情で連れて来たことは、ロゼさんには悪いと思う。

 でもそれとこれとは別だ。

 シリウスの今を信じると決めたのだから、私には、今はシリウスの妻として、しっかりと立場を示さないといけない。


「でも……でも……私の方が──」

「何の騒ぎだね?」

「!!」


 緊迫した広間に、落ち着いた男の人の声が飛び込んできた。

 視線を向けると、開け放たれた扉の前にシリウスのお父様であるカルバン公爵とお母様であるカルバン公爵夫人が立っていた。

 領地から直接パーティに顔を出してから屋敷に帰って来たのだろう、視線はロゼさんの方へと注がれている。


「父上、申し訳ありません、お騒がせして」

「いや、まぁ賑やかなのは良い。お前もセレンシアちゃんと仲睦まじくしているようだしね」


 そう私の肩を抱くシリウスを見て優しく目を細めるカルバン公爵と夫人。

 それがなんだか恥ずかしくなって、シリウスから離れようとするも、シリウスはさらに強く私を引き寄せ離してはくれなかった。


「私の本気をわかってもらえるように、今鋭意努力中です。それより、お久しぶりです、父上、母上」

「ご無沙汰しております」


 結婚してすぐに領地へ籠られたから、本当に久しぶりだ。

 さっきのパーティでちらりとお顔は拝見したけれど、お元気そうでよかった。


「いろいろ事情は王太子殿下から聞いていたが、その子かね? 魔法使いかもしれないという子は……」

 じろりとその目尻に深いしわが刻まれた眼がロゼさんへと向く。


「えぇ、ですが、昨日の騎士団長の情報によると、ロゼが魔法使いである可能性は低い、とのことでした。メレの町の住人たちの証言で、ロゼの顔を見たことがあるような気がする、と。ただその傍らには、よく魔法使いがいた気がするのだと、ひどく曖昧ですが、証言があったそうです」

「!!」


 それじゃぁ、魔法使いの意思が反応したのは、もしかして魔法使いに近い人物だったから、ということ?

 なら魔法使いはいったい……。


「失礼しまーす。荷物を運び終わったのでそろそろセレン様補給を──」

「アイリス!!」


 シリウスの言葉に思考を巡らせているなか入ってきたアイリスに、思わず彼女の名を呼べば、すぐにその大きく輝く瞳が私に向けられ、そして──。


「セレン様ぁあああああああっ!!」

「アイリス、おかえりなさい」

 シリウスを跳ねのけるように私に飛びついたアイリスに、私は苦笑いで応える。


「お会いしたかったぁあああああっ!!」

 うん、いつものアイリスだ。

 元気そうで何より。


「アイリス、君ってやつは……」

「シリウス様っ!! 噂によるとどこぞの骨ともわからん女を連れ込んでいるそうじゃありませんか!! ほーっほっほっほ!! そんな輩に大切なセレン様を差し上げられないのでとっとと返しやがれです!! はっ……!! そこの女──っ…………え……? ────ロゼ……?」


 口早に言うだけ言ってすぐそばのロゼさんに視線を向けた瞬間、アイリスの表情がピシリと固まった。



「え────────イリス様…………?」


 ……………………はい?










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