第39話 精霊保護法の制定


「だ、だだだ、大丈夫? トマス。き、緊張して、ない?」

「どちらかというと、セレンシア様の方が緊張しているんだと思いますよ」

「ぴひゃっ!?」


 そりゃ緊張もするわ。

 パーティへの参加は経験あるとはいえ、そのどれにもなんだかんだとシリウスが傍にいた。

 どこででも寝てしまう私のお目付け役のように、常に傍で私を見張ってくれていたから、私は心細くなることなくいられたんだと思う。

 まぁ、一緒にいることで陰でこそこそ、釣り合いがどうのと言われることはあったけれど、それでも一人ではないという安心感はあった。

 今回、自分が支える立場であるというのは初めてで、情けなくも大扉を前に足がすくむ。


 これからラッパの音の合図で二人そろって入場しなければならないというのに。

 しっかりしろ、私の足。


「ごめんなさいトマス。私がしっかりしないといけないのに」

 私が肩をおとすと、トマスはふんわりと笑った。


「ふふ。大丈夫ですよ。僕はセレンシア様といられるだけで幸せですし」

「へ?」

「僕にとって、あなたは恩人であり、初恋のお方ですから」


 はつ……こ…………初恋ぃぃいっ!?


「えぇぇぇえええええええっ!?」

「セレンシア様、声!! 声っ!!」

「あ……」


 つい驚きのあまり大きな声を出してしまった。

 扉の向こうには皆様揃ってらっしゃるというのに。


「すみません、突然」

「い、いえ……謝る事じゃ……」

「でも本当に、あなたは僕にとって、とても大切な人なんです。あなたがいなかったら、今の僕はあり得ない。特別な人だ。……だからこそ、シリウス様と幸せになってほしい。精霊があふれる、この平和な国で」

「トマス……」


 精霊たちは争いを好まない。

 平和で穏やかで、綺麗な地を好むものだ。

 ゆえに精霊がいるということは、それだけ平和な国であるということ。

 このローザニア王国は、これからもそんな国であってほしい。


「ありがとう、トマス」

「ふふ、こちらこそ」

 そう二人笑いあったその時、高らかにラッパの音が鳴り響いた。

 さぁ、いよいよだ。


「行きましょう、トマス」

「はい」

 差し出されたトマスの手に自分のそれを重ねると、私たちはまっすぐに前を向いた。


 大扉が開くと、拍手をする招待客の間を二人並んで足を進める。

 すると玉座に近づいたところで、すごい形相のシリウスと目が合ってしまった。


 え、何?

 何でそんな人殺しそうな顔してるのシリウス!?

 だいたい何で一人なの!?

 ロゼさんは!?


 聞きたいことがありすぎて混乱しながらも、私はトマスと共に壇上の国王陛下や王妃様、王太子殿下のもとへと到着した。


 私を見るなり心底楽しそうに笑う王太子殿下に、シリウスのこのさっき溢れる顔の理由についてよくわかっているのであろうということを悟った。

 この人、いったいシリウスに何やらかしたの!?


「ゴホンッ。皆の者。急な召集にもかかわらずよくぞ集まってくれた。礼を言う」


 国王陛下が玉座から立ち上がると、トマスを迎えた大きな拍手がぴたりと止んで、厳かな静けさへと変わった。


「この度、ここに居るトマスが平民初の博士号を取得し、急ではあるが明日から隣国トラシアへの留学が決まった。そして、彼の研究から新しく、精霊保護法を制定することが決定した!!」


 陛下の宣言に、ざわざわと驚きと戸惑いの声が上がる。

 それもそうだ。

 精霊の保護も何も、どこにいるかすらも今の人間にはわかっていない存在なのだから。


 陛下がそのざわめきを右手を上げて制すると、再び会場に静けさが戻った。


「精霊はかつてこの国に存在し、それらを魔法使いがまとめていたと言われている。しかしそれらの力を我が物にしようとした人間達から逃れるため、精霊は姿を消し、その存在すら不明となった……。だがここにいるトマスの研究により、今なお精霊がこの国に住んでいるという確証を得たのだ……!!」


 精霊が住んでいるという確証。

 この国の繁栄の希望を意味するそれに、人々は歓喜する。

 壇上のトマスに向けられるキラキラとした眼差しが、彼らの今の心をよく表しているようだ。


「そこで私たちは今日、先程先立って、精霊の住処となっているアイリス王立図書館に、王家の者にのみ使うことのできる保護魔法をかけた。精霊に害を及ぼす思考の者は侵入することのできぬ魔法だ。それと共に、これから精霊が安心して住める国にしていくため、環境整備を徹底する。皆に協力を頼みたい。最後になるが、この素晴らしい発見をした若き研究者に、盛大な拍手を!!」


 陛下の言葉に、すぐに会場は割れんばかりの拍手の渦に包まれた。


 ちらりと隣のトマスを盗み見れば、少し照れくさそうにしながらも笑顔で頭を下げる姿に、私の冷たく固まっていた頬は安心でわずかにほころぶのだった。









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