第21話 シリウスへの違和感
薄暗い小屋の中から出てくると、落ち始めた太陽の光がわずかに私の目を刺激する。
もうすぐ夕日が昇りはじめる。
もうそんな時間なのね。
「さて……。先ほどは失礼した。わしはオスマン。この家を管理しておる者じゃ」
「管理人でしたか……。すみません。一応国の許可は得たのですが、あなたに無断で立ち入ってしまいましたね」
「いいや。それで良いんじゃ。ここはわしが、勝手に守ろうとしていただけなのじゃからな」
そう言って小屋を見つめるオスマンさんはどこか寂し気で、彼の魔法使いへの思いが伝わってくる。
「あの……オスマンさんは魔術師さんのことを知ってるんですか?」
「妻の呪いを解きたいんです。何か知っていることがあれば、教えていただけませんか?」
すこしばかり焦ったようなシリウスの声に違和感を感じる。
そんなに早く【寝言の強制実行】から──私から逃れたいのかしら?
「……そうじゃの……。確かにここには魔法使い様が住んでおった」
「!!」
やっぱり、ここには魔法使いがいたんだ……!!
早くも見つけた手掛かりに胸が鳴る。
「あの方はの、ある時は小さな娘に。ある時は老女に。そしてまたある時は若い男に。度々姿を変えながら暮らしておった。それが御身を守る為であるのだろうがわしら町の者は皆、あの方が魔法使いだと勘づいておった。なにせ、あの方は癖が強かったからの」
ほっほっほ、と楽し気に笑うオスマンさん。
きっとその日々は、彼にとっての大切な宝物だったのだろう。
「困っている者には手を差し伸べ、ともに笑い、一人ひとりに真剣に向き合う。皆、あの方を好いておった。十数年前までは、そんな風に平和に暮らしておったのじゃ」
「十数年前までは……ということは、今は──」
シリウスの言葉にオスマンさんは肩を落として項垂れてしまった。
「ある日、たくさんの人間がこの小屋を訪ねた。そして魔法使い様を魔法使いと見破り、国に差し出そうとした。偶然この町を訪ねた旅人が、あの方を怪しんで押しかけたのじゃ。そしてその結果、あの方はこの町を去ったのじゃ……」
「そんな……」
じゃぁ、もうずいぶん前からここにはいないということ?
「魔法使いは、今どこに?」
シリウスの問いかけに、オスマンさんは首をゆっくりと横に振った。
「誰も知らんよ。誰も知らんし、探そうともせん。ひっそりと、姿を知られることなく静かに生かしてやりたくての」
この町の人にとっての魔法使いは家族のようなものだったのだろうか。
話の随所から、魔法使いへの思いやりや優しさが感じられる。
そっとしておいてやりたい、ということか。
残念だけど、仕方ない。
別にどうしても探し出さねばならないというわけでもないんだから。
3年間。
3年間白い結婚を貫けば──。
「そんな……。何か手掛かりはないのですか!? 何か……小さなことでも良い!! 知っていることは──っ!?」
「シリウス?」
縋るような目でオスマンさんに迫るシリウスに違和感が再浮上する。
やっぱり少し、変だ。
何をそんなに必死になっているのだろう。
いつも、何に対しても冷静でクールで、落ち着いているシリウスが……。
シリウスらしからぬ様子に違和感を感じていると、オスマンさんが「ふむ……」と長いひげを撫でつけて再び口を開いた。
「町の東側にある孤児院」
「孤児院」
「うむ。魔法使い様はよくそこに通って負った。若い男の姿での」
そうか。
いろんな姿で生きていたのよね、魔法使いは。
それがこの世界で生き残るための、魔法使いの処世術。
ということは、今も別の姿でどこかに潜んでいるのかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます」
「うむ。呪いとやら、早く解けることを祈っておるよ」
そう言ってオスマンさんは、杖をつきながらゆっくりと小屋を後にした。
「……」
「シリウス?」
切羽詰まったような顔で無言のままたたずむシリウスに声をかけると、シリウスはピクリと肩を揺らし、いつもの変わらない笑顔を張り付け、私を見下ろした。
「ううん、何でもないよ。さて、じゃぁ孤児院に行ってみようか。あぁでも、長旅で疲れたよね? そろそろ眠くなるかな?」
「大丈夫よ。なんだか、最近はあまり眠くはないの。前は一日に何度も眠ってしまっていたのに」
気づけばうとうととして、自分でも制御できない眠気に襲われていたのが、シリウスと結婚してからぴたりと止まったのだ。
突然の環境の変化で眠りのサイクルが変わったのか何なのかはわからないけれど、今のところまだこれ以上は【寝言の強制実行】で迷惑をかけていないのは救いだと思う。
「そうか……。なら行こうかセレン。孤児院に行ってから、宿で休もう」
「え、えぇ……」
何とも言えない違和感を抱えながら、私はシリウスと共に再び馬車に乗り込むと、東の孤児院へと向かった。
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