第二章 寝言の強制力と魔法使い

第18話 奇抜な来訪者


 賊を撃退して、無事ピエラ伯爵家に戻った私たち。


 シリウスがすぐにお兄様へ賊の件を報告し、お兄様はすぐに現場へ領地の騎士を向かわせ、倒れていた賊たちを根こそぎ捕縛した。

 その中の一人は、顔面に何かがめり込んだような傷が出来ていたらしいと聞いたけれど、私は知らない。うん、知らない。


 それから空がオレンジ色に染まり始めた頃、私たちは王都への帰路に就いた。


 アイリスはもう少しだけこのピエラ伯爵領で新人メイドの教育をするために残り、終わり次第カルバン公爵家へ私の侍女として来てくれることになった。

 彼女はカルバン公爵家のメイド達とも仲が良いし、公爵家に来てもうまくやってくれるだろう。


 アイリスは別れ際、しつこいくらいにシリウスに「セレン様に手を出さないように!!」と言っていたけれど、馬車に乗ったとたんに私は彼の膝の上へと乗せられた。

 何でこうなった?


「あの、シリウス? アイリスに膝の上はダメだって──」

「ん? 私の耳には何も届いていないよ」


 うわぁ……なんて都合のいい……。

 知れっと言い放つシリウスに顔が引きつる。

 だけどまた屋敷につくまでこのままなのは、さすがに私の心臓がもつかどうか──。

 そう心配しながらも何とか息も絶え絶えに屋敷へたどり着くと、予想外のお客様が待ち構えていた。


「──やぁシリウス、セレンシア」

「うわぁ……」

「えぇ……」


 応接室に入るなり、にこやかに私たちに片手を上げたのは、怪しげな装飾にまみれた男性。

 頭には鳥付き帽子。

 首にはじゃらじゃらとした大粒の水晶がつづられた三連ネックレス。

 極めつけは本来ならあるはずの綺麗な碧眼を覆い隠した、レインボーサングラスだ。


 一体どうしたんだ。

 このローザニア王国の王太子フィル・テスタ・ローザニア殿下は……。


 言葉の出てこない私たちの視線に気づいた殿下は、「あぁこれ?」とサングラスを取り外して笑った。


「これらはこのローザニア王国の国宝でな。精霊の血の力を増幅させて、より強く魔法使いを感じることができる優れものなんだ。見た目はちょっぴり奇抜だがな」


 なんてことないように笑う殿下に、私もシリウスも何も言うことができなかった。

 ちょっぴりどころじゃあない。

 がっつり奇抜だ。

 これがうちの国の国宝なのか……。


「はぁ……。で、先触れなく訪れた理由は? そんな奇抜な格好で来たということは、魔法使いの居所を掴めたということですか?」

「ちょ、シリウス、不敬よ。せっかく来てくださったのにそんな言い方っ」

「ははは。大丈夫だセレンシア。慣れてる」


 シリウスのお父様の妹は現王妃様だ。

 殿下とシリウスは従兄弟同士で仲も良い。

 こんな態度でも許されるほどには。


「さて、まぁ二人とも座ると良い」

 殿下の大きな態度に頬を引きつらせながらも、シリウスは私の手を引いて殿下の向かいのソファへと腰を下ろした。


「実はな、王都の南にあるメレの町に、数十年前まで魔法使いが住んでいたという噂があるみたいなんだ」

「数十年前まで? ということは、今はそこにはいないと?」

 シリウスの言葉に、殿下が肩を落としてから頷いた。


「今はどこにいるのか……まだあの町にいるのかすらもわかっていない。でも、そこにいたであろう痕跡はあるし、何か手掛かりがあるかもしれない。私の精霊の力で魔法使いの魔力を感じてみても、反応は北にも西にも東にもなく、やはり南なんだ。せっかくだしシリウス。セレンシアと一緒に行って来ると良い。新婚旅行もかねて、な」


「新婚旅行!?」

 そこまでする必要はない。

 結婚の儀式だってただ書面にサインしたぐらいで、結婚式も結婚指輪もないもの。

 そう、これは仮結婚なんだから。


 だが次の殿下の言葉で、私の考えは180度変わってしまうことになる。


「あそこは有名な【小鳥姫と騎士】の舞台になったシレシアの泉がある町だし、保護区の入区許可証を出してあげるから、ついでに観光してくると良──」

「行きましょうシリウス!!」

「変わり身早いな」


 シレシアの泉といえば【小鳥姫と騎士】で、騎士が小鳥になった姫を見つけ出した泉の舞台になった場所。

 そこで小鳥が姫だということを見破り、騎士の口づけによる真実の愛で姫を人間に戻したあの名シーンは、私の永遠の憧れだ。


 ただしシレシアの泉のある森は今や保護区となっていて、特別な許可が無いと立ち入ることができないから、殿下の許可がある今がチャンス!!


「セレンが行きたいなら、どこへでもお供するよ」

「っ……!!」

 とろけそうなほどにやさしく微笑むシリウスに我に返って視線を逸らす。


 私ったらつい……!!

 これじゃものすごく新婚旅行したい人みたいじゃない!!

 3年後に離縁するとか提案しておいて何を言ってるの私……!!


「ははっ。じゃあ、騎士団長には私から休暇の延長を伝えておくよ。あまりまとめて休ませてあげられなくてすまないが。明日から3日間、行っておいで」


 こうしてピエラ伯爵領から帰って早々、私たちの新婚旅行が決まった。











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