第14話 ロージウス・ピエラ

 ピエラ伯爵領まで馬車で一時間と少し。

 その間、シリウスはずっと私を膝の上に乗せ続け、領地に着いた頃には私は抜け殻状態になっていた。


「セレンシア~!!」

「きゃぁっ!?」


 ピエラ伯爵家の屋敷に入るなりに、どこからともなく衝撃が襲い、首がもって行かれそうになる。

 勢いよく突進してぎゅうぎゅうと私を抱きしめるプラチナブロンドのサラサラの髪の男の胸を押し返しながら、やっとのことで息を整える。


「っお兄様っ!! 苦しいです!!」

「あぁ、ごめんよセレンシア。久しぶりだったからつい……。遠くから公爵家の紋の付いた馬車が近づいてくるのが見えて、良く見たら馬車の窓からセレンが見えてさ。いてもたってもいられなくて」


 ロージウスお兄様は盲目的なシスコンだ。

 お父様と同じプラチナブロンドのサラサラの髪に穏やかな笑顔。

 顔も良ければ優しく性格も良い。

 私の自慢の兄だ。


「突然の訪問、ごめんなさい」

「良いんだよ。ここはお前の家でもあるんだから。遠慮することはない」

「そ、そのことなんですけど……」


 やっぱりお父様もお母様も、お兄様には何も話していないようだ。

 さて、何から話そう……。

 口ごもる私の隣に、シリウスが並ぶ。


「ロージ

「シリウス殿。まさかあなたが妹とここを訪れるとは……何年ぶりかな? 昔はよく一緒に遊んでいたというのに、あなたが妹から距離を取るようになってしまってから、ここには来なくなってしまったからね」

「お兄様!!」

 ちくちくとシリウスに言葉を突き立てるお兄様を諫めるように声を上げれば、シリウスが「セレン、大丈夫だよ」と優しく微笑んだ。


 シリウスの心が遠くなって悲しんでいる私を、お兄様はずっと見てきた。

 あれだけ仲が良かったのに、突然シリウスが私から離れていったことは、私の心を大きく戸惑わせ、父母や兄に心配をかけてしまった。

 だからだろう。

 兄がシリウスにこんな物言いをするのは。


「そのことで話があります」

「話? ……まさかあんなに距離を取っていたのにセレンと結婚しましたーとか……言わないよね?」

 鋭い……!!

 大正解だけれどそんなに軽く返せる雰囲気ではない。

 そんな中シリウスは平然とした様子で「はい、そのまさかです」と言い放った。


「ちょ、シリウス!!」

「は──? え……。……ええぇぇぇぇええええ!?」

 お兄様の叫びが屋敷中に響き渡った。


 ***


「ごめんなさいねセレン、カルバン副騎士団長様。さ、紅茶でも飲んで、ゆっくりくつろいでくださいな」


 兄の叫び声を聞きつけて飛んできたアンネお義姉様によって、私達は応接室へと通された。

 お兄様は私の目の前に座って、アンネお義姉様の隣で難しい顔のまま、一点を見つめている。


「…………で……。どういうことなのか説明してくれるかな? 父上や母上からは、セレンが婚約しただなんて話は聞いていないし……何かの間違い、だよな?」

「いえ、一昨日結婚しました」

「ぶふぅーーーーーーっっ!!」

「きゃっ!?」

「セレン!!」


 シリウスが事実を簡潔に述べた瞬間、お兄様は口に含んだ紅茶を一息に噴出した。

 シリウスがとっさに自分のマントでかばってくれて難を逃れたものの、あやうく紅茶まみれになるところだった。


「カルバン副騎士団長様、マントをこちらへ。すぐに洗ってお返ししますわ」

「ありがとうございます」

 お義姉様はシリウスからマントを受け取ると、すぐにメイドを呼びそれを預けた。

 すっかりとこの屋敷の女主人になったお義姉様に、なんだか嬉しくなる。

 嫁いで来られる前、お義姉様は自領を離れてやっていけるか不安だと言っていたから。


「ローゼウス様。セレンの寝言のこと、よくご存じですよね?」

「あ、あぁ、そりゃぁ……って……まさか……!!」

「はい。そのまさかです」

「っ、……はぁー……そんなことが……」


 ぐったりと頭を抱えて息を吐くお兄様に、すかさずお義姉様が紅茶を差し出す。

『寝言のこと』ですべてが通じてしまうとは……恐るべし、寝言の強制力。


「……それならあなたとセレンが婚約すっ飛ばして結婚したことも合点がいく。あぁ……なんてことだ……。俺の可愛いセレンが……」

「今は私の可愛いセレンです」


 さも当たり前のように言い放ったシリウスのその言葉に、お兄様はシリウスを凝視して固まってしまった。

「し、シリウス殿? 今、なんて?」

「ん? だから、今は私の可愛いセレンです、と」


 そう言って私の肩を抱いたシリウスに、今度は私が硬直する番だ。


「今は、じゃないな。昔から今に至るまで、私は変わらずセレンが好きですよ」

 穏やかな視線が私に向けられて、私は思わず恥ずかしくなって視線をそらした。


「んー……まぁそう、だろうが……」

 なぜか納得しているお兄様に、私は首を横に振って否定をする。

「そうじゃないんですっ!! 寝言を聞いたらしい日から、この調子で突然溺愛が始まりました。多分、私の寝言のせいなので、早いところシリウスを解放してあげなければと思っているんです」


 これ以上、自分の意思に反して私を溺愛させてはいけない。

 私も嬉しい反面、虚しさがどうしても付きまとってしまうのだから。


「と、この通り信じてもらえないんです」

「だろうな。今までのあなたの態度から考えたら」

 呆れたようにお兄様が言って、シリウスが肩を落とした。


「それはまぁ……。なので、魔法使いを探してこの力をなんとかしてもらい、あらためて私の気持ちを理解してもらおうと思っています。危険な力でもありますし、無いに越したことはない」

 一連の話を聞いたお兄様は、ムウかしい顔で腕を組んだまま「う~む……」と唸った。


「ってことは、まだ仮結婚みたいなもの、ということだな?」

「はい。一応3年間白い結婚を貫けば難なく離縁ができるので、それも私は考えているんですけど……」

「その前に魔法使いを探して円満解決させてみせます」

「──と、この調子で……」


 まぁ、魔法使いを探したところで本来のシリウスは私のことを好きではないのだから、どっちみち3年間白い結婚をすることにはなるのだけれど。


「はぁ……なんだ、驚かすなよぉ……。シリウス殿が生真面目な人だったから良かったものの、他の軟派な男だったらと思うとぞっとするな……。確かにその力は危険かもしれんな。そういうことなら、俺も魔法使いについていろいろと調べてみるよ」


 安心したように息をついたお兄様に、アンネお義姉様もにっこりとほほ笑んだ。











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