第12話 古の産物、騎士団本部


 ついに来てしまった……。

 騎士団本部の入り口で立ち尽くし、その大きな建物を見上げる。

 さっきからじろじろと刺さる騎士様達からの視線が痛い。


 あぁ、もうこのまま隣のアイリス王立図書館の方へ行ってしまいたい……。


「し、シリウス。あの、私、おかしくない? やっぱり私──」

「大丈夫だよ。セレンはどんな服を着てても可愛いから。こんなに可愛いセレンを見せてあげるんだから、騎士団長には感謝してもらわなきゃならないくらいだ」


 お願いいだから正気に戻ってシリウスー!!

 朝食を食べさせられ終えた私は、騎士団長様にお会いしても大丈夫なように、侍女たちに加工してもらった。


 首を隠すために襟の高いドレスはそのままに、髪も綺麗に結い上げてもらい、メイクも派手になりすぎないようにしてもらい、アクセサリーだって流行りのものでゴテゴテしていない上品なものを取り入れてくれた。

 これでいつものぼけたような平凡な容姿も、少しはあか抜けただろう。


 が……。

 ちらり、と横目で爽やかな栄を浮かべるシリウスを見上げる。

 こんな完璧男の隣を歩くには、まだまだふさわしいとは思えないのよねぇ……。

 どんなに着飾っても、所詮は私だもの。


「自信もって、セレン。セレンは私の可愛い女の子だよ。早くその【寝言の強制力】を失くして、俺がどれだけ君を可愛いと思っているのかを証明してあげるからね」


 まるで【寝言の強制力】がなくなっても変わらないとでもいうかのような言葉に、心がずんと重くなる。

 もし本当にそうなら、どれだけ幸せか。


 だけど結婚前までのシリウスの態度を思えば、それはただの儚い夢だ。

 私に無感情なシリウスに戻ってしまうことを考えるだけで……怖い。


「セレン? 大丈夫?」

「ぁ……、うん。大丈夫よ。行きましょう。いつまでもこんなところに立っていても迷惑だし、騎士団長様もお待ちでしょうしね」


 何より視線が痛い。

 早く騎士団長様の部屋に行って、このまとわりつく視線から逃れたい。


「あぁ、そうだね。行こうか」

 シリウスはとろけるような笑顔でそう言うと、私の右手の指に自分の指を絡ませた。


「ちょ、手、繋いでいくの!?」

「あたりまえだろう? セレンは手を繋ぐのが好きみたいだし、ね」

「~~~~~~っ」


 間違っていない分何も言い返すことができないまま、私はシリウスに手を繋がれた状態で騎士団本部へと乗り込むことになった。


 ──広いロビーにせわしなく行き交う騎士達。

 この騎士団本部もいにしえの魔法使いの産物で、そこらかしこに魔法が使われた仕掛けが施されていることで有名だ。


 入ってすぐ右廊下の突き当りの部屋に入れば、そこは人が数人入ることのできるであろう小さな個室。

 私たちがその小部屋に入った瞬間、床が淡く光を放ち、私たちは床ごとゆっくりと浮上していった。

 慣れない浮遊感に、思わずつながれた手に力が入る。


「大丈夫?」

「え、えぇ。大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 この魔導式昇降機まどうしきしょうこうき

 噂には聞いていたけれど、実際に体験するのは初めてだ。

 この何とも言えない浮遊感……うぇっ……。

 これに毎日乗っている騎士様達はやっぱりすごいわ。

 どんな鍛錬をしているのかしら。


 リーン──。

 高い鈴音が鳴って、床がぴたりと停止した。

「着いたよ」

 シリウスの声と同時に扉が自動で開くと、またも広い廊下へとたどり着いた。


 2つの扉が並び、一番奥に一番大きな扉が存在感を主張している。

「こっちが私の執務室。隣は資料室。あの一番奥の部屋が騎士団長室だよ」


 シリウスの──部屋……!!

 見たい……!!

 どんな部屋なのか見てみたい……!!

 いやいやいや駄目よセレンシア。

 私は今日は騎士団長様に会いに来たんだからっ。

 遊びに来たんじゃないのよ!!

 そう必死で自分を諫める。


「ん? どうしたの?」

「え!? な、何でもっ」

「私の部屋が気になるなら、今度訪ねておいで。セレンが来てくれたら、仕事でささくれ立った私の心も癒されるだろうし」


 そんなにも殺伐とした状態でいつも仕事をしているのかしら。

 この件には触れないでおこう。


 大きなダークブラウンの扉を叩いて、「シリウス・カルバンです」とシリウスが名乗れば、「入れ」と扉の向こうから深いバリトンボイスが入室の許可を出した。


 シリウスが扉を開けると、執務机で頬杖をついて、大きな男性が私たちを待ち受けていた。

「よぉシリウス!! 待ってたぞー」

 右頬に大きな傷。

 大きな身体とずっしりとした低い声。

 その迫力からは想像つかないほどに軽いその挨拶に何だか力が抜けてしまった私は、挨拶も忘れてただ茫然とその巨体を凝視してしまった。


「おっ、その子が例の可愛すぎて俺の目に触れさせたくないとか言ってた噂の妻か!!」


 騎士団長様に何言ってたのこの人!?

 もうこれ以上ハードル上げないでほしい。

 可愛すぎて、だなんて、ひどい捏造だ。

 だけどボケっとしてもいられない。

 私はドレスの裾をつまみ上げると、騎士団長様にむけてカーテシーをした。


「は、初めまして騎士団長様。セレンシアと申します。お……夫がっ、お世話になっておりますっ」

「セレン……夫って……っ」


 言ってしまった。

 夫だと言ってしまった。

 思わずそう口走ってしまった私に感動したように目をキラキラとさせながらこちらを見つめるシリウス。

 そんな澄み渡った目で私を見ないでっ……!!


「っはははははっ!! あのシリウスをこんなに懐かせるとはなぁ!! それに、人目に触れさせたくないのも頷ける可愛らしいお嬢さんじゃないか」

「見ないでください。セレンが腐る」

「腐らないから!!」


 大真面目に何を言っているのだろうこの男は。

 しかもこの大国ローザニア王国の騎士団長様にむかって。


「こんなシリウス、他では見せられないな。女達がまたうるさくなる。さてお嬢さん、挨拶が遅れてすまない。俺はロビド・バスターラ。この国で騎士団長を任されている。あの特に女の噂もなかったシリウスが突然結婚だと聞いて何か無理矢理にでも結婚しなきゃならなくなったかと心配したが……。嫌そうには見えないってことは、そういうことなんだな。うん、よかったよかった」


 そう言って豪快に笑って顎髭をさする騎士団長様は、やっぱり親しみやすい雰囲気をしている。


「嫌だなんてとんでもない。私は世界一幸運だったとすら思っていますからね。ですが……セレンは違うようでね」

「ん? 何だ? 新婚早々離婚の危機か?」


 なまじ間違ってはいないのだから怖い。

 なんてったって昨日私から離縁に向けての提案をしたばかりなのだから。


「しませんから。絶対に。……ただ、少し問題がありまして……」

「問題? あぁまぁ、立ち話も何だ。座れ。ゆっくりその話を聞こうじゃねぇか」


 シリウスの深刻な様子に、騎士団長様は私たちに目の前のソファを勧めた。


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