第2話 むにゃむにゃしてたら結婚が決まりました


 えーっと……。

 一体どうしてこうなったのでしょうか?


 幼なじみであるシリウスのカルバン公爵家で開かれた、画家としても有名な公爵の新作絵画お披露目のためのガーデンパーティー。

 カルバン公爵から招待を受けた私は、暖かな陽気に誘われて、ついうとうととカルバン公爵家のホールのソファで眠ってしまった。


 そしていつもの如くシリウスが私を起こして……。

 でもなんだかシリウスも様子がおかしくて、パーティが終わってからシリウスに耳打ちされたカルバン公爵や夫人が驚きの声を上げ、私はなぜかシリウスに手を引かれるがまま応接室へ案内された。


「すぐに戻るから待ってて」と言って一度退室し、しばらくしてシリウスは、シリウスのお父様とお母様、そして私の両親を連れて帰ってきて、今に至る。


「アラン……いいのか?」

「あぁ、構わんよ。セレンの“力”は絶対だ」

「すまないルシウス。うちの娘のせいでシリウスに迷惑を……」

「いやいや良いんだよ。セレンは良い子だし、もともと娘のように思ってきたのだから、私も嬉しい。それにシリウスも、セレンが大好きだしね」


 は?

 え?

 私の、力?

 って………まさか私、またあの力を──!?


 今度は何をしたの!?

 また王太子殿下をパシリに使った!?

 それともまた王立図書館の本を一部自分のものにしちゃった!?

 また王立学園を1週間休校にしたとか(教師が全員原因不明の体調不良になったことが原因とされた)……。

 

 はっ!! ちょっとまって……。

 シリウスに迷惑をってことは……ま、まさか……シリウスになにかやらかした!?


 私の力は特殊だ。

 【寝言の強制実行】というおかしな力のせいで、今までいろんな人にたくさんの迷惑をかけてきた。

 その最たる被害者がシリウスだ。


 ある時はシリウスに学園の送り迎えをさせたり。

 またある時はシリウスを町への買い物につき合わせたり。

 そしてまたある時は騎士団の遠征から帰ってきた直後に、私のためにお菓子を作らせたり。


 不本意ながらにでも文句も言わずに付き合ってくれたシリウスは、やっぱり優しいんだと思う。

 本当は私なんかよりももっと綺麗な人と登下校したりデートしたりしたかっただろうし、お菓子を作るよりゆっくり寝て、疲れた身体を癒したかっただろうに。


 この力は私にとっても周りの人にとってもただの迷惑な力でしかない。

 もう寝言を聞かれないためにどこででも寝ないようにしなきゃと思うのに、抗えないほどの眠気に攫われてしまう。


 一体今回は何を……?


「では──シリウス・カルバンと、セレンシア・ピエラの結婚を認めよう」


 けっ……こん……? …………はぁぁぁあぁぁあああ!?!?!?


「けっ……結婚……!? シリウスと、私が、ですか!?」

「何を驚いているのセレン? あなたが寝言で言ったんでしょう?」

「わ、私が……?」


 お母様の言葉に思考が停止する。


 あぁ……やらかしてしまった。

 パシリなんかよりももっとひどいわ。

 よりにもよって……結婚、だなんて……!!


 確かに私、シリウスに求婚したわ。夢の中で。

 夢の中でぐらいは、好きな人と幸せになりたくて。

 私の夢の中のシリウスはいつも私に優しい。

 いつも優しい言葉をかけて、頭を撫でてくれて、愛を囁いてくれる。

 だけど現実は──。


 シリウスは優しい。私以外に。

 私にはいつも無表情だし、反応も薄い。

 私の事情を知るシリウスは、私が人目に付く場所で寝ていたらすぐに起こしてくれるけれど、いつも頭をパシンパシンと叩くかソファから落とすか……とにかく荒い。(これは私の寝起きの悪さのせいかもしれないけれど)。


 だけどそんなでも、私にとってシリウスは幼い頃に誘拐された私を助けてくれたシリウスのままで、恋心は一向になくなってはくれない。

 不毛だわ。

 嫌われてるのにまだ好きだなんて。


 そんなシリウスと……まさか【寝言の強制実行】の力なんかで結婚することになるだなんて……!!


「シリウス……ごめんなさいっ……!! 私……とんでもないことを……!!」


 シリウスの人生をめちゃくちゃにしてしまった。

 よりにもよって嫌いな女と強制結婚させられるだなんて……拷問、よね。

 溢れそうになる涙を堪えながらシリウスに頭を下げると、正面に座っていたシリウスが立ち上がったのがわかった。


 怒られる──っ!!

 そう覚悟したその時、私の右手が温もりに包まれた。


「セレン、謝ることは無いよ。私は別に迷惑でもなんでもないからね。それに、騎士団長も『お前はもう副騎士団長なんだからそろそろ腰を据えろ』とうるさかったしね」

「へ……?」


 顔を上げれば私の右手を優しくその手で包み込み私を見つめる初恋の幼なじみ。

 無表情なんかじゃない。

 ずっと焦がれ続けた柔らかい微笑みが今、私だけに向けられている。


「大切にするよ。私のセレン」


 私の……セレン!?

 この人誰!?!?

 いつものシリウスじゃない!!


 甘くとろけるような笑顔で紡がれたその言葉に、私は放心状態になり、その間にも婚約をすっ飛ばした結婚が両家の間で正式に決まり、私は書類上、彼、シリウス・カルバンの妻セレンシア・カルバンとなってしまったのだった。

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