第08話・Febreroこと、通称F 壱

 お通夜とか告別式などはなく――休みを取って火葬場へむかった。


「初めまして。熊谷智です」


 火葬場にはNPO法人のホームページの代表として写真が載っている人がいて、名刺を差し出してくれた。


「あの、わたし名刺は」

「お気になさらずに」


 火葬場には児童養護施設の職員が二人――わたしに連絡をくれた人と、施設長がいた。


「殴られた痛ましい跡が、顔に複数残っていますが、お別れしますか?」

「はい」


 柩の小窓を開けて最期のお別れをした。

 こんなに早くにお別れするなんて、思ってもいなかった。


 涙が溢れ出し――二人で過ごした記憶なんて、なにも思い出せない。ただ泣くことしかできなかった。


 骨になってしまったあの子の骨を骨壺へ。あの子は合祀される。

 スーパーで出会ったおばさんからもらった香典は、熊谷さんに渡した。合祀の費用にしてくれるとのこと。


「あの、熊谷さん。お話したいことが」

「わたしも、お話したいことがあったので」


 熊谷さんとわたしは、ファミレスに入った。


「事務所でもいいのですが、いきなりNPO法人の事務所につれていかれると、身構えてしまうでしょう」


 熊谷さんは笑い、ドリンクバーを注文してから、わたしはスマホを取り出す。


「浪川って人から、返信があったんです。直接会って話をしましょうって」


 熊谷さんに浪川さんからのメールを見せる。


「このアドレスは?」

「ブログを隈無くさがして見つけました。いろいろな人に教えてもらって、ソースを見て気付いたんです」

「そうですか……わたしがソースコードを見た時には、もう消去されていました。それで佐倉さんは、浪川さんと会うつもりですか?」

「悩んでいます」

「そうですね。決断の一助になればいいのですが、わたしが佐倉さんに開示できることをお教えします。この浪川麻衣子が書いている


”また、この一家の失踪に関わっている可能性がある

Febreroこと、通称Fと呼ばれている日本人女性について

情報をお持ちの方は是非お教えください”


これは正しい情報です」


「あの!」

「一つ一つ説明させてもらいます。まずこの浪川麻衣子という人は”Febreroこと、通称F”に個人的な恨みを持っている人です」

「恨み……ですか?」

「なぜ恨まれているのかについても知っていますが、佐倉さんにはお教えできません。話を聞く分には波川麻衣子側のほうが悪いと断言できます」

「…………」

「そもそもこの”Febreroこと、通称F”は間違いなのです。たしかにこの人物は”F”と名乗っていますが、Fさんの”F”はFebreroから取ったものではありません」

「え……と……」

「Fさんが”F”と名乗っている理由については割愛しますが、日本以外では概ね”F”と名乗っています」

「なぜですか?」

「本名が外国人には発音し辛い等が理由だそうです。わたしも本名は存じません」

「そう……なんですか」

「Fさんと出会ったのはネット上で、ハンドルネームしか知りません。知り合った経緯もお教えできないことが多いのですが、兄の行方不明事件に関わりのある人物と、Fさんが知り合いだったことから、連絡を取り合うようになりました」


 熊谷さんは続ける。


「アメリカの大学に通っているときにFと名乗り始め、事情があってスペイン語圏内に出向いた時も”F”と名乗ったそうです。その時に現地の人に”なんのFだ”と聞かれて、説明が面倒だったので、スペイン語の二月を名乗ったとF氏本人から聞いています」

「なぜ二月?」

「当時覚えているスペイン語が十二ヶ月くらいしかなく、その中でFが頭文字なのは二月だけだから……だそうです」

「…………」


 理由が適当過ぎると思ったけれど、口にはださなかった。


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