第四五話 邪神の本領


 ぞわりと怖気が走った。


 ありえない。

 ここからの逆転など、あるはずがない。


 そんな願望を抱く中、奴は傾いだ体をピタリと停止させ、


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 呼気と共に体を動かす。

 両手を目前に挙げ、両脚を内股気味に。

 そんな構えを見せた直後。


「むんッ!」


 両掌を動かし、円を描く。

 その直後……あらぬ方向から破壊音が飛んで来た。


 街を構成する石造りの建造物が一部倒壊。

 音を立てて崩れていくそれは、ドロドロと溶け消えて。

 その有様はまさに、ゾルダの行動を説明するものだった。


 即ち――


「逸らした、のか……!? 見えない炎を……!?」


 ありえない。

 どんな理屈で、そんなことが。


「いかなる叡智を誇ろうとも、決して辿り付けぬ領域がある」


 独特の構えを維持したまま、ゾルダは言葉を紡ぎ続けた。


「自らに機械化を施し、肉の器を捨て去ってなお……極めた武は、己(おれ)を離さなかった」


 戦士たるソフィアとエリザには、何か思うところがあったらしい。

 おそらく彼女等には理解出来ているのだろう。相手方のおおよそが。


 そうだからこそ、全身に冷たい汗を浮かべ、自らの肩を戦慄かせている。


「ここからは全身全霊だ。我が武技、その全てをお見せしよう」


 宣言すると同時に、ゾルダが動いた。


 まるで滑るような足運びで以て、ソフィアへと接近。


 速くはない。

 むしろ遅いぐらいだ。


 間合いを詰めたうえで繰り出される拳も、今まででもっとも鈍重。


 なのにもかかわらず。


「くッ……!」


 ソフィアは明らかに、苦しんでいた。


 俺の目からすると容易に回避出来そうな打撃の数々。

 だが、ソフィアには躱せない。


 全てを盾で受け、そして。


「ちぃえいッ!」


 鋭い気迫と共に放たれた拳が、闇色の盾を強かに打ち――


「がはっ!?」


 吹き飛んだ。

 ソフィアの小さな体が。


 理解出来ない。


 盾で止めたはずなのに、なぜ。

 直撃でも受けたかのように、彼女の腹部がめり込んでいるのか。


 魔法、ではない。

 科学、でもない。


 未知の技術で以て奴を追い詰めた我々が今。

 未知の技術によって、敗戦へと突き進んでいる。


『オズ殿……! わたしが時を稼ぎまする……! その間に、策を……!』


固有技能オリジナル・アーツ》を発動するエリザ。


 全身から灼熱を迸らせながら、ゾルダへと踏み込む。


 平時の千倍速。

 不可視の姿。

 だが、それらを組み合わせても、なお。


「武練の頂に辿り着いたなら。速度も、姿の有無も、なんら意味を為さぬ」


 あまりにも奇妙な光景だった。

 見えないはずのエリザを、奴は完全に捕捉し……鈍重な動作で以て対応。


 遅い。

 にもかかわらず、なぜか。


 エリザの穂先よりも先に、奴の拳が彼女の体を打っていた。


「ぐぁッ……!」


 喀血と共に宙を舞い、直線状の軌跡を描く。

 エリザはその身で建造物を貫通していき……遙か遠方にて停止。

 戦闘への復帰は、望めそうになかった。


「こん、なッ……!」


 どうすればいい?

 何をすれば、奴に勝てる?


 激しい緊迫感が頭脳の回転速度を何倍にも高めた。


 これまでの経験。

 得られた情報。

 希望的観測に至るまで全ての可能性を考慮。


 そのうえで出された結論。


 ――不可能である。

 ――ゾルダを倒すことは、不可能である。


「さて。大賢者よ」


 絶望の二文字が脳裏に浮かぶ中、奴は悠然と歩を刻み始めた。

 向かう先は俺、ではなく。


「ぐ、うッ……!」


 未だ立ち上がれずにいる、ソフィアの姿があった。


「貴様は限界のさらなる先を見せた。だがな……実のところ、道はまだ続いている」


 奴は彼女の前に立って、


「根拠などない。凡人はもとより、超人とてこの先などありえぬ。だが……己(おれ)の勘が囁いているのだ。大賢者よ、貴様は全てを出し尽くしておらぬとな」


 拳を、構える。


「奇しくも第一戦目の再現だ。当時、貴様は動けなかった。我が拳によって愛する者が息絶える光景を、ただ見ているだけだった」


 荒い息を吐きながら、奴を睨むソフィア。

 しかし、彼女はそのとき、こちらへと目をやって。


「……オズ」


 僅かな逡巡。


 きっと彼女の中では、二つの本音が渦巻いているのだろう。


 勇者としての言葉。

 幼馴染みとしての言葉。


 今際の際にあって、彼女が選んだのは――


「助けてっ……!」


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