第四四話 古代魔法の力


 想定していたシナリオの中において、現状は最悪の部類に入る。


 敵方が通ったルートはこちらへの最短距離を行くもので、それゆえに消耗が少ない。


《眷属》と同様に《邪神》にも動力源はある。

 なんらかの機能を用いたなら、それを消費してエネルギーをまかなわねばならない。

 ゆえにゾルダの恐るべき超再生も、無限に使用出来るものではないのだ。


 ここへ来るまでに奴の動力源を枯渇させ、一気に仕留めるというのが最善のシナリオであったが……やはり現実は、望み通りに動いてはくれないようだ。


「不都合。不本意。貴様にとって現状はまさにそれであろう。そうだからこそ、この一戦において、貴様は限界を超えざるを得なくなる。それがいかなる結末をもたらすのか……想像しただけで、武者震いが止まらなくなるわ」


 ひたすらに純粋な戦闘意思。

 混ざりっ気のないそれは、まさに狂気と呼ぶべきものだった。


「さぁ、最終決戦だぞ、ご両人ッ! 悔いのないよう、全力で楽しもうではないかッ!」


 ゾルダの鋼体が膨張する。


 ――開幕。


 そのように感じ取った頃にはもう、音が鳴り響いていた。


 破壊音と破裂音。

 前者はゾルダが地面を踏み砕いた際に生じたそれ。

 後者は奴が音の壁を突破した際に生じたそれ。


 前回の一戦、その終盤において、我々は奴の動作に付いていけなかった。

 しかし――一月分の準備期間を経て、俺達も強くなっている。


 それをソフィアが証明してみせた。


「見え見えよ、ゾルダッ! あんたの動きがッ!」


 今のソフィアが有するパラメーターは、前回の比ではない。

 強化行為プレイを積み重ねたことで、彼女は何倍にも強化された状態にある。

 それゆえに。


「ほぉうッ! 目で追うかッ! 我が動作をッ!」


 前回のように視覚を断たずとも、今のソフィアはゾルダの動きに対応出来る。

 それはこの俺とて同様だった。


「《時の審判者よ》《我が器に宿れ》」


 発動する。

 それは、滅んで消えた過去の遺物。此度の決戦を勝利に導くための術理。


 その名も――古代魔法。


 それを発動した瞬間、目前の光景が激変する。

 動くもの全てが遅延し……今やゾルダの動きさえ鈍重に見えた。


「《来たれ》《獄炎》《黒き炎で以て》《我が敵を》《殲滅せよ》」


 ルーン言語による詠唱を経ることによって、古代魔法は発動へと至る。


 突き出した我が右手の先に、そのとき複雑な幾何学模様……魔法陣が顕現。


 そこから放たれし漆黒の炎は、現代魔法によって生じたそれの威力を遙かに凌駕する。


「むッ……!」


 ソフィアの背面から分散する形で殺到した獄炎を、大きく後退して回避するゾルダ。

 その対応を見たことで俺は確信を抱いた。直撃を浴びせれば致命傷を与えられる、と。


「この戦い……! 順調に過程を踏めば、必ず……!」


 望ましい結末へと向かうべく、俺は次手を打った。


 エリザ。

 心の中で彼女へ声を送った、次の瞬間、一陣の風が吹き荒ぶ。


 それは威を伴ってゾルダの巨体へと迫り、


「ぬぅッ……!?」


 抉られた脇腹。突然のダメージによって、奴は我々から気を逸らした。

 その隙を突く形でソフィアが突進。


「たぁッ!」


 振るわれた刃は空転したが、しかし。


「おぉッ!?」


 奴の足には深々と、エリザの槍が突き刺さっている。

 俺の目にはそこに至るまでの過程がハッキリと映っていたのだが、ゾルダにとっては不可視の敵による不意打ちという認識であろう。


 古代魔法によって透明化したエリザは俺とソフィアにしか認識出来ない。

 そして。


「《炎王の剣》《灼熱の威で以て》《森羅万象》《灰燼に帰せ》」


 奴の足下に魔法陣が出現し、煌めく柱が伸びる。

 直撃すれば、そこで終わっていたのだろうが……奴はこれを横へ跳んで回避した。


「あと、もうちょいだったのにッ……!」


 歯噛みするソフィアの対面にて、ゾルダは全身を震わせ、


「ふはっ! ふははははははははははっ!」


 笑った。

 寸でのところで命を拾うという、恐怖体験を経てなお。

 奴は心底楽しげに、ひたすら笑い続けた。


 ゾルダの精神的余裕が俺には憎らしく感じる。

 追い詰めているのは明らかにこちらだが、しかし、俺の胸中には暗雲が立ちこめていた。


 ……古代魔法はその名の通り、古き時代において隆盛した技術だ。


 現代魔法など比にならぬほどの出力を有し、応用力も抜群。

 およそ現代魔法では不可能な事柄についても、易々と実行出来る。


 しかし……一見すると、現代魔法の上位互換たる古代魔法だが。

 人類が現存していた頃、これを扱うことが出来たのは、俺しか居なかった。


 なぜか?

 答えは単純明快。

 使い手の負担があまりにも強いからだ。


『オズ殿、ご体調は?』

『隠し通せるのは、あと五分といったところだな』


 念話を用いての会話すら既にキツい状態だった。


 半ば無限に扱える現代魔法と違って、古代魔法は有限である。

 前者は大気に宿る魔力を消費して発動する一方で、後者は自身の生命力を代償とする。

 詰まるところ、使えば使うほど寿命を削る技。それが古代魔法の実態だ。


 ゆえにこれ以上の積極的な発動は避けるべき……なのだが。


「もう後先を考えてはいられない、か」


 表面的には奴を追い詰めた形。だが本質的には真逆。

 このままではこちらが先に潰れてしまう。

 となればもはや……もっとも望ましくないシナリオを、選ぶしかあるまい。


『ソフィア、エリザ。次で仕留める。一瞬でいい。隙を作ってくれ』

『うんっ!』

『了解した……!』


 こちらの要求を通すべく、二人が躍動する。

 ソフィアの猛攻に目を奪われたゾルダを、エリザの不意打ちが襲う。


「決定力はない。が、このままではおれの負け、か」


 奴の顔から笑みが消える。

 あともう一押しだと、そう確信した瞬間。


「疾ィッ!」


 エリザの突きが奴の足首を直撃すると同時に……巨体が傾いだ。


 絶好のタイミング。

 それを前して、俺は捨て身の大技を繰り出す。


 そう……古代魔法二種の同時使用である。


「《踊れ》《精霊達よ》《戯曲で以て》《我等を欺け》」


 第一の詠唱。


「《猛然と焼き尽くせ》《炎神の一撃》」


 第二の詠唱。


 それは、透明化の魔法と火属性魔法の組み合わせ。


「うっ……!」


 激しい目眩と脱力感。


 一種扱うだけでも大きく生命力を削ってしまうそれを、二種同時に発動したのだ。

 代償はあまりにも大きい。

 だが……それだけの価値はある。


 倒れまいと踏ん張る我が目前にて、魔法陣が展開。


 そこから放たれた豪炎は、誰の目にも確認出来ない。


 不可視の灼熱がゾルダへと向かう。

 そこには音さえなく、決着は誰にとっても唐突なものとなるだろう。

 おそらくゾルダは自らが死んだことにさえ――


「あぁ、やはり」


 奴の無機質な顔が、そのとき。

 凄絶な笑みを、宿した。


「――貴様等は技術ほんきを出すに値する」

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