第二六話 彼女を元に戻すため――


 意を決したように目を見開いて、シャロンは力強く踏み込んだ。


 鉄槌を構えるその姿に、もはや迷いはない。


 彼女は稲妻のように大地を駆け抜け、そして。


「リゼェッ!」


 叫びながら、手に持った得物を振るう。


 その一撃に相手方は瞬時に反応し、


「チッ! 出しゃばんな、雑魚がッ!」


 忌々しげに顔を歪め、シャロンへと斬撃を繰り出す。


 猛烈な速度。

 しかしそのことごとくを躱しながら、シャロンは叫んだ。


「絶対にッ! 救ってみせるッ!」


 この意気に呼応するような形で、ソフィアは動作を鋭くさせながら、


「頼んだわよ、オズッ!」


 シャロンと共に、リゼを攻め立てていく。


 そうした状況を前にして……俺は、深呼吸を繰り返した。


「あの子が勇気を見せたんだ。俺もそれに、続かなくちゃな」


 後は、覚悟を決めるだけだ。


「ふぅ……ふぅ……」


 すべきことは決まっている。

 だがそのリスクを思うと、足踏みしてしまう自分が居た。


「はぁっ……はぁっ……」


 死の予感が、凄まじい恐怖をもたらす。


 足が震え、そして。


 脳裏に映像がよぎる。


『動けなかった』

『俺は、彼女を』


 大賢者だった頃。

 ソフィアを見殺しにした、あのときの記憶が。

 あのときの、後悔が。


 心に満ちた、その瞬間。


「ふぅッ……!」


 俺は地面を蹴っていた。


 激しく争う三者を瞳に映しながら、全力疾走。


 もし戦闘に参加していたのが俺とソフィアだけだったなら、リゼはこちらに背面を見せるようなことはなかったろう。

 ほとんど互角の状態で、常に俺を捕捉し続けていたはずだ。


 そうなれば当然、奴はこちらの接近を許さない。


 よしんば近づけたとしても――


「らぁッ!」


 こんなふうに刃を振るうことはなかったろう。


 こちらの血液は奴にとって脅威そのもの。

 至近距離で俺に傷を付けたなら、噴き出たそれが付着する恐れがある。


 ゆえに近接攻撃は慎重になって然るべき……と、そういった考えが貫けないほど、ソフィアとシャロンはリゼを追い詰めていた。


「ッ……!」


 しまった、と、リゼの顔に焦燥が浮かぶ。


 咄嗟に刃を引こうとするが、もう遅い。


 俺は相手方の刀身に対し、あえて突き進み――


 胴を深々と、刺された。


「がふっ」


 腹部を襲う激痛。

 だが、俺の胸中は安堵で満ちていた。


 心臓を一突き。それだけが恐かったのだ。

 もしそうなったら俺の負け。

 すぐさま意識を失い、命を落としていただろう。


 だが今、刃が刺さったのは腹部。

 痛いだけで、死ぬことはない。


 そして。


「ぐがっ」


 リゼの口から悲鳴が漏れる。


 こちらの腹に突き刺さった刃から煙が噴き出て、溶解し始めたのだ。


「う、くっ」


 身を離そうとするが、そうはいかない。


 両サイドからソフィアとシャロンが突撃し、リゼの体を押さえつけた。


「ぐがぁッ! 離、せぇッ!」


 暴れるリゼ。

 その腕力は相当なもので、二人の拘束は一〇秒と保たなかったが……


 しかし、問題はない。


 既に行動は完了している。


 俺は魔法を用いて自らの血流を操作。

 大穴が開いた腹腔を経由し、大量の血液を外部へと放った。


「あっ――」


 拘束を振り解くと同時に、リゼの全身へ俺の血液が降り注ぐ。

 その瞬間。


「ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああああッッ!」


 絶叫を上げながらもんどりを打つ。


 その体からは煙が噴き出て、金属製のパーツがドロドロと融解。


 地面を転がり、血液を拭い落とそうと画策するが、望み通りにはならない。


 魔法でコントロールしたそれは、何をしたところで付着したままだ。


「ぎ、ぐ、が」


 この調子で進行すれば。


 そう思った矢先のことだった。


「ぐ、ぅ、うううううう……!」


 頭を抱えながら立ち上がるリゼ。

 その小麦色の肌から金属質の何かが浮き上がり……次第にパーツを形成していく。


「体表に血液を塗布しても、決め手にはならないのか……!」


 このままでは再生してしまう。

 そうなる前に手を打たねば。

 けれども、現状を打破出来る手段など――


 いや、待てよ。


 体表への塗布では弱いというのなら、あるいは。


「……すまない」


 これから行うことへの罪悪感を口にしつつ、俺は悶え苦しむリゼへと接近し、そして。


 彼女の唇を、奪った。

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