第二三話 《眷属》とは――


「やったわね、オズ!」


 ソフィアが満面に笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。


「でも、どうやって倒したの? あいついきなり爆発したけど」

「あぁ、それは」


 おそらく理解は出来ないだろうと思いつつも、求められた説明を行う。


 これに対しソフィアは得心したように手を叩き……

 あまりにも意外な言葉を放った。


「そっか! 内部に生じた熱エネルギーに引火させたのね!」


 この返答には、瞠目せざるを得なかった。


「ソフィア、君、理解出来たのか?」

「と~ぜんよっ! あんたが居なくなってから、ほんっとに長いこと勉強してたもの!」


 そういえば、と、俺は思い至る。


「君が救ってくれたんだよな、石化した俺を」

「ん。まぁ、あたしだけの力ってわけじゃないけどね。あんたが文献や資料を残してくれなかったらヒントを得ることも出来なかったし、協力してくれた人達の力も大きかった」

「いや、それでも凄いことだよ」


 石化してから復活に至るまでの時間は、こちらからすると一瞬の出来事でしかない。

 だがソフィアにとっては途方もない年月であったろう。


「……苦労をかけてしまったな」


 元来、彼女は勉学を嫌う人間だった。


 そんな不得意を覆すために、どれだけの時間を費やしたのか。

 どれだけの熱意を燃やし続けたのか。


 想像しただけで、胸が熱くなる。


「別になんてことはなかったわ。オズのためなら、あたしはなんだって出来るもの」


 俺は改めて、この幼馴染みに強い感情を覚えた。


「ありがとう、ソフィア」


 感謝を伝えた後、視線を別の方向へ移し……シャロンの様子を確認。


 彼女はフレア・パニッシャーの残骸を前にして、感慨を噛み締めていた。


「皆……リゼ……大賢者様が、仇を取ってくれたよ……」


 肩を震わせながら一筋の涙を流す。


 これで彼女が立ち直ってくれるといいのだが。


 ともあれ。

 任務を終えた以上、ここに留まる必要は――


「――――ッ!」


 思考の最中。

 再び、悪寒が背筋を走った。


 前回よりも遙かに強い。


 それは、つまり。


「二人ともッ! 警戒を解くなッ! まだ終わってないッ!」


 こちらの声に対し、戦闘経験豊富なソフィアは即座に身構えてみせた。


 が、シャロンは怪訝な表情をして、棒立ちのまま。


 敵方からしてみれば良い的であろう。


「ちぃッ!」


 防壁の魔法……いや、間に合わない。


 俺は咄嗟に風の魔法を発動し、シャロンの華奢な体躯を吹き飛ばした。


 その瞬間、音が響く。


 近しいものとしては、破裂音。

 それが連続して続いているかのような、奇怪な音。


 取り戻した記憶の中に、似たようなそれがある。

 白いモヤに覆われた人物は、その武装をこう呼んでいた。


 機関銃マシンガン、と。


「ッ……!」


 俺とソフィアは無意識のうちに横へ飛び、大樹の陰へと身を隠すことで直撃を回避。


 パパパパパパパパ、と連続的な破裂音が鳴り響く中、目前にて、鬱蒼とした緑の光景が破壊されていく。


 植物が破裂し、木々が倒れ、土煙が立ちこめる。


 周囲の自然物ことごとくを薙ぎ払い……新たな敵が、姿を現した。


「あ~あ、今ので仕留めたかったんスけどねぇ~」


《眷属》の上位個体には言語を操るほど、高知能な個体も存在する。

 ゆえに相手方が喋ったことについては特別、思うようなことはなかった。


「オズ、こいつが……!」

「あぁ、フレア・パニッシャーは、最上位個体ではなかった……!」


 警戒心を極限以上に高めながら、敵の姿を確認する。


《眷属》の大半は鋼で構成された怪物といった外見をしているものだが、こいつはそこからして大きく異なる個体だった。


 小麦色に日焼けした肌とプラチナブロンドの美髪が特徴的な、可愛らしいヒューマン族の少女。


 そんな肉体を補強するような形で、全身に金属製のパーツが取り付けられている。


「はぁ~。接近戦とかダルいなぁ~」


 奴が気怠げに呟いてからすぐ、両腕部が変異。

 銃身の形をしていたそれらが刀身へ変わると同時に、奴は身構えながら一言。


「ま、斬り刻むのは好きっスけどねぇ~」


 戦闘意思の発露。

 来る。

 高まる緊張。

 そんなとき。


「うそ、でしょ……!?」


 やや離れた場所で、膝をつきながら。

 シャロンが、呟いた。


「リゼ、なの……!?」


 幼い美貌に絶望が宿る。


 そんな姿を目にした瞬間、俺の脳裏に、あえて放棄し続けていた情報が、否応なしに浮かび上がってきた。



 ――《眷属》とは人間を変異させ、尖兵に仕立てたものである。

 ――彼等を元に戻す方法は、ない。


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