第8話 ホロホロ肉よ永遠に
「おいちゃん、串焼き二〇本」
「あいよ!」
私は久々の休日を謳歌すべく、串焼きを頬張りながら飲食店が立ち並ぶ商店街を練り歩いていた。
隣国からの復興支援もあったおかげか、王都周辺の町々も活気を取り戻しつつある。この調子ならあと半年もかからずに崩壊した瓦礫の撤去は終わるだろう。
「ん、あそこは……」
商店街を抜ける手前、長蛇の行列が目に入った。そこは最近開店したばかりの新店らしいのだが、味が良く店主の愛想も良いということで大人気のようだ。
フードファイターであり、臨時収入もできた私にとってこれは見逃すことのできない事案だ。頭で考える前に既に体は行列の中へ。
列の長さは八メートルといったところか。昼過ぎでこの人気なのだ。期待はできる。
「嬢ちゃん、ここは初めてかい?」
「はい。列が見えたので相当の人気店だと思って」
お兄さんからこの店のことについて聞くことができた。ここは『コモレビト樹』という名で、主に麺類を扱う店のようだ。なんでも店主は東の島国出身で、その土地ならではの食材をふんだんに使っているらしい。
こだわりのある店は、飲食店に関わらず私は好きだ。
「そんで、注文の時にコツみたいなのがあってな」
「コツ?」
「『ニンニク入れますか?』と聞かれるからニンニク、アブラ、カラメ、ヤサイ、わさびソースの中からトッピングしたいものを言うんだ」
なんなんだその初見殺しは。話によればそのトッピングは無料ということらしいが、初体験の女の子には刺激が強いらしい。
「並盛りでさえ量がとてつもなく多いんだ」
「なるほど……」
これはフードファイター魂が揺さぶられる。やってやろうじゃないか。
全マシ大盛りってやつをなぁ!
次はいよいよ私の番。店の前に貼られた看板で、予め食べたいメニューを選んでおく。そして入店と同時にメニューを告げ、番号の振られたカウンター席へと座る。
店内はかなり狭いが、アブラとニンニクの匂いと麺を啜る「ズルズル」という音は、心地良さすら感じられる。
「さぁ、二番さんニンニク入れますかぁ?」
威勢の良い店主がこちらに問いかける。ついに来たのだ、私の番が。もちろんコールは決まっている。
「全マシ大盛りで」
「……多いけど大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん」
「あいよぉっ!」
若干心配されたが、この店では日常茶飯事なのだろうか。他の客は全くと言っていいほど気にしていない様子だ。先ほどこの店のルールを教えてくれたお兄さんすらも、今では一心不乱に麺を啜っている。
期待と不安に心を震わせながら待っていると、ようやく目の前に大敵が着丼。
重い、そしてデカい。見るからにラスボスといった雰囲気の器に溢れんばかりのヤサイたちと、その上にかかったわさびソース。麺は全くと言っていいほど見えない。
「お代ここに置いて下さいね!」
「あ、そっか」
「まいど!」
こんなもの食い逃げしようものなら、途中でお腹を壊すか、吐いてしまうだろう。まぁルールはルールだ。残したりされても困るだろうからな。
「いただきます」
お決まりの合図で戦闘開始。
まずはヤサイをパクリ。シャキシャキの食感を残しつつ、程良い茹で加減でみずみずしさを感じる。上にかかったわさびソースもピリッとした刺激がたまらなく美味しい。ソースと言っていたが、これも油の匂いがする。これも店主の故郷の味なのだろうか。
ヤサイたちを食べるのに相当苦労したが、お腹の溜まり具合は全くもって感じない。
丼が平たくなったところでようやく黄金色の麺が登場。下から持ち上げることをこの店では『天地返し』と呼んでいるらしい。なかなか良いネーミングセンスだ。
この丼の重さはこの麺のせいだろう。太いうえにモチモチしている。初対面とは思えないほど面構えが良い。
思い切って喰らいつく。ここの常連はよくこんなモノが啜れる。スープに浸かっていない麺も味がよく染みており、麺なのに感想は「ジューシー」というのがしっくりくる。
負けじと啜り続けると、奥から現れた茶色の影が私を絶望の淵へと誘った。それは薪のように厚く切られたチャーシューだった。持ってみると、またこれも重い。だが、思った以上に簡単にほぐれる。仕込みにかなりの時間を費やしているのだろう。
これならイケるかもしれない。
私は一口でチャーシューを頬張ってみる。苦しくなるかと思ったが、口の中で溶ける溶ける。思った以上に噛みやすく簡単に飲み込むことができた。
ホロホロのお肉よ永遠に。
紆余曲折があったものの、なんとかこの強敵を打ち倒すことができた。仲間にしたと言っても良い。
「ご馳走様でした」
「まいどぉ!」
元気な店員と男たちの「ズルズル」という音は、私の耳に強く残っている。
「うっ、苦しい……」
アブラとニンニクだけでどのくらいの量が入っていたのだろう。いや、別に聞きたくはないが。
こりゃ晩飯は抜きだな。
「あの、グレンジャーさんですか?」
「ん? 誰?」
「僕、フードフューリアスの大ファンで!」
「めずらしっ!」
「もしかして、コモレビト樹に行ったのですか?」
「ああ、君もこれから?」
「はい!」
元気な少年だな。
「それにしても、よく私だと分かったね」
少年は不思議そうに私を見つめる。
「随分痩せたと思うのだけど?」
「あはは……ファンですから」
なんだその反応は。
そして挨拶も程々に、逃げるように列へと並ぶと気まずそうにコチラをチラチラと見ている。
「なんだったんだろう。変な子だったなぁ……」
宿へ戻り、なんの気無しに鏡を見た。私は人生で初めて鏡を疑った。
「戻ってる……?」
そう、戻っているのだ。太っていた頃のまん丸の私に。
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