異世界のグルメな冒険者は『爆食スキル』でこの非情な世界を生き抜きます

小林一咲

第1話 お口直しは甘いもの

「三年連続の優勝を果たしました、グレンジャー選手です!」


 僅かな歓声にも私の心は動かない。

 最強となってしまった今では、このようなチンケな大会で優勝しようとも、それは些細な出来事だ。


 マイクを司会者から奪うと、それを握った私に視線が集まる。


「我々は、必ず王都大会優勝を成し遂げる!」


 観客は静まり返った後、再度小さな歓声の拍手を私と私の言葉に向けた。


「今後も大食い冒険者パーティ『フードフューリアス』の武勇を追い続けるとしましょう!」


 絶対にやってやる、やってやるんだ。



「おかえり団長。どうだった?」

「もちろん優勝したよ」

「さっすがぁ」


 ここは冒険者パーティ『フードフューリアス』の屋敷。ここに居る者は全て、大食い大会のリボン持ちだ。

 リボンというのは各大会における入賞者の証であり、それぞれ色が分かれている。白は三位、青は二位、赤は一位だ。


 このフードフューリアスは冒険者とは名ばかりで、大食いで名を馳せた強者揃いのパーティ。「魔物を狩る前に食事を喰らえ」というのがモットーだ。

 

 そしては私はこのパーティのリーダーを務めている。このパーティを立ち上げる前は末端の冒険者として魔物を狩りつつ、未所属のフードファイターとして活躍していた。


「西部地区の優勝はキャニバルズのエースで決まったらしいぞ」

「あの大きな商会か」


 大抵のフードファイターには提供の企業が付いている。先ほどのキャニバルズ商会が良い例だ。最近では、王国近衛師団なんかも参加している。


「南地区は無所属の獣人が厄介だな」

「ああ、初参加でリボンを三つも取りやがった」

「今回の王都大会は波乱が巻き起こりますぜ」


 獣人風情と侮ってはならない。草食や肉食といった偏食な部分を除けば、人族よりもはるかに胃袋は大きい。

 

 それに、私には絶対負けられない理由がある。

 それは――。


「なんでアイツらは、食っても食っても太らねぇんだよ! ムカつく!」


「始まっちゃったよ……」

「団長の爆発か」


 獣人はどれだけ食べても太らない。私はこんなにも太ってしまったと言うのに。


 なぜだ、許せない!

 

 このパーティを立ち上げる前の体重は約50キロ。身長と食生活からすれば痩せているほうだったと思う。たぶん。

 だが、本格的にプロとして食事トレーニングを始めてから三年が経った今では70キロを優に超えている。


「それじゃ団長、俺たちはここらへんで……」

「お、お疲れ様でしたぁ……」


 奴らは絶対にこの手で――いや、この口で捻り潰してやる!



 そんなこんなで、逆恨みと憎しみを腹袋に詰め込み、私たちは大会当日を迎えた。


 三年に一度の王都大会。

 全国各地から種族、身分に関わらず参加することができる大会で、戦いは全てトーナメント形式。つまり、負けたらそこで終わりなのだ。


 国やパーティの威信をかけた団体戦と、個々の力を競う個人戦があり、それぞれの部で決勝戦まで丸一日通して行われる。

 決勝戦には国王、隣国の皇帝までもが参列し、転写魔法により全国各地の街で放映される。普段フードファイトに興味がない者たちもこの大会だけは涙し、そして笑うのだ。


「それではこれより団体戦を行います。今回の参加パーティは、なんと六〇組です!」


「では、頼んだぞ皆」

「任せてくれ団長。俺らの意地ってもんを見せつけてやりますよ!」


 私は個人戦に全力を出すため、今回の団体戦参加は見送るという決断をした。だが、ウチのパーティに勝てる団体なんてそう無い。



「団体の部、優勝は帝国の第一騎士団です!」


 大会が始まって12時間後、我がフードフューリアスは決勝戦で敗れ、準優勝という形に落ち着いた。


「すまねぇ団長……」

「俺たちは、俺たちはぁ!」

 

 帝国騎士団はパーティ全員に獣人を起用してきやがった。それも獣人の中で最も大食いと言われる豹族を。


「よくやったよ。後は私に任せて休んでいてくれ」


 コイツらは本当によくやった。ならば、私も全力で挑まなければならない。

 一回戦、私はシードのため敵の観察、調査を行った。やはり、獣人族の勝率はかなり高い。


 しかし、この大会はトーナメント形式。勝てば勝つほど胃袋が辛くなる。もちろん吐き出すことは許されず、勝ち続ける間は、所定の場所に居なければならない。トイレや試合の観戦の場合は実行委員会の監視がつく。


「さぁ、今大会の優勝候補の登場だ! フードフューリアスからローズマリー・グレンジャー選手!」


 大きな歓声が上がる。

 このステージから見る景色はとても美しい。日常では味わうことのできない期待の眼差しが人々から集まる。


 相手は一回戦を勝ち抜いた帝国騎士団員。外見からして初参加のようだが、どうも余裕そうだ。


「はっ、こんな豚女に俺が負けるかよ」

「クッ……」


「控えろ、両陛下の御前である」

「どうせ声は聞こえちゃいねぇ。この歓声の中じゃな」


 別に体型を笑われたことが悔しいのではない。私の生きがいであるフードファイトを愚弄にしたことに、怒りと嫌悪を抱く。


「潰してやるよ、騎士様」


 この戦いは制限時間アリの早食い勝負。どちらが多く食べられたかが全てだ。


「今回のメニューは『ビーフころころ定』の巨大ステーキだぁ!」


 好きなやつだ。


「制限時間は三分間です。それでは、始め!」


 思いっきりかぶり付くバカ騎士を横目に、まずはステーキを食べやすい大きさにカットしていく。

 半分ほど切れたら一切れずつ口に放り込んで、咀嚼を減らしつつ飲み込む。


 本来、味わっている暇なんて無いのだが、あのバカが相手なら多少は味を感じられる。


 食べ応えはかなりあるがソースの味付けが絶妙で、一口噛むごとにビーフのエッセンスが舌に広がり、食欲を誘発してくる。


「おかわり」


「おおっとグレンジャー選手、ここでおかわりだぁ! まだ始まって50秒あまりだぞぉ?!」


 50秒か……かかり過ぎだな。

 次は30秒くらいを目標にいこう。


「おかわり」


「グレンジャー選手、さすがの速さで圧倒しています。なんと40秒ちょうどで二皿目を食べ終えた!」


 少し遅いな。だけど、そこまでダッシュする必要もなさそうだ。

 相手の騎士様はようやく一皿目を食べ終えたところだし、まったく余裕だ。



「ここで試合終了!! 結果は一目瞭然、ローズマリー・グレンジャー選手の勝利です!」


「さすがは豚おん――」

「はぁこんなものか帝国騎士って奴は」

「き、貴様は騎士道を愚弄する気か!」


「フードファイト舐めんじゃねぇよ。このクソチャンバラ野郎が」


 さて、口の中もサッパリさせたいし、アイスでも買ってくるか。

 

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