第29話 銅色の巨人と壮行会
「すまなかった……!」
執務室につくとダルムが開口一番にそう言って頭を下げた。
「汚染地帯については国を説得し、ユーエスに並ぶ精鋭を動員すべきだった。私の認識の甘さがお前さんを危険に曝したこと、ここに謝罪する」
怒られると思っていたラヴィポッドはキョトン、と目を丸くする。
「お、怒るんじゃないんですか……?」
「……何故そう思った? 理由がないだろう」
「怖い顔をしているので……」
「たった今怒る理由ができたが……聞かなかったことにしよう」
大目に見られたようだ。
「それで報酬の件なんだが……」
ダルムが切り出す。
「まずストーンゴーレムの進化に必要なだけの銅を用意しよう」
「ほんとですか!?」
ゴーレムの進化素材を提供してもらえるとあってはラヴィポッドも興奮を隠せない。
今回の報酬がなくともユーエスが用意してくれただろうが、忘れている模様。
ダルムが頷いて続ける。
「次に母親の件だが……スモーブローファミリーの中に見た者がいるらしい。数年前のことでその後の足取りについては掴めなかった。力になれず申し訳ない」
銀髪の凄腕魔術師について聞いても心当たりなさそうにしていたくせに、胸が大きいことを伝えると「ナンパしました」と当時のことを思い出した不埒な輩がいたのだ。
返り討ちにあったらしいが自業自得。
まだ幼いラヴィポッドに詳細を伝えるのは控えておく。
「……そうですか」
しょんぼりと俯く。
その様子に居た堪れなくなったダルムが咳払いして話を続ける。
「母親を探しに王都に行くと言っていたが、その意思は変わってないか?」
「……はぃ」
「ならこれを持っていくといい」
手渡されたのは、緑色のカード。
何やら紋章や文字が書いてあり、そこにはラヴィポッドの名前もある。
「……何ですか、これ」
「ツバティカパスポートだ」
「つばてぃかぱすぽーと……」
「……わかっていない顔だな」
首を傾げているのを見たダルムが説明する。
「風の精霊様が認めたものを運ぶ空の便。パスポートを見せればそれに乗ることができる」
「そらのびん?」
そこがわからないのかとダルムが頭をかく。
「……空飛ぶ乗り物、と言えば伝わるか?」
「乗り物が空を飛ぶんですか!?」
「ああ。マナを流してみろ」
言われた通りマナを流すと、カードからふわりと風が吹いた。
「これでこのカードはお前さんのマナを記録した。マナを流せば風がカードの持ち主を証明してくれる。所有者の少ない貴重なものだ。失くすなよ」
よくわからないが貴重なものらしいので頷いておく。
「旅をする上でとても便利なものだ。風の精霊様に気に入られて良かったな」
「そ、そうなんですか? 会ったことないですけど……」
風の精霊とは交流がないはずだが。
「お前さんと交流のある精霊様か、闇の精霊様から聞いたのだろう。彼らは情報通だと聞く」
「な、なるほど」
いつの間にかラヴィポッドは気に入られていたらしい。
そのおかげもあってすんなりカードの申請が通ったという訳だ。
何度かマナを流してみると、その度に風がラヴィポッドを包む。
「ドリサからはこれを」
次に渡されたのは金属製の認識票、ドッグタグだった。
こちらにはラヴィポッドの名前とドリサ家を示す紋章が刻まれている。
「ドリサ家とお前さんの繋がりを示すものだ。国内ではそれなりに役に立つ」
「おおー。ありがとうございます」
角度を変えて眺めてみる。
銀色に輝くプレート。
珍しいものではないが、幼心に響いた。
銀色や金色に光るものが特別に見えるのは何故だろう。
いそいそと首に巻こうとしていると、ダルムから待ったがかかる。
「足首に巻くことを勧める」
「なんでですか……?」
「そいつは遺体を識別するためにつける物でもあってな。首が残ってればそれがなくても遺体が誰のものか判別できる。なら首が消し飛んだ場合を想定して別の場所に巻いといた方がいい」
「く、首が……消し飛……」
白目を剥いて震える。
「冗談だ。まあ邪魔にならなければどこでもいい」
「……冗談?」
ラヴィポッドの猜疑心に満ち満ちた目がダルムに向けられる。
「あとこっちで考えていた報酬は金くらいだが、他に欲しいものはあるか?」
からかうのも程々に、ダルムが話を変えた。
「と、特には……」
ゴーレムの進化素材である銅。
ツバティカパスポート。
ドリサとの繋がりを示すドッグタグ。
お金。
加えてご馳走まで頂戴している。
他にと言われても、すぐには思い浮かばなかった。
「そうか。何か思いついたら言ってくれ」
「はぃ」
「起きがけに呼び出してすまなかったな。行っていいぞ」
ダルムと二人。
この緊張感漂う空間から逃げ出したいラヴィポッドは一目散に駆けた。
しかしドアを開けると、思い出したように振り返る。
「……色々ありがとうございます」
たくさん貰ったのだからお礼をしなければ。
「ああ。こっちこそ感謝している。まだあいつに死なれちゃ困るからな」
仮に今回の調査にラヴィポッドが同行せずユーエスのみで行った場合、ユーエスが殺され汚染地帯の拡大も阻止できず、ドリサが瘴気に呑まれていた可能性すらある。
ユウビという怨嗟の魔族に、瘴気から生まれる怪人──フォールン。
思いがけずこれらと相対して一人の犠牲者も出なかったのは奇跡と言っても過言ではない。
ラヴィポッドには感謝してもしきれないくらいだった。
「では……」
「ゆっくり休め」
ラヴィポッドはそそくさと執務室を後にした。
◇
あれから、訓練に付き合ったり、遊んだり。
ドリサの街を見て回ったりして二週間が過ぎた。
「おお~」
「やけくそだね」
ラヴィポッドとユーエスは訓練場の端に運び込まれた大量の銅を見上げていた。
よく食べ、よく遊び、よく眠り。
ラヴィポッドの体調はすっかり元通り。
ユーエスの方はというとまだ完治には遠い。
だが一人でも生活に支障が出ない程度には回復していた。
一度は樹木化した腕も徐々に動かせるようになっている。
「出でよ、ストーンゴーレム!」
さっそくとばかりにラヴィポッドは石人形にマナを送り、放り投げる。
石人形が巨大化し、ストーンゴーレムとなって降り立った。
「その『出でよ』って言葉がゴーレムの起動条件だったりする?」
毎回言っているので呪文の詠唱のように、セリフが起動のトリガーなのだろうと予想するが、
「チッチッチ、かっこいいから言ってるだけですよ」
ラヴィポッドは呆れたように人差し指と首を振る。
「そ、そっか……じゃあ何が条件なのかな」
ゴーレムの話になると途端に調子に乗るラヴィポッドに、ユーエスが眉をピクつかせる。
「マナです」
「起動に必要な分のマナを流し込む感じ?」
「たくさんは要らないですよ? ちょっと当てるだけでおっきくなります」
「ふーん。当てるだけね……」
人間が休めば疲れが取れていくように、ゴーレムも徐々にマナを回復していく。
ラヴィポッドが毎回マナを込める必要はない。
起動時にラヴィポッドがしているのは「マナを少し当てている」くらいの感覚だった。
「ストーンゴーレム、この銅ぜーんぶ食べちゃって!」
ストーンゴーレムの目がチカチカと点滅し、銅の山に飛び込んだ。
銅の山が見る見るうちに低くなっていく。
全て吸収し終えると、ストーンゴーレムからプシューと煙が噴き出した。
「きっぴゃー!」
キター!
と似たような意味合いだろう。
ラヴィポッドはストーンゴーレムの石板を両手で持ち、今か今かとその時を待つ。
そして煙が晴れ、そこに見えたるは
「カッパーゴーレム……!」
石板に刻まれた新たな名を読み上げる。
ストーンゴーレムの時と同じく肘から先、膝から下が円筒状の手足。
その左腕の円筒に、柄が飛び出す形で巨大な銅の剣が収まっている。
樹木化したラヴィポッドを救うことができず、ユーエスに託すしかなかった。
守護者としての使命を果たせず、苦しむ主を見守ることしかできなったあの時。
ユーエスの姿に、理想を見た。
無念を羅針盤に、守護者の高みへ。
巨人の誓いは剣となってその身に宿る。
カッパーゴーレムが立ち上がり、腕から剣を抜き放つ。
その体が、剣が、芸術品のように美しく陽光を反射する。
宛ら神々に使える戦士。
しかしその力は、ただ一人の幼き少女のために。
「ひゃああぁぁぁぁ!」
テンションが最高潮に達したラヴィポッド。
奇声を上げながらカッパーゴーレムの光沢のある体を瞬時によじ登り、顔に頬ずりする。
「なんか斬ってみて!」
折角ならカッパーゴーレムが剣を振るう姿を見てみたい。
「誰か斬られてもいい人いますか!」
ラヴィポッドが周囲の騎士たちに尋ねるが、皆揃って首をブンブンと横に振る。
なかなか立候補者が現れず、どうしたものかと顎に手を当てて唸っていると、カッパーゴーレムに地上へ下ろされた。
ぽかんとするラヴィポッド。
カッパーゴーレムが地に手をつくと、大地が隆起した。
そこから間欠泉のように巨大な大地の柱が飛び出す。
カッパーゴーレムはコンコン、と叩いて大地の柱の硬さをアピール。
そして力任せに銅の剣を振るい、大地の柱を叩き割った。
洗練された剣筋とは程遠い。
しかしながらその圧倒的なパワーから繰り出される破壊力は、いずれ島さえも砕くのではないか。
そんな光景を幻視するような一撃だった。
苦笑するユーエス。
開いた口が塞がらない騎士たち。
負けじと素振りを始めるアロシカ。
ともに魔術の訓練をしていたルムアナとハニは驚きを通り越して呆れている。
「お前さんはどうにも危なっかしい。ゴーレムにはこれくらい突き抜けた存在でいてもらわなければな」
ふっ、と腕を組んで見ていたダルムが口元を綻ばせる。
ラヴィポッドがドリサを発つ日は近い。
調査を終えてから今まで滞在していたのは休息の意味もあるが、報酬である銅が手配されるまで待っていたから。
ラヴィポッドの旅先での無事を祈るなら、ゴーレムは強ければ強いほど良い。
口角を上げ、もっちりとした頬をカッパーゴーレムにこれでもかと擦り付ける小さな主の姿に不安が募っていくのは、気のせいだと思いたい。
少し落ち着いたラヴィポッドがカッパーゴーレムの石板を見る。
次の進化素材は……
「鉄……」
呟きはダルムに聞こえていたようで。
「次は鉄がいるのか? 銅より楽に用意できるぞ」
「お、お願いしてもいいんですか!?」
「もちろん構わないが、出発の日取りはどうする? 次に空の便が出るのは確か五日後だった筈だが、その後となるとまた一週間は待つことになる」
そう言われると悩むところ。
「うーんと……」
思い出すのは旅立ちの日。
母を探したい気持ちは本物だが、モグピ族と過ごした時間が楽しくて一歩踏み出すことを躊躇した。
(ずっといたら、また残りたくなっちゃうかも……)
ラヴィポッドの悩みを察したのか、横で聞いていたユーエスが提案する。
「なら、出発は五日後。それまでにできる限り鉄を用意する、ってのはどう?」
俯いていたラヴィポッドがハッと顔を上げる。
「お、お願いしてもいいですか」
ユーエスがダルムに目配せする。
返ってきたのは首肯。
「任せておけ」
「ありがとうございます!」
こうして、旅立ちの日が決まった。
◇
出発前夜。
パジャマ姿のラヴィポッドはユーエスの部屋で荷造りをしていた。
「常にゴーレム出しとく訳にもいかないし、荷物は自分で持てるくらいにしなよ」
とはユーエスの言。
ラヴィポッドはゴーレムに持たせる前提で大きなバックパックに荷物を詰めれるだけ詰め込んで旅に出たが、それでは今後困ることがあるだろうから、と。
よって今は本当に必要な荷物を選別しているところ。
「これは……要る」
ビヨンビヨン動くバネのようなおもちゃをバックパックに入れようとして、ユーエスに取り上げられる。
「要らないね?」
「そんなぁ!?」
似たやり取りが続き、殆どユーエスが選別してるのと変わらない荷造りが進んでいく。
「よし、終わったかな」
満足そうにするユーエス。
その横ではラヴィポッドが名残惜しそうに大きなバックパックを見つめている。
「……なんか食べる?」
「……食べます」
こういう時は単純さが救いだった。
ご機嫌を取るべくユーエスが冷蔵庫を開けていると。
「失礼するわ!」
ルムアナが勢いよくドアを開けて入ってきた。
「え、鍵かけてたんだけど……」
「私はドリサの娘よ。合鍵くらいどうとでもなるに決まってるじゃない!」
「倫理観があると思うじゃない……」
堂々と入ってきたルムアナに続いて、ウェディングケーキのような特大ケーキを抱えたアロシカとハニが入ってくる。
「明日出発すんだろ? パーッといこうぜ!」
「折角だし壮行会でも開こうかなって」
真面目気質のルムアナ。
しかし汚染地帯への突撃同様、アロシカとハニから悪い影響を受けているらしい。
「どひゃー!」
ラヴィポッドが飛び跳ねる。
運ばれてくるケーキから片時も目を離さない。
そしてついにテーブルの上にケーキが乗せられた。
大きなチョコレートのプレートには少女とゴーレムの絵が描かれている。
更にラヴィポッドの手当てを担当したメイドがキッチンカーを押して登場し、食事としゅわしゅわと泡立つ飲み物を各自に配っていく。
ルムアナは食事が行き渡ったのを見て、グラスを手に取った。
「では、ラヴィポッドの旅立ちを祝して。乾杯~!」
「「「「かんぱーい!」」」」
グラスを掲げ、グビグビと飲み干す。
「たはぁ~!」
気持ち良い飲みっぷりのラヴィポッドだが、少しして口を押さえた。
「げ、げっぷでそうです……」
「呑み込みなさい。淑女の嗜みよ」
ルムアナに無理を言われ、何とか耐える。
幸い込み上げていた波が収まり、淑女としての尊厳は保たれた。
続いて、メイドが切り分けたケーキを口に運ぶ。
口いっぱいに生クリームの甘みが広がり、ラヴィポッドが宙を舞う。
「喜んでくれたみたいね」
ご満悦なルムアナ。
「浮いてるよな?」
物理法則が気になるアロシカ。
「この子に助けられたんだもんな~……」
複雑な感情のハニ。
「……僕の部屋でやる必要あった?」
ユーエスは散らかっていく部屋を見て、片付けを憂う。
別れの切なさを感じさせぬ賑やかな夜が更けていった。
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