第23話 再び

 ユーエスが風剣、エーテルの刃で斬りかかる。

 消えたように見える神速の一撃。


 蒼黒の籠手がそれを受け止めた。


「何も知らぬ愚者が」


 斬撃の延長線上にいたフォールンまでもを両断する剣圧。

 更にはユーエスの展開する風刃の竜巻に曝され。

 それでもユウビの表情に揺らぎはない。


「軽々しくエーテルを振り回すな」


 ドロドロと重い蒼黒水が風剣に纏わりつく。


 これまでのように魔術が書き換えられるわけではない。

 エーテルに直接干渉することは出来ないらしい。

 だが魔術の表面を染められ、それ以上の制御を封じられてしまうのでは同じこと。


 地を染める水が立ち昇り、ユーエスを背後から呑み込む。

 逃がさぬよう取り囲み、球状の檻が形成された。




 これで終わるなどと思っていないユウビ。

 片目がピクリと動く。


 すると蒼黒球の檻が内側から弾けた。

 閉じ込められていた風が解き放たれ、爆風が広がる。


 ユウビは腕を下から振り上げ、水の大盾を前方に展開して爆風を逸らせた。

 防ぐことには成功したが、前方の視界を自ら塞いだことが仇となった。

 懐に現れ腰を落としたユーエスに気づかない。


「愚者なりにさ」


 繰り出される横薙ぎの一振り。


「軽くないもの、背負ってるんだ」


 ユウビの体が上下に分かたれた。




 両断された体が水となって滴る。

 奇襲には成功したものの攻撃の角度を変えたことによって、瘴気の木を庇う必要のなくなったユウビに液化を許してしまった。

 吹き荒れる風によって霧状には展開できないが、瘴気と混ざり合った後の重い蒼黒水にならばこの環境でも変化できるようだ。


 ユウビが水溜まりに溶け込み、波紋が広がる。

 次の瞬間、激しい飛沫を上げながら巨大な籠手が這い出た。

 ユーエスを囲む八本の腕が同時に襲い掛かってくる。


「悪いけど全部相手しないよ?」


 水と風の魔術で加速し、一本の腕に狙いを絞る。

 研ぎ澄まされた斬撃は、蒼黒水が纏わりつく時の間を与えない。

 巨大な籠手に剣筋が刻まれ、崩れて水となる。


 切り開いた先。


 瘴気の木の前にユウビが立ち塞がる。

 その周囲には幾つのも蒼黒球が浮かんでいた。

 縦横無尽に動き回る球体から細い水流が放たれる。


 ユーエスは体を捻り紙一重で避け続けて肉迫。

 水の盾を周囲に生成し、蒼黒水流を防ぎつつユウビに風剣を振るった。

 水盾に蒼黒水流が纏わりつき制御を失うが、一度防げればそれで良い。

 蒼黒水に覆われた風剣を投げ捨て、何度でも新たな風剣を構成して斬りかかる。


 展開した風刃と水盾、蒼黒水流が入り乱れる余人の介入を許さぬ暴力的な空間。


 風剣と蒼黒の籠手が幾度となくぶつかり、互いの猛攻が火花を散らす。


 一手誤れば死に直結する力の応酬。


 畢竟、戦局は唐突に傾く。


 ユーエスの足が、水溜まりから這い出た籠手に掴まれた。


「ッ!?」


 バランスを崩しながらも風剣を振る。

 しかし精彩を欠いた剣がユウビに届くはずもなく。


「己が身命を賭した数多の命に」


 風剣は振り払われ。


「芥の価値もないと知れ」


 ユウビの爪が、ユーエスの腹部を貫いた。

 背から突き出た爪の先から真っ赤な鮮血が滴る。


 爪を引き抜かれ、ユーエスが膝をついた。

 力の抜ける体。

 重力の為すがまま、蒼黒の水溜まりに沈み。

 流れ出る血の赤は蒼黒に紛れて消えゆく。


 その光景は、ユーエスの命すらも染めていくようだった。


 ◇


 ユーエスがユウビとの戦いに専念し始めた頃。


「行っちゃった……」


 守ってくれる者が居なくなったラヴィポッドは、フォールンの大群を前にガクブルと震えていた。


「こ、こっちきてる! 倒してっ!」


 慌てた主の、とても大雑把な号令。


 フレイムゴーレムは手から火球を。

 ストーンゴーレムは大地を抉り取って土球を。

 フォールン目掛けて投げつけた。


 二体のゴーレムは、フォールンの圧倒的な速度を前に狙いを定められない。

 しかし空を埋め尽くさんばかりに現れ続けているフォールン。

 適当な攻撃でも何れかの個体には命中する。

 一度の攻撃で数体のフォールンを撃墜していくが、一向に殲滅できる気配はなかった。


「きてっ、フレイムゴーレム! ストーンゴーレムは時間を稼いでっ!」


 このままでは危険だと判断したラヴィポッドはストーンゴーレムから飛び降り、両手を突き出してフォールンの大群へ人差し指を向ける。

 フレイムゴーレムはその背後から包み込むように手を回した。


 方やストーンゴーレムはラヴィポッドの正面に回り、大地を掴んで指をめり込ませる。

 するとちゃぶ台返しのように大地を捲り上げて壁を作った。

 突如としてせり上がった土壁にフォールンが激突する。

 更にストーンゴーレムは土壁に向かってドロップキック。

 吹き飛んだ土壁がフォールンを巻き込んで押し退けていった。


「てぇーーーー!」


 魔術の構築を終えたラヴィポッドが細い声を張る。

 小爆発のドドドドッという音とともに無数の土の弾丸を掃射。

 右から左、左から右。

 弾丸に撃ち抜かれ、爆散したフォールンの亡骸が続々と落ちていく。


 ラヴィポッドは撃ち漏らした個体の接近に気づき次第、そちらに狙いを定める。


 終わりの見えない殲滅戦。


 フォールンがストーンゴーレムに突っ込んだ。

 凄まじい速度と硬度の体当たりでストーンゴーレムが押し込まれる。


 だがストーンゴーレムの耐久力も侮れない。

 砲弾のような一撃でも破壊にまでは至らず。

 ストーンゴーレムはフォールンを掴んで地面に叩きつけ、潰した。


 その後も基本は一度攻撃を受け、懐に招き入れてカウンター。

 隙あらば土塊を投げつけて少しでも数を減らした。


 無数に湧き出るフォールンを驚異的な殲滅力で何とか食い止めていたが、それは続かず。


 フレイムゴーレムの動きが鈍り、弾丸の連射速度が落ちた。


「ひぃぃ! もっと早く……」


 弾丸を掻い潜るフォールンに怯えながら振り向く。


 するとフレイムゴーレムの体の炎が弱まり、丸い目は下半分だけが点灯していた。

 それがラヴィポッドには疲弊しているように見えて。


「疲れてるの? もしかして……」


 ポケットからフレイムゴーレムの石板を取り出す。

 そこに記されたフレイムゴーレムのエネルギー残量を示すゲージが殆ど空になっていた。


「や、やっぱり空っぽ……」


 汚染地帯に入ってから、フレイムゴーレムには周囲の瘴気を掻き消すために出力を上げて熱を放出させていた。

 探索中常にエネルギーを消費し続けていたことになる。


 更にユウビへ放った最高火力の火炎。

 フォールン殲滅戦での爆発連続発動。


 フレイムゴーレムのエネルギーに限りがあるのなら、いつ尽きてもおかしくはなかった。


(空っぽになったらどうなっちゃうんだろ……)


 エネルギーが空になるとゴーレムがどうなるのか。

 試したことがないからわからない。


 起動前の小さな状態に戻るだけかもしれない。

 ユーエスにストーンゴーレムがやられた時のように、ゴーレムになる前の土人形に戻ってしまうかもしれない。

 最悪の場合、二度と動かなくなってしまうかもしれない。


(もし動かなくなったら……)


 不安で眉が垂れ下がる。

 焦りのためか、鼓動がうるさい。


 フレイムゴーレムを助けたい。

 胸の苦しさから逃げたい。


「は、はやくマナ上げないと……!」


 大至急マナを流そうと試みるが、攻撃を止めている間にフォールンの接近を許してしまう。


 ストーンゴーレムが少しでも阻止しようと、フォールンを薙ぎ払いながら駆け寄るが間に合わない。


 焦燥に駆られたラヴィポッドはフォールンへの反応が遅れ、気づいていなかった。


 小さな体に、フォールンの魔の手が触れる。


 寸前。


 ラヴィポッドのすぐ側にいたフレイムゴーレムが、残る力を振り絞り火炎を放った。


「わっ!?」


 驚いたラヴィポッドが尻もちをつく。


 至近距離にいたフォールンだけが火炎に呑まれ、焼かれていく。

 

 やがてラヴィポッドを守る火炎が消えた時。


「フレイムゴーレム……!?」


 フレイムゴーレムの仮面が、カラカラと音を立てて転がった。


 ラヴィポッドは呆然としながらも四つん這いのまま進んで仮面を拾う。


「ありがとうね……」


 起動前の状態に戻っただけならきっと、エネルギーさえ溜まれば再びフレイムゴーレムとして動いてくれるだろう。


 エネルギー残量を考えず頑張らせすぎた。

 時間が経てばまた会える。


 申し訳ない気持ちとホッとした気持ちを胸に、フレイムゴーレムの仮面を抱きかかえた。


 フレイムゴーレムの熱がなくなったことで瘴気が支配域を広げる。

 紫の霧が立ち込め、呼吸することを躊躇う不吉な力が空間を満たした。


 瘴気を吸ってしまったラヴィポッドはケホケホと咳き込みながらも立ち上がり、


「もうっ、こっち来ないで! しつこい!」


 魔術を行使する。


 他を拒絶する大地の棘が乱立。

 棘から棘が生え、フォールンを貫きながらドーム状の防壁を形成した。

 内部の棘を土に還せばラヴィポッドとストーンゴーレムだけがドーム内に残っていた。


「ストーンゴーレム!」


 近づいたストーンゴーレムが手のひらにラヴィポッドを乗せる。


「おつかれ~、大丈夫だった~?」


 ストーンゴーレムの無事に安堵して、これでもかと顔に頬ずりする。

 ゴツゴツとした感触。

 頬が擦れて赤くなるのもお構いなし。


 一頻り堪能すると、ポケットからストーンゴーレムの石板を取り出し確認する。

 幸い、ストーンゴーレムのエネルギーはまだまだ残っていた。


「フレイムゴーレムはずっと燃えてるからたくさんエネルギー使っちゃうのか、な……」


 今回はフレイムゴーレムに無理をさせたが、そうでなくともゴーレムによって燃費に違いがあるのかもしれない。


 そんなことを考えていたラヴィポッドだったが、言葉の途中でぐったり倒れてしまう。


「はぁ……はぁ……」


 額にはべっとり汗をかき、呼吸は荒くなっている。


 汚染地帯に入ってからずっと気を張っていた。

 張り詰めた緊張が少し解け、疲れがドッっと押し寄せたのかもしれない。


 しかし倒れた原因は別のところにある。


 ──ラヴィポッドの腕が、樹皮のように変質していた。


 ◇


 ラヴィポッドがぐったり倒れ、魔術が解ける。

 ドーム状の防壁となっていた大地の棘が崩れて土に還っていった。


「チ、ビ……?」


 腹部を貫かれ倒れるも、辛うじて意識のあったユーエス。

 自身の命が風前の灯の中、霞む視界でラヴィポッドの身を案じる。


「ごめ……」


 こんなところに連れてきてごめん。

 守り切れなくてごめん。


 後悔が滲む瞳。

 ピントが合ったように、霞んだ視界が鮮明になった。


 ユーエスが目を見開く。


 距離はかなり開いている。


 だが、ユーエスがそれを見紛う筈がなかった。


「あの腕……」


 身体の樹木化。


 忘れることのできない、理不尽な病。


 高熱で頬を赤く染め、倒れて咳き込んだラヴィポッド。

 樹皮のように変質した腕。


 その姿が、病で臥せっていた、かつて守れなかった幼馴染の姿と重なる。


 何が起きているのか。

 状況に思考が追い付かず戸惑っていた時。


 息苦しさを感じて咳き込んだ。


「瘴気……なのか?」


 自身の体調の悪化は瘴気を吸い込み過ぎてしまった為だろう。


 だとするならラヴィポッドの樹木化も……

 クシリアを死に追いやったのも……


「そっか……」


 手に力を籠め地面を押す。

 震える腕で無理矢理体を起こした。


「ずっと……考えてたんだ」


 力を入れれば頽れそうになる足で、ふらふらと立ち上がった。




「……まだ息があったか」


 背を向けていたユウビ。

 ユーエスの立ち上がる気配を感じ、首だけ傾けて振り返った。

 微塵の興味も抱いていないであろう冷たい瞳で。




「何かに縋らず、僕の力で出来ることはなかったのか……」


 ユーエスが地を踏みつけ、自身に鞭打つようにふらつく体を抑えた。


「騎士になったのは、悪い奴を倒したかったからじゃない」


 再びユーエスを囲むように水色の淡い光が現れる。


 汚染地帯の中心に来てから、目の前の脅威としてユウビを倒すことばかり考えていた。


「僕はただ……!」


 淡かったエーテルの光がより強く、より鮮明に輝きを放つ。


 エデンエイヴァの葉を求めて戦った時。

 初めてエーテルを引き出したあの時。


 強く心に抱いていたものは。


「クシリアを、守りたかったんだ……!!」


 その叫びと同時。

 ユーエスから強力な水魔術と風魔術による冷気が放たれる。


 ラヴィポッドを庇って抱え込んだストーンゴーレム。

 その背に襲い掛かっていたフォールンが。


 地面に広がっていた蒼黒の水溜まりが。


 激流に呑まれ、全てが凍り付いた。


 感覚さえ奪い去る極寒の冷気が吹き荒れる。

 漂う瘴気さえ死滅し、紫が引いていった。


 全ての元凶が瘴気なら、この氷は瘴気から大切な人を守るために。


「今でも覚えてる」


 腕を振るう。

 伸ばした手に水の剣が現れ。


「掴むことも出来なくて、零れ落ちゆく木屑を、クシリアだって……」


 俯きがちに吐き捨てる。

 感情を言葉に起こすことすら難しい。


 骨も残らずただ一つ残された木屑が、彼女が実在した証なのだと。

 それに彼女を見出すしかなかった、あの日の虚しさを。


 水剣が、柄頭から剣先にかけて凍り付いていく。


「ここでまた守れないなら」


 ゆっくりと踏み出す。


「騎士を目指すと決めたあの日の自分のことも、ずっとそばで見守ってくれたクシリアのことも……!」


 憧れた。

 物語の登場人物に自分と幼馴染を重ね、いつかそんなふうになれたらと。


 子どもの頃に抱いた非現実的な夢。

 それをいつまでも捨てずに突き進んだ子どものままのユーエス。

 体の弱いユーエスを心配しながらも無理だと言わず応援し続けてくれたクシリア。


 あの日々が無意味だったなんて、思いたくない。


「もう真っ直ぐに、見れないから!!!」


 ユウビに氷剣を向ける。


「……再戦頼むよ。僕が勝つまで」

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