跼蹐のゴーレムマスター~ビビリ少女ラヴィポッドはゴーレムに乗って~
現 現世
第1話 ラヴィポッド
体躯に見合わぬダボダボの衣服。袖を捲って漸く手が出ている。
肩のあたりまで伸びたミディアムヘア。その不規則に跳ねた毛先は透き通る銀髪。だが頭頂部の毛髪はくすんだグレー。
染髪後、手入れを怠ったプリン頭を銀系色に置き換えたような毛色の少女──ラヴィポッドはくりくりとした目を見開いて、自慢の畑を呆然と眺めていた。
汗水流して耕してきた畑。その一区画が見るも無残に掘り起こされ、土塊が乱雑に被せられている。それだけじゃない。丹念に育てた作物たちは食い荒らされ、齧られた形跡の残る作物が散乱していた。一つを食べ切らず、複数の作物を一口だけ齧る行儀の悪さ。極めて悪質なやり口に眩暈がした。
握っていた小さなシャベルが落ちる。カランと軽い音が空しく響いた。
「なに、やっちゃってくれちゃってんの……?」
ラヴィポッドの視線が捉えるのは、こんもりと盛り上がった土の塊。彼女はそれが何か知っていた。
もぐら塚。
モグラが地上に出る際、掘り起こした土が積もって形成される小さな土の山。
即ち、大罪を犯した無法者の痕跡。無法者の正体を知らしめる確たる証拠。
もぐら塚を見ていると、ふとモグラの姿が脳裏に浮かんでくる。そいつは穴から体を半分ほど覗かせ、作物を口いっぱいに頬張ってふんぞり返りながらラヴィポッドを嘲笑う。何故かイメージの中のモグラは、逆三角形の厳ついレンズが特徴的なサングラスをかけていた。
ラヴィポッドは、ふくれっ面を浮かべズンズンと大股歩きでもぐら塚に近づく。そして現実の憎きもぐら塚と、イメージの中のグラサンモグラを蹴り飛ばした。運動神経があまり良くないのか鈍臭い足運び、しかし小さな長靴は動かぬ土の山を粉砕した。
「見せしめが必要みたいだね。一族郎党、舐めた真似できないように」
震える小さな体。怒りを
絶対に畑を守る少女と、絶対に作物を食うモグラ。その戦いの火蓋が切られた。
◇
ラヴィポッドは只管に畑を見張った。しかし一向に盗人は現れない。
仕方なく土に手を置き、目を瞑る。土の状態を自身の体の延長のように知覚し、ラヴィポッドの中に巡る不思議な力、『マナ』を流す。
マナは全生物に宿っているが、その全てがマナを自在に扱える訳ではない。同じ人種であっても宿すマナの総量や適性、制御力はそれぞれ。先天的な才能が多くを占めるが、後天的に伸ばせるものもある。後天的に伸ばせる要素としては、制御力がそれに当たる。マナ総量は成長するにつれて増減するが、意図的に増やす方法については迷信が幾つか存在する程度で確立されてはいない。
それぞれのマナには適性がある。人族の場合、一般的には火、水、土、風からなる四元素のどれかに該当する。
ラヴィポッドはその中でも『土元素』に強い適性を持っていた。人々はマナによって引き起こされる現象を『魔術』と呼び、マナの扱いに長けたものを『魔術師』と呼ぶ。ラヴィポッドの場合は最も適性のある元素から『土魔術師』と呼ばれることになる。
「天才つちまじゅちゅしの手にかかればこんくらい、すぐに元通りなんだから!」
魔術師であることを誇りに思っているが、呼び方だけはどうにかならないものかと常々不満に思っていた。一人の時にこうして声に出し、噛まないよう練習しているが成果は芳しくない。
天才というのは勿論自称だ。母がそう呼んだこともあるが、子煩悩の親が濃ゆい色眼鏡を掛けて言ったことなど客観性の欠片もない。ラヴィポッドは人里離れた森の中で自給自足の暮らしをしており、他者と接するのは衣類などの買い付けで必要に迫られて村を訪れる時だけ。故に正しく彼女を評価できる者の目に留まったことがなく、天才かどうかは未知数。
ラヴィポッドが体に力を入れギュッと目を閉じる。すると畑全体にマナが巡った。マナを扱うのは非常に神経を使うのか、激しい運動をしたように息が上がり、こめかみを汗が伝う。
畑が水面のようにぐにゃりと歪み、揺れ動く。経験則で、畑から作物に不要と思われる不純物を取り除き、土を均していく。一通りの工程を済ませ、やがて土が凪いだ時には、畑は綺麗に整っていた。荒れていたことが嘘のよう。一般に軽く手入れされている畑よりも余程美しい。
土から手を離して立ち上がると、
「はい天才、っと!」
満足気に額の汗を拭う。
ラヴィポッドはまだ九歳。子どもが一人で管理するには少々広い畑だが、物心ついた時から母娘二人で畑仕事をしていたため慣れたものだった。
井戸水を組んで家に戻り、桶に溜めた水で衣服を手洗いして外に干す。自身の体も清め、清潔な衣服に着替えると、自家製の野菜ジュースを錫合金のジョッキに注いだ。仕上げに片手を腰に当て、天を仰ぎながらジョッキを傾け野菜ジュースを呷ぐ。トロッとした舌ざわりと喉越しが、疲れた体に潤いと栄養を沁み渡らせる。
「ぷはーっ! これこれぇ!」
堪りませんなぁ、と口元を拭いながらご満悦な様子。野菜ジュースの味を自画自賛し、飲み干すなり少女の体には大きすぎるベットに横たわる。
「疲れたぁ……」
疲労感が睡魔を連れて押し寄せる。重い瞼を持ち上げる気力は湧かず、微睡みに沈んでいく。
昼寝を窘める声は、聞こえない。
少しして目を覚ましたラヴィポッド。寝ぼけ眼を擦り、二度寝すべく再び瞼を閉じる。しかし思い出したようにクワッと目を開くと、布団を豪快に捲って起き上がった。
一仕事終え、すっかりモグラの件を忘れていた。
靴に足を適当に突っ込み、半端に履いたまま動き出す。小走りで足を床に打ち付けて靴を深く履き、慌てて家を出た。
「やられた……」
目の前には、荒れた畑が広がっていた。先程とは別の区画が穴だらけになっている。
少し目を離した隙にこれだ。モグラは畑荒らしに味を占めたのだろう。
「まだ近くにいる……!」
ラヴィポッドが居なくなるタイミングを虎視眈々と窺っていたのだとすれば、モグラは感知できる距離にいた筈だ。
「逃がさないよ」
しゃがんで地に触れる。マナを濁流のように流し込み、感覚を研ぎ澄ませた。
地中には無数の生物がいる。その中から一匹を探し出すのは骨の折れる作業だが、モグラは土壌動物の中だと大きいので比較的見つけやすい。もぐら塚を起点に穴を辿っていくと、そいつはいた。
でっぷりと膨らんだ腹を上下させ、後ろ手に組んだ手を枕にして眠る、マントを付けたモグラ。
「みっけ」
モグラの下の土を押し上げて、地上へ引きずり出す。
しかし、その直前に眠っていたモグラがハッと目を覚まし横へ逃れた。
ラヴィポッドがマナを動かし追跡を試みるも、地中におけるモグラの速さには敵わず。みすみす逃がしてしまう。去り際、モグラはラヴィポッドのマナを振り返り鼻で笑った。
「んのモグラ畜生!」
ぐぬぬ、と歯を食いしばりズカズカ歩いて椅子に腰を下ろす。肘を膝に乗せ、指を絡ませて腕を組む。組んだ手の上に顎を乗せる様は宛ら参謀のよう。恰好だけは一丁前だ。
「音と匂い、あとはマナにも気付ける……」
それっぽく分析する。作物を探し出せることから嗅覚が、地中からラヴィポッドの動向を探れていることから聴覚が発達していると考えられる。
「近くの土全部持ち上げてやろうかと思ったけど、それも気づかれるし……」
最も厄介なのがマナを知覚できることだ。ラヴィポッドはそれさえなければ、力業で如何にかできそうだと考えていた。
だがそれは甘い。地中は文字通りモグラのホームグラウンドだ。圧倒的に地の利がある。ラヴィポッドが土魔術で動かす土すら掘り進み、瞬く間に脱出してしまうだろう。
「うーん……罠、とか?」
正面切ってやりあうのは分が悪い。ならば絡め手を使うのみ。
方針は決まったが、画期的な罠のアイデアが浮かばない。
「使えそうなものないかな?」
うんうん唸りながら歩き、家の中も見て回る。
「あ」
壁に板を取り付けただけの棚の上。そこに置かれたものに目が留まる。
背伸びして手にしたのは、ガラスのワインボトルだった。
◇
ラヴィポッドは地中にマナを流しモグラを追い払うと、もぐら塚に近づく。少し偏った土の積み方。特徴からして、間違いなく同じモグラの犯行だ。
「壊したのに……また作ったってことは、お気に入りの道ってことだよね」
だとすれば、もう一度通るのではないか。
罠を張るならここしかない、とモグラの道に穴を掘りワインボトルを逆さにして突っ込む。ワインボトルの底は刳り抜かれており、モグラが道を通ればワインボトルの中に真っ逆さま。
対モグラ用の即席落とし穴が完成した。
「ふっ」
ワインボトルの中で藻掻くモグラを想像してほくそ笑む。
荒らされた畑を土魔術で整え、余裕の態度で一日を過ごした。
翌日、下手くそなスキップをして意気揚々と家を出たラヴィポッド。
しかし荒れた畑を前に立ち尽くす。
「ふっざけんなぁーー!」
怒りをぶちまけ、罠を確認するが、当然そこにマントモグラの姿はない。
「んーなんでぇー」
土にマナを流し、モグラを追い払って憂さ晴らしする。
「新しい道できてる……あのマントモグラ、罠に気づいたんだ」
地中を探ると、モグラが罠を迂回したことに気づく。では、どうやって。
「瓶にマナはないし音もしないんだから、匂いで気づいたの?」
ものは試しと、モグラの通り道にワインボトルを埋めたまま数日を過ごした。
畑を荒らされる屈辱に、毎夜枕を濡らして。
そろそろワインボトルに土の匂いも染みついた頃だろうと、マントモグラを追い払い、ラヴィポッドの匂いが付かないよう手袋をして罠を新しい道に設置し直す。
何度目かになる畑の修復をして、一通りの家事を熟す。ぐーと可愛らしい音で空腹を訴える腹を押さえた。
「あいつのせいで狩りに行けないから、お肉もなくなっちゃったし……」
食料の備蓄が減っていた。野菜はまだあるが、肉は干し肉が少々といったところ。頼りの野菜さえ、収穫量が減っている。育ち盛りの少女にとって肉が少ないのは死活問題だ。ラヴィポッドは小さな見かけによらず健啖家なのだから。
「はぁ……」
大きなため息を零す。饑さは人を弱気にさせるのか、捕まえようと意気込んでいた時の張り切った様子は見られない。
細っていく食糧事情。明るくない未来を憂いて、過度な期待をせず、トボトボと罠の確認に向かう。
そして。
ひょこっと罠を覗き込んだラヴィポッドと、冷や汗を流すマントモグラの視線が交錯した。
「あ、本日は大変お日柄も良く……」
マントモグラがすりすりと揉み手しつつ、やけに畏まった挨拶をする。生きるも死ぬも少女の気分次第。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。
ラヴィポッドはにたぁと口端を吊り上げ、悪魔のような笑みを浮かべた。
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