第60話 モブ兵士、追及する
「おい、どこかに運ぶようだぞ?」
研究員が、菓子をトレイに載せて運んでいく。
「……追いかけましょう」
研究員は、二階に続く扉から外に出たようだ。急いで階段を駆け下りた俺たちは、廊下を進む研究員の姿を捉えることに成功した。
「どこに向かってるんだ……?」
気づかれないよう入念に魔力を消したまま、俺たちは研究員の背中を追いかける。すると、研究員は重厚な扉の前で立ち止まった。少し重たそうにしながらその扉を開けた研究員は、菓子を持ったまま中へと入っていく。
「……っと」
中まで追跡しようと考えていると、研究員はすぐに部屋から出てきてしまった。しかし、その手に先ほどの菓子はない。
顔を見合わせた俺たちは、研究員が完全に去ったのを確認して、扉の向こうに進む。
部屋に入ると、むせ返るような生臭さを感じた。二人も同様のようで、酷く顔をしかめている。
「新しい試作品は届いたか?」
男の声がして、俺たちはすぐに身を隠した。
白衣を着た二人の男が、先ほどの菓子を前に話をしている。
「届いたが……これ以上改良する必要はあるのか? もう十分効果は見込めるってのに」
「さあな。だが、それが上の命令なんだから、必要ってことじゃないのか?」
「うーん……」
二人の男は、菓子を持って部屋の奥へ進んでいく。
彼らの進んだ先には、無数の檻があった。その中に閉じ込められている存在に気づいたとき、俺は目を疑った。
「お、おい! 早くそれをよこせッ!」
「おっと、騒ぐなって」
「いいから! 早く! 早くよこせ!」
檻の中には、人間が閉じ込められていた。ボサボサの髪に、汚らしい無精ひげ。服や肌もひどく汚れており、生臭さの正体が彼であることはすぐに分かった。
他の檻にも人間が閉じ込められているようで、最初の男のあとに続いて、一斉に檻から手を伸ばし始めた。
「俺にも! 俺にもよこせ!」
「私にも……!」
彼らの目当ては、あの菓子にあるようだ。
二人の研究員は、ため息をつきながら菓子を彼らに渡していく。
「そんなに美味いのか? あの菓子は……」
「いや……」
菓子をむさぼるようにして完食した彼らは、恍惚とした表情を浮かべた。そしてその直後、彼らの中から、膨大な魔力が溢れ出す。
「おお……! おおっ! これだよこれぇ!」
歓喜の声が部屋中に響き渡る。菓子を食べた途端、彼らの潜在魔力が溢れ出した。魔力というのは、苦しい鍛錬を乗り越えた者にしか扱えない特別な力。少なくとも、鍛錬の痕もない彼らには扱えないはずの力だ。しかし、彼らから立ち込める魔力は、下級勇者に匹敵する。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
そんな風に考えていると、突如として異変が起きた。
「ごっ……か……うぎ……」
真っ先に菓子を口に運んだ男が、のたうち回るようにして苦しみ始めたのだ。
混乱する俺たちの視界の中で、研究員たちは深くため息をつく。
「はぁ……失敗か」
「
「それじゃあ満足いく結果が得られなかったんじゃないか?」
「一般人を強制的に魔力に目覚めさせるなんて、最初から無茶な話なのにな……」
男たちが話している間に、檻の中にいる者たちは動かなくなった。
「とりあえずこいつらを運び出さないと。おい、人を集めてくれ」
「はいはい……」
片方の男が、部屋を出ていこうとする。その瞬間、部屋全体――――いや、施設全体に警報が鳴り響いた。
『侵入者だ! 四階の扉に魔術の形跡あり!』
どこからともなく、拡声の魔道具による報告が鳴り響く。
「すまない……氷はちゃんと消したはずなんだが」
エルダさんが顔をしかめる。こればかりは仕方がない。魔術の残り香すら検知する、
「侵入者⁉ まずいぞ……ここのことがバレたら――――」
二人の男が慌て始める。侵入していることがバレた以上、もはや一刻の猶予もない。俺たちの現在地までバレてしまう前に、目的を達成しなければならない。
「エルダさん……!」
「っ、分かった」
俺は扉のそばにいた男に跳びかかり、素早く意識を奪う。それと同時に、エルダさんはもうひとりの男の意識を奪った。
「これからどうするの?」
「ここで情報を聞き出すわけにはいかないから、まずはこの二人を外に連れ出そう」
俺は両手を合わせ、意識を深く集中する。このまま外に出るのは危険すぎる。まずは、この施設にある魔道具の機能を止めて、俺たちの侵入の証拠をすべて消す。
「二人とも、魔力で身を守ってくれ……!」
シャルたそたちが自身を魔力で包んだのを見て、俺は己の魔力を解放する。
〝
◇◆◇
俺の〝
「うっ……こ、ここは……?」
「気が付いたか」
「だ、誰だ⁉」
意識を取り戻した研究員たちに、刃を突き付ける。
俺たちは、各々布で顔を隠していた。シャルたそとエルダさんに、基本的には黙っていてもらう。二人の声は特徴的だから、下手に喋ると、それだけで特定される可能性があるからだ。
「俺の質問に答えろ。さもなくば首を刎ねる」
「「っ⁉」」
二人の顔が引き攣る。
「お、お前は何者だ……」
「質問はこっちがする。まず、閉じ込められてる人たちに、あんたらが食わせていたものはなんだ」
「っ……」
男たちが言葉に詰まる。しかし、俺が刃を首に添えると、すぐに口を開いた。
「じ、実験用の薬品を混ぜた焼き菓子だ」
「実験の内容は?」
「それは……」
「言えないのか?」
「い、言う! 言うから……!」
男は必死に叫んだあと、言葉を続けた。
「魔力に目覚めていない人間を、無理やり覚醒させる実験……だ」
「……」
詳しい理論は分からないが、やはり彼らの不釣り合いな魔力は、何かしらの作用によって強引に引き出されたものだったようだ。
ギリッと奥歯を噛みしめる。そんなことをすれば、人体にどんな影響が出るか、頭のいい研究者たちは理解しているはずだ。
――――それなのに……。
彼らの苦しむ姿がフラッシュバックし、怒りと嫌悪感が込み上げてくる。
「あんたらは……どうしてそんなことをしている」
「詳しくは知らない……! けど、兵力増強のためにって噂は聞いたことがある」
確かに、食べるだけで魔力に目覚めるなんて代物があれば、ゼレンシア王国の兵力は一気に上がるだろう。もし噂が真実なら、国が協力するのに十分な理由だ。
「……次の質問だ。あんたらが言ってた、エキスっていうのはなんだ」
「エキスは……魔族から抽出した魔力のことだ」
「魔族から?」
「研究所で生まれた
「……っ!」
研究員の言葉は、俺たちに大きなショックをもたらした。
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『宣伝』
このたび、本作が「ゲーム知識で最強に成ったモブ兵士は、真の実力を隠したい」にタイトルを変えてMノベルズ様より発売されました!
すでに書店に並んでいるはずなので、お見かけの際はぜひ手に取ってみてください!
書籍版は発売してから一週間が勝負なので、本作を長く執筆するためにも、ぜひ書店や通販で購入していただけますと幸いです!
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