第58話 モブ兵士、潜入する

「――――事情は分かった」


 いつもの酒場で、俺はシャルたそにもヘンゼルのことを伝えた。俺からすべてを聞き終えた彼女は、安心した様子でハンバーガーにかぶりつく。


「信じてよかったな、グレーテルのこと」


「うん」


 心優しいシャルたそは、きっと俺たちよりもグレーテルのこと信頼していたのだろう。


「あと、騎士団長も解任されなくてよかった」


 そう言って、シャルたそは俺と共に来たエルダさんへ視線を向けた。今日のエルダさんは団長会議の結果を聞くこと以外予定がなかったらしく、これからやるべきこと・・・・・・・・・・に合わせて、俺についてきた。騎士であることが分かると不都合があるため、今は普段着だ。


「まったくだ。どこかの兵士がお節介を焼いてくれたおかげだな」


 エルダさんは、横目で俺を見る。照れ臭くなった俺は、頬を掻いた。


「……ひとまず窮地は乗り越えたけど、まだ事件は何も解決しちゃいない」


 俺がそう切り出すと、二人は頷いた。


「これから、〝幻想協会フェアリーテール〟に探りを入れるんだね」


「ああ。断定はできないけど、色々悪い噂があるみたいだし、探ってみるべきだと思う。できれば、シャルたそにも協力してほしいんだけど……」


 そこで俺は口ごもった。〝幻想協会フェアリーテール〟を疑うということは、国を疑うことに等しい。万が一見つかりでもしたら、この国に俺たちの居場所はなくなるかもしれない。


 シャルたそは、勇者になるという夢を叶えたばかり。そんな彼女に、大きなリスクを背負わせていいものなのか――――。


「……私は、絶対ついていく」


 俺の迷いを打ち払うかのように、シャルたそはそう言った。


「ここまで来て除け者なんて、絶対嫌だから」


「シャルたそ……」


 真っ直ぐな視線を向けられて、俺は強く心を打たれた。こっちが迷っている間に、彼女はとっくに覚悟を決めていたらしい。


「……分かった。じゃあ、三人で、〝幻想協会フェアリーテール〟を探ろう」

 


 〝幻想協会フェアリーテール〟の本部は、王都の外れにある。研究のための広大な土地は、高く分厚い壁に囲まれており、中の様子は確認できない。仮に上空から中の様子を窺おうとしても、砲撃によって撃ち落とされてしまうらしい。入るには正門を通るのが基本だが、職員であることを示すライセンスか、職員からの招待状を持っていなければ入ることはできない。


 自国の研究をよその国に知られないよう、厳しいセキュリティを敷くのは分かる。ただ、今の俺には、それすらも怪しく感じられた。


「さてと……どう攻める?」


 そんな〝幻想協会フェアリーテール〟を眺めながら、エルダさんがそう切り出した。 


「……まずは外壁をグルッと回ってみましょう。どこかに抜け穴があるかもしれませんし」


 頷いた二人を連れて、俺は敷地を囲む壁の周りを歩いた。抜け穴なんて都合のいいものがあるはずもなく、結局見つかったのは、罠が仕掛けられた裏口だけだった。


「裏口からは入れない?」


「見たところ、人間の接近を感知する罠魔術が仕掛けられている。ひとたび部外者が近づけば、敷地内に警報が鳴り響くという仕組みだ」


「……それは厄介」


 確かに、厄介極まりない。

 今のところ〝幻想協会フェアリーテ―ル〟に隙はないように見える。しかし、ひとつだけ、俺にしかできない侵入方法を思いついた。


「二人とも、ここで待機してくれ。俺が見つかったら、すぐに撤収できるように」


「どうするつもりだ、シルヴァ」


「あの罠を無効化してみます」


 そう告げて、俺は裏口へと向かう。俺の〝魔力領域〟を使えば、魔術の影響を遮断できるということが分かった。罠を俺の魔術で包むことができれば、警報は鳴らないかもしれない。まだ確証はないが、これで失敗したとしても、どのみち他の手段はないのだから、やってみるしかないと思った。


「〝魔力領域〟……!」


 俺は扉に近づくと同時に、小さく〝魔力領域〟を展開した。同時に、俺に対してとてつもない負荷がかかる。普段通りに〝魔力領域〟を展開すると、中にいる連中にバレてしまう。そのためこうして魔力を自身の周りに留め続ける必要があるのだが、ヘンゼルのときのように、魔力の密度を操るというのは至難の業である。


 まるで破裂寸前の風船のような気分になりながら、俺は扉に手をかける。当たり前に鍵がかかっていたが、膨大な魔力のせいで力加減ができず、少し力を入れただけで壊してしまった。冷や汗が出たが、辺りに警報が鳴り響くことはなかった。


「ふぅ……」


 汗を拭った俺は、二人を手招く。二人は恐る恐るといった様子で敷地内に入り、俺はそのあとに続いて、扉を閉めた。


「なるほど……この膨大な魔力で、魔術を上からかき消しているのか」


 俺の領域の中で、エルダさんは息苦しそうに言った。同じく、シャルたそも相当苦しそうだ。すぐにでも領域を解除したいところだが、罠の範囲がどこまでか分からないし、もう少し辛抱してもらうしかない。


 やがて裏口から遠く離れた物陰に身をひそめることに成功し、俺は〝魔力領域〟を解除した。

 懸命に息を吸う二人を見て、俺は申し訳ない気持ちを抱く。


「すみません、ろくに説明もせずに……」


「確かに驚きはしたが、こうして何事もなく入れたんだ。貴様が謝る必要などない」


 エルダさんに続いて、シャルたそも頷く。


「シルヴァのおかげで、バレてない。だから、私たちのことは気にしなくていい」


 二人の優しさを受けて、俺は胸の奥からジーンと込み上げてくるものがあることに気づいた。

 推しに認められるって、嬉しいもんだなぁ……。


「だが、問題はここからだな」


 エルダさんの言う通り、俺たちはまだ、敷地内に足を踏み入れただけだ。この先、俺たちは〝幻想協会フェアリーテール〟の本館に侵入しなければならない。当然、似たような罠が用意されているだろう。夜とは言え、監視の目だってあるはずだ。それらを掻い潜り、俺たちは魔族と関与している証拠を見つけ出さなければならない。骨が折れることなのは分かっている。しかし、ヘンゼルとグレーテルを救うには、これしかない。


「何も関係がないなら、それはそれでいいのだが……」


 俺も〝幻想協会フェアリーテール〟が今回の事件に関わっていないのであれば、きっと安堵するだろう。俺は別に、国を敵に回したいわけじゃない。


「できるだけ魔力を抑えながら、本館に近づきましょう」


 二人を先導し、俺は敷地内の中央にそびえる本館を目指した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

『宣伝』

 このたび、本作が「ゲーム知識で最強に成ったモブ兵士は、真の実力を隠したい」にタイトルを変えてMノベルズ様より発売されます!


 発売日は一週間後の【7月30日】です! 書籍版は発売してから一週間が勝負なので、本作を長く執筆するためにも、ぜひ書店や通販で購入していただけますと幸いです! 

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