第39話 モブ兵士、ついでに呼ばれる
「受かった」
東門へ遊びに来たシャルたそは、そう言いながら一枚のカードを見せてきた。
カードにはシャルたその名前、勇者の紋章、四級という文字が書かれている。
これは〝勇者ライセンス〟。まぎれもなく、勇者の証である。
「おお! おめでとう、シャルたそ」
俺がそう言うと、シャルたそは嬉しそうな笑みを浮かべた。
勇者試験は、二ヶ月に一回行われる。一回の試験で受かる人数は、せいぜい数人。年間で五十人も生まれたら豊作と言われるほど、勇者試験の壁は高いのだ。
そんな試験を、学生のうちにクリアしてしまったシャルたそは、まさに天才と言っても過言ではない。
「夢が叶ってよかったな」
「うん、これもシルヴァのおかげ。……ついでにカグヤも」
少し嫌そうな顔をしながら、シャルたそはカグヤの名前を口にした。
実際、シャルたそが勇者になるために一番貢献したのは、間違いなくカグヤだ。俺は応援した程度で、大したことはしていない。
「そういえば、勇者学園にはこのまま通い続けるのか?」
「勇者になったら、学園は退学しないといけないんだって。でも、学園で学ぶはずだったことは、これから自分で勉強するつもり」
作中では、アレンも学園在学中に勇者試験を受けることができる。合格した場合は、シャルたそと同じように学園を退学しなければならない。途中で勇者になると、学園内のイベントが発生しなくなる代わりに、勇者ならではのイベントが発生するようになる。時期によっては見られないイベントもあるため、どのタイミングで勇者になるかは、プレイヤーの裁量次第だ。
「なるほどな。えらいぞ、シャルたそ」
「ふふん、それほどでもある」
そう言って、シャルたそは大きく胸を張った。
彼女が嬉しそうだと、こっちも嬉しくなる。推しの幸せは、俺の幸せだ。
「そうだ、合格祝いに、何かごちそうしようか? 俺も奮発するぞ!」
「すごく嬉しい。でも、いいの?」
「もちろん! こんなときこそ祝わないと!」
俺の安月給では、シャルたそが普段食べているようなものはとても手が出ないだろう。
しかし、幸いにも今の俺の懐には、前回の吸血鬼事件の際に受け取った報酬がある。
これだけあれば、きっとなんだってご馳走できるはずだ。
「じゃあ、またハンバーガーが食べたい」
「……安くない? 本当にいいの?」
予想外の要望に、恐る恐るそう問いかける。もしかして、遠慮されているのだろうか?
「ううん、ハンバーガーがいいの。シルヴァと初めて一緒に食べたものだから」
「うっ……!」
シャルたそがあまりにも可愛いことを言うものだから、危うく肉体から魂が抜けそうになった。こんなところで天に召されるのは、あまりにもったいない。
「あ、そうだ。ご飯に行く前に、早速勇者の仕事でエルダさんから呼び出されてる」
「おっと、いきなり呼び出しか……」
騎士団長から直々に呼び出しを受けたということは、相当大きな仕事の話を振られる可能性が高い。要は、期待されているのだ。シャルたそは新人だが、勇者になる前から事件に協力したりして、結果を出していた。それを踏まえれば、期待されるのも当然である。
「きっと一筋縄ではいかない仕事だろうけど……頑張って――――」
「シルヴァも連れてこいって、エルダさんから言われた」
「……え?」
思わず耳を疑った。
「お、俺も一緒にエルダさんのところに行くってこと……?」
「うん」
「……」
――――どうしよう。とてつもなく嫌な予感がする。
「おお! よく来てくれたな、二人とも」
呼ばれた通りにエルダさんを訪ねると、彼女はにこやかな顔で俺たちを出迎えた。
エルダさんがこういう顔をしているときは、大抵ろくなことがない。まさに、何かを企んでいるときの表情だ。
「シャルル=オーロランド、まずは勇者試験の合格おめでとう」
「ありがとうございます」
シャルルがお礼を言うと、エルダさんはひとつ頷いた。
「カグヤの指導を受けた君が、試験に合格することは分かっていた。早速ですまないが、仕事を頼みたい」
そう言いながら、エルダさんはシャルたそと俺に一枚の羊皮紙を渡してきた。
紙には、〝廃人化事件〟という文字と、その概要が書かれている。
「ここ最近、男性が襲われる事件が連続して起きている。全員命に別状はないが、魔力を極限まで絞り取られているため、当分は動くことすらままならないだろう」
「ああ……それで廃人化事件ですか」
俺がそう言うと、エルダさんは頷く。
使える使えないは別として、どんな人間にも魔力は存在する。魔力は精神のエネルギー。要するに気力だ。気力を失えば、人は動けなくなってしまう。底をつけば、まさに廃人同然だ。
「十中八九、魔族の仕業だ。この事件の調査を、シャルル、ぜひとも君に任せたい」
「……分かった、頑張る」
「うむ。それでシルヴァ、貴様の仕事は、シャルルの初任務をサポートすることだ」
――――やられた。
俺は思わず頭を抱えそうになった。これを断ったら、まるで俺がシャルたそを大事にしていないみたいではないか。
「やってくれるな?」
「……はい、もちろん」
「うむ、聞き分けのいい部下を持って、私はとても嬉しいぞ」
腕を組んだエルダさんは、満足げに微笑んだ。
思わず引き受けてしまったが、これはあまりよろしくない展開だ。忙しくなってしまうのは、この際どうでもいい。問題なのは、前回の吸血鬼事件と違い、この事件が
――――どうにかアレンに解決してもらえるよう仕込むしかない……。
真面目に事件を調査したのち、情報をアレンに流して解決してもらう。思いつく手段は、もうそれしかない。
「そうだ、ひとつ頼みがあるのだが……」
エルダさんがそう切り出すと、突然部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「あっ! シルヴァくんだ!」
「……げっ」
「何その反応! あたし傷ついちゃうなぁ」
涙を流す演技をしながら、グレーテルは部屋の中に入ってきた。
「なんだ、もう顔を合わせていたのか」
「エルダっちがいっつもシルヴァくんの話をするから、気になって会いに行っちゃったんだよ」
「い、いっつもは余計だ!」
顔を赤くして慌てるエルダさんは、はっきり言ってとてつもなく可愛い。ただ、今は本当にそれどころではない。グレーテルは、この〝廃人化事件〟の中で、アレンと共に行動するはずのキャラ。俺たちと行動を共にしていいはずがない。
「……エルダ騎士団長」
「なんだ、シャルル」
「その人、魔族でしょ。どうしてこんなところにいるの?」
シャルたそは、グレーテル相手に身構えていた。
そりゃそうだ。魔族が急に目の前に現れたら、勇者であるシャルたそは警戒せずにはいられない。
「……うむ、確かにこの女は魔族だ。しかし、我々の敵ではない」
「どういうこと?」
シャルたそがそう問いかけると、エルダさんの代わりにグレーテルが口を開いた。
「確かにあたしは魔族だけど、人間を襲ったりはしないんだ。でも、そういうのって魔族からめっちゃ嫌われるの。だから人間に協力して、ついでに保護してもらおうって思ったんだよね」
「グレーテルは、魔族の組織である〝パンデモニウム〟の情報を持っている。他の騎士団長からはだいぶ反対されたが、ごり押しで私の付き人にしたんだ」
「そうそう! 話の分かるエルダっちがいてくれて、グレーテルちゃん大助かりってわけ!」
そんな軽い言葉と共に、グレーテルは俺たちにピースしてみせた。
さすがは、作中屈指のギャルと言われた女。色々とノリが軽い。
「今回の事件にグレーテルを関わらせるのは、本当に人間側に協力するかどうかのテストでもある。仮に裏切るようなことがあれば、貴様らの手で首を刎ねてくれ」
「そんなことにはならないって! あたしは絶対に裏切らないからさ!」
「……だといいが」
そう言って、エルダさんは苦笑いした。
エルダさんとグレーテルの間には、すでに絆ができているようだった。
故に俺は、複雑な表情を浮かべる。
前にも言ったが、この事件の黒幕はグレーテルだ。彼女を仲間に迎えたエルダさんは、他の騎士団長からひどく責められ、騎士団を懲戒免職となる。そうなってからようやく、パーティメンバーに勧誘できるようになるのだ。
エルダさんが懲戒免職になれば、もう騎士団に勧誘されることはなくなるだろう。
しかし、それを手放しに喜ぶようなやつにはなりたくない。
エルダさんがクビにならない道が、どこかにないものか――――。
「とにかく! 捜査方法は貴様らに任せる! こちらもサポートは惜しまん。必要なことがあれば、すぐに私に言え」
「……分かった」
少し不安そうにしながらも、シャルたそはひとつ頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。