【13】もう、動かない

「れ、……レミーゼ?」


 今度は恐る恐る声をかけてみる。

 もちろん、返事はない。


「っ、だめ、絶対にダメ! ――【回復/体力】発動!」


 レミーゼを助けるために、あたしは回復魔法を使う。

 手を翳し、全力で【回復】をレミーゼに向けて発動する。


「――っ、ううっ、どうして……! どうして治らないの……っ!!」


 でも、治らない。

 傷が治ってくれない。


 ……そうだ、違う。

【回復】に付与すべきなのは【体力】だけじゃない。【外傷】を加える必要があった。


 もう一度、回復魔法をかけ直す。

 そう思って息を整えたところで、気付いた。


「……息、してない」


 もう、レミーゼには回復するだけの【体力】が残っていなかったらしい……。


「あたしが……【反射】なんて使わなければ……」


 先ほどレミーゼが発動した【稲妻】は中級光魔法の一つだ。威力は言わずもがなで、それをあたしが【永続】で発動中の【反射】で跳ね返してしまったのだ。


 予測しておくべきだった。これはあたしの失態だ。

 まさかの事態に防御魔法を使うこともできず、レミーゼは倒れた。あたしの呼びかけに対し、微動だにしない。


 それもそのはず、レミーゼであったはずのソレは、もはや人間と呼べるものではなくなっている。表現とすれば、丸焦げになった……肉の塊だ。


【ラビリンス】において、回復魔法は幾つか存在するが、蘇生魔法だけはなかった。

 だから、もう……。


「うっ、……うぅっ」


 ダメだ、吐きそう。

 直視は無理。でももう遅い。見てしまった。


 限界が来て、あたしは思わずその場で戻してしまう。


 これは……相当、くる。

 視覚的にも、嗅覚的にも、何よりも精神的にしんどすぎる……。


 地下室には、肉の焦げた嫌な臭いが漂っている。そして今もなお、【稲妻】の影響で爆ぜる音が聞こえる。


「あたしが……殺したんだ」


 レミーゼを、あたしが殺した。

 そんなつもりはなかったとはいえ、あたしが人を殺してしまうなんて、思ってもみなかった。


 生まれてこの方、一度だって喧嘩したことがないのに、ここに来て、こんなにもあっさりと、それもあたしがよく知る人物……あの拷問令嬢を……この手で……。


 せめて、ここが【ラビリンス】の中であれば、メインシナリオのボスキャラを倒しただけと考えることもできるだろう。


 けど、ここは現実だ。

 拷問好きな公爵令嬢レミーゼ・ローテルハルクは、確かにあたしの前に存在し、この世界をずっと生きてきた。


 あたしと同じように、一人の人間として……。


「ど、どうすれば……」


 どうすればいい?

 あたしは、今、何をすればいい?


 とにかく、ここに居てはマズイ。今すぐ、逃げよう。

 レミーゼを殺したことを誰かに知られたら、あたしの人生が終わる。この世界で一生逃げ隠れしなくてはならなくなる。


 いや、そうじゃない。自首しないとダメだ。

 どこで、誰に自首をするの? レミーゼの父であるアルバータに直接言う?


 正当防衛を主張すれば、許してもらえる?

 無理だ。絶対に許してもらえるはずがない。そんな話が通じると思うな。


 そもそも、ここはローテルハルク領だ。レミーゼのお膝元とも言える場所だ。


 レミーゼは、領民たちから聖女として慕われている。そんな彼女を殺した奴隷の話になど、誰も耳を傾けてはくれない。

 正直に話した瞬間に、首を刎ねられるか魔法で攻撃されて死ぬのが目に見えている。


 ……じゃあ、どうすればいい?


 レミーゼを放ったまま、逃げ出す以外に道はない。

 だから今すぐここから逃げ出してしまおう。


 でも、もしここであたしが逃げ出してしまえば、アンとドゥはどうなる?

 三姉妹だからと連帯責任を取らされて、処刑されることは……あるのだろうか。


 それは困る。

 外に出たら、まずは二人をどうにかして地下牢から救い出さなければならない。


「レミーゼ様! 如何しましたか!」

「――ッ!?」


 遠くから、声が聞こえた。

 それは屋敷の外で待機しているテイリーの声だ。彼の存在を完璧に忘れていた。


「っ、っ、うううっ! どうすればいい……っ!!」


 ここは地下室!

 もう、逃げ場がない!

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