【8】拷問屋敷にこんにちは

 これが、レミーゼの屋敷……通称、拷問屋敷か……。


 公爵令嬢が父に頼んで特別に造らせた自分専用の屋敷なので、もっと大きなものを勝手に想像していたけど、実物を目にするとそんなことはなく。

 レミーゼ一人が快適に過ごせる程度といったところかな。


「さあ、中に入って」


 言われて従う。

 レミーゼの【隷属】で奴隷化しているというのに、この高揚感はなんだろうか。


 ……ああ、アレか。

 廃墟化する前の拷問屋敷に入るのは【ラビリンス】でも叶わない夢だったので、感動しているのかもしれない。


 ダメだな、笑ってしまう。

 こんな状況にもかかわらず、やっぱりあたしは根っからの【ラビリンス】のプレイヤーだ。


 でも、浮かれ気分でいられるのも今だけだ。

 この屋敷の中には、アレがある。あたしは今からそこに連れて行かれる……。


 一方、テイリーはついて来ないみたいだ。邪魔者が入らないように、屋敷の外で待機するのが彼の仕事なのだろう。

 残念……非常に残念だ。いや、むしろ見られずに済むからよかったのかも?


「どう? これがあたしの隠れ家よ。素敵な屋敷でしょう?」

「はい。物語の世界に出てきそうな空間ですね」

「……ふふっ、貴女って面白いことを言うのね」


 あたしは今、嘘を吐くことができない。だからこの台詞は、あたしの本心から出たものだ。

 それがお気に召したのだろう。レミーゼは嬉しそうに笑っている。


 これで裏表がなければ、本物の聖女にだってなれたはずなのに、とは口にしない。


「ここが居間で、あっちの部屋が書斎でしょう。その横は、お客様用の部屋になっているの。それでね、更に奥の部屋があたしの寝室よ」


 レミーゼは屋敷内を丁寧に案内してくれた。それはまるで友達を家に招待して喜ぶ子供のように……。

 でも現実のあたしには友達なんていないし、むしろ絞首台を一段ずつ上がる時間のように感じた。そして、


「……あと一つ、とても大切な場所を紹介するわね」


 いよいよそのときが訪れたのだろう。

 レミーゼが屋敷の一番奥端の扉の前で立ち止まり、優しく耳元で囁く。


「この扉の向こうにはね、貴女のお部屋があるの」

「あたしの部屋……」


 客室があるのに、それとは別にあたしの部屋がある。レミーゼはそう言った。

 あたしはレミーゼにとって客人ではないし、招待されたわけではない。【隷属】によって主従関係にあるのだから当然だ。


 ふふふと笑いながらも、レミーゼが扉を開ける。

 すると、すぐに下り階段が見えた。どうやら扉の先は地下室になっているらしい。


 というか、知っている。


 実際に見たわけではないけど、あたしは【ラビリンス】のメインシナリオからサブシナリオまで、全てをクリアしている。だからここが地下室になっていることを知っているし、この先に何が待っているのかも……。


「さあ、お先にどうぞ」

「失礼します」


 嫌だ、行きたくない。

 でもあたしに拒否権はない。


 扉を開けた瞬間から、既に異臭が鼻をついている。澱んだ空気が漂い始めている。

 扉を閉めることで誤魔化しているのかもしれないけど、ちゃんと掃除はしているのだろうか。


 あたしを先頭に、階段を一つずつゆっくりと下りていく。

 地下室に着いたけど、当然窓も何もないので真っ暗だ。


「――【点光】」


 とここで、レミーゼが光魔法を発動する。

 杖の先が光り輝き、部屋全体を照らし出す。そして、見た。


「……っ」


 地下室に並べられた拷問器具の数々を……。

 床にこびり付いて取れることのない血痕を……。

 つい最近まで、そこに何かが倒れていたであろう黒ずんだ染みを……。


 今にも鼻がもげてしまいそうになるほどの悪臭が、刺激となって目を攻撃してくる。

 ダメだ、これ以上ここに居たら意識を失いそうだ。早く逃げなければ……!


「うふ、っふふふ、くふふふふっ」


 しかし逃げ場はない。

 背後から聞こえてくるのは、この屋敷の持ち主の含み笑いだ。


「それじゃあ、改めて言うわね?」


 あたしの横を通って振り返り、レミーゼは気持ちよさそうに深呼吸する。


「よーこそっ、わたくしの拷問部屋へ!」


 公爵令嬢レミーゼ・ローテルハルク。

 彼女は、それはもう満足そうに嗤っていた……。

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