奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました

ひじり

【1】目が覚めたら牢屋の中でした

 薄暗い場所で目が覚めた。


「……え、えっ、……へっ?」


 ここ、どこ?

 なんであたし、こんなところにいるの……?


 暗いし臭いしジメジメしているし、床はゴツゴツして冷たい。

 ついでに頭もガンガンする……。


「003番! 静かにしろ!」


 訳が分からずきょろきょろしていると、誰かに怒鳴られた。

 声のした方を見てみると、そこには制服姿の男性が立っていた。……何故か分からないけど、あたしを睨み付けている。


 ……ひょっとして、あたしのことを言っているの?

 003番って……あたしのこと?


 制服姿の男性と、あたしとの間には、棒状の柵がある。これって……もしかして、鉄格子?

 ということはつまり、あたしが居る場所って……。


「……牢の中?」


 いやいや、そんなまさか。

 でも、雰囲気的に牢屋っぽい感じがするし、003番というのは恐らく囚人番号のことだろう。そう考えると、しっくりくる。

 正直言って身に覚えは全くないけど、あたしは捕まってしまったんだって……。


 どうして牢の中にいるのか、まだしっかりとは状況が飲み込めない。

 だからもう一度、今度はじっくりと、今あたしがどんな場所に居るのか調べるために、牢の中を見回してみる。そして見つけた。


「うわっ! び、ビックリした……」


 牢の中に居たのは、あたしだけじゃなかった。

 女性が二人、隅っこで体育座りをしたまま、あたしへと目を向けていた。


 居るなら居るって返事をしてほしい。こんな場所で息を潜められたら、あたしみたいに驚いて声を上げてしまうじゃないか。


「おい! 003番! うるさいって言ってるのが聞こえないのか! それ以上騒ぐと、お前だけ飯抜きにするぞ!」

「……あの、あたしって……003番なんですか?」

「はあ? 何を今更……! 罪人の分際で、監守と対等に言葉を交わせると思うなよ!」


 一応、訊ねてみる。

 でもこれ以上は聞けそうにない。口は災いの元だ。


 罪人が口を開くなと言わんばかりの態度で、制服姿の男性――監守に怒声を浴びせられた。

 その様子から察するに、003番というのは、どうやらあたしのことで間違いないらしい。


 言われた通りに口を閉じて大人しくすると、監守は大きなため息を吐いて鉄格子の前から離れていく。


「……おい、おいっ」

「え?」

「トロア、大丈夫だったか?」

「そうよ、急にどうしちゃったのよ?」


 人数的に、恐らくは001番と002番の女性二人が、小声で話しかけてきた。


「……トロア? って、何ですか?」

「は? お前の名前だろ?」


 あたしの名前……? トロアが? ……いや、初耳なんですけど。


「ねえ、さっき倒れた拍子に頭をぶつけちゃったんじゃないの?」

「確かに……じゃないと自分の名前を忘れたりしないよな」


 いやいや、あたしの名前はトロアじゃないです。

 なにその外国の人みたいな名前は……?


「だとすれば、わたしたちの名前も忘れてるかも……」

「ああ、かもしれないな」


 まるで重症の患者でも見るような表情で、二人があたしと目を合わせる。

 そしてあたしの手をギュッと握り、優しく語りかけてきた。


「おい、分かるか、トロア? 私が長女のアンで、こっちが次女のドゥ。それでお前が一番下のトロアだ」

「そうよ、わたしたちは仲のいい三姉妹。覚えてるわよね?」


 なにこれ、新手の刷り込み詐欺ですか?

 あたしの記憶が間違っていなければ、あたしに姉はいないし、生まれてこの方ずっと一人っ子のはず。ましてや生まれも育ちも日本だ。


 いや、そうじゃない。

 この二人――アンとドゥは、あたしのことをトロアって人と勘違いしている。

 だからあたしとの会話にすれ違いが起きているんだ。


 トロア。この名前に聞き覚えはない。

 というか、001番と002番がアンとドゥで、003番のあたしがトロアって、フランス語の数字じゃないんだからさ……。


 ただ、一つだけ理解できたことがある。


「……あの、ここって日本じゃないですよね?」

「に、にほん? なんだって?」

「あぁ、やっぱりいいです……そうですよね、知りませんよね」


 日本語が話せるのに、彼女たちは日本のことを知らない。

 でも、ここは日本語が通じる世界……。

 そして、牢の中に居るのに、どことなく感じる懐かしさ……。


 そんな場所を、あたしは一つだけ知っている。


「……【ラビリンス】」


 それは、現実とは異なる世界空間。

 あたしの大好きなVRMMO――通称【ラビリンス】。


 その名称が、あたしの頭にふと浮かび上がるのだった。

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