第13話 目出し帽のヒーロー
煌びやかなクラブ内のソファーの奥の隅には黒髪をオールバックにした釣り目のガタイの良い男が、踏ん反り返っていた。この男は
その傍いる十数人の幹部たちと着飾った女たち。いずれも薄ら笑いを浮かべつつ、店の中心で行われている宴を眺めている。
中央の椅子には舞と同じ中学生くらいのおかっぱ頭の茶髪の少年が鎖で拘束されている。彼の名前を舞は知らない。舞同様、この悪質な組織を抜けたいと言ってこんなふざけた制裁を受けている犠牲者の一人だ。
幹部の一人がリズムカルに両手を叩いて、
「さあさあ、舞ちゃん、君の勇気をみてみたい♬」
歌いだす。
「貴方の勇気を見てみたい♩」
女たちも弾むのような声色で拍手をしてテンポをとる。
(狂ってるっ!)
自身の歯がガチガチと煩いほど打ち鳴らされているのを自覚しながら、震える右手でナイフを握り絞める。
本当にどうかしていた! こんなバイト、応募などしなければよかった! そうすれば今頃家で家族の団欒中だったはずだ。少し冷静になって考えれば、あんな高額なバイト代をたかが高校生に払うわけがなかったんだ。
元々興味があったイラストのバイト。プロから教えてもらえるという触れ込みに舞はとびつき、喜びいさんで指定の場所に向かう。
そこはビルに一室で幾人かの若者たちが集められており、チラシを作らせられていた。それは明らかに如何わしい内容の広告。すぐに詐欺だと気づき、バイトを辞めたいと店長に伝えたところ、身柄を拘束されてこの場所に連れて来られてしまったのだ。
「はやーーくやれよぉ。じゃねぇと、お前の妹や母ちゃんも攫ってくるぞっ!」
「ひっ!?」
口から小さな悲鳴を上げて身を強張らせる。わかっている。やらなければ、こいつらは本気でそれを実行する。妹と母も攫われてこいつらの玩具になる。それだけは御免だ。
震える手でナイフを振りかぶる。
「やめて……」
ガタガタと震えつつも、懇願の台詞を吐く茶髪の少年。たったそれだけで、決意したはずの右手はピタリと止まる。
「やれっ!」
(ごめんなさいっ!)
ナイフは一直線でブレーザーをきた中学の左肩を掠めて背後の壁に突き刺さる。
「あぎゃっ!」
絶叫を上げて椅子ごと床に転がり、もだえ苦しむ。
「あーあ、肩か……しかも、掠っただけかよ! ちゃんと脳天ねらえよぉ!」
苛立ち気に叫ぶ
「我頭、今回は俺の勝ちだ。さあ、300万払えよ!」
サングラスに無精髭の男が我頭に勝ち誇った顔で右の掌を上にして突き出すと、
「くそがぁっ!」
脇にある札束をサングラスに無精髭の男に渡す。
「次だ! 次は絶対に負けねぇ。今度は右の脇腹に500だ!」
「じゃあ、俺は左腕に300」
そんな狂った会話が交わされる中、
「もういやっ!」
そう叫んで、頭を抱えて蹲る。流石にもう限界だ。こんなこと、もうできない。
「早くやれ! じゃねぇとお前の親類縁者全てを的にすんぞっ!」
いかつい顔を近づけると恫喝してくる。
そして、サングラスの男が、今も痛みと恐怖に泣き喚く少年の椅子を立たせると、舞を定位置に立たせるとナイフを渡してくる。そいて――。
「お前に選択肢などねぇんだよ」
いやらしい笑みを浮かべつつ、そう宣告してきた。
同じく――。
「さあさあ、舞ちゃん、君の勇気をみてみたい♬」
「貴方の勇気を見てみたい♩」
幹部と女たちがリズムカルに歌を歌いだす。
今度こそ、投げれば命に係わる。それは舞がこいつらと同じ外道に落ちるということ同義。
情けなかった。こんな境遇に置かれた自分自身の不甲斐なさが。
許せなかった。己の身可愛さに最も嫌悪していることをしてしまっている自分が。
憎かった。こんな奴らに従おうとしている自分自身が。
舞が憧れる漫画なら、こんな胸糞の悪いクズどもは正義のヒーローにより倒される。でも、これは現実だ。そんな都合の良い
「助けて……」
それでも口から出たのは、存在すらしないであろうヒーローへの救いの言葉。
「あー?」
「お願いッ! 助けてよぉッーー!」
舞が声を張り上げたとき、ドアが吹き飛ぶ。そして、血だらけの金髪坊主の男が放り投げられる。そして黒い目出し帽の男が入ってきたのだ。
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