第62話 姫様と魔王、友情をはぐくむ
それは本来であれば、決して交わる事ない二人であった。
しかしとある竜王の手によって好き勝手に捻じ曲げられた運命に翻弄された結果、彼女達は出会ってしまったのである。
というか、実際にはもっと前に――酔っ払ったアマネによって強制召喚されられたあの場で出会っていたのだが、あの時は二人とも気が動転していたため、お互いの顔をほぼ覚えていなかった。
「――なるほど、自分に自信を持ちたい、と……」
「そうなのですじゃ……。儂、こんな性格じゃし、周りの者達に迷惑かけてばっかりじゃから……。いや、今も進行形でかけておるのじゃが、もうそんな弱い自分が嫌じゃ。嫌なのじゃ! じゃからお願いします。儂を弟子にして下さい。貴女と一緒に居れば何かが変われると思うのじゃ」
とりあえずパトリシアはイーガから事情を聞いた。
「……とりあえず害意はなさそうですわね……」
というか、話の端々から漂ってくる苦労人オーラが、どこか自分と重なったのか、パトリシアは妙にこの魔族に親近感を抱いた。
思い返せばパトリシアは魔族について知識としては知っていても、直接会った事もなければ話をした事もない。
これは魔族を知る良い
「分かりました。詳しい事情は聴きません。私としても魔族を知る良い機会ですし、同行を許可しましょう」
「ほ、本当かえ!? お、恩に着るのじゃ!」
「ただし! 私と一緒に来るからには、一つ条件がありますわ」
「じょ、条件……?」
果たしてどんな条件だろうか? イーガはごくりと息をのむ。
パトリシアはふっと微笑み、懐からソレを取りだした。
「この蝶の仮面をかぶる事です。この仮面を被れなければ――」
「喜んでっ!」
イーガは迷うことなく頷いた。
だってそれカッコいいもん。
むしろこっちからお願いしたいくらいだった。
「ふっ、面白い方ですね、アナタ。私の名前は……そうですねパト……パトリーとでも呼んでください。アナタは?」
「イーガじゃ。よろしく頼むぞ、パトリーよ」
握手を交わし、イーガは蝶の仮面を装着する。
こうして仮面の二人組が爆誕したのであった。
そしてイーガの性格矯正が始まった。
「自分に自信を持ちたいのであれば、まずは声をはっきりと! 背筋も伸ばす! 声や舌、姿勢も筋肉や魔力と同じ、使わなければ鈍り錆びるのですわ! あとちゃんと相手の眼を見て話す!」
「……わ、わかったのじゃ……」
「声が小さいっ!」
「分かったのじゃー!」
仮にもパトリシアは王族の英才教育を受けてきた身だ。その中には当然、社交術や帝王学も含まれている。それをイーガに叩きこんだ。
……やってることは、どちらかといえばスポ根のような根性論にも見えるが、その方がイーガには合っていると思ったのだろう。
実際、効果はてきめんだった。
「自信とは心の持ちよう! まずそのネガティブな思考をおやめなさい! あらゆる可能性を想定するのは悪い事ではありませんが、悪い事ばかりを考えていては何も始まりません。成功した自分! 勝った自分を思い浮かべるのです。そう……イメージするのは常に最強の自分ですわ!」
「分かったのじゃ。……つまり体は剣で出来ているということじゃな? 血潮は鉄で――」
「おバカ! 危険な真似はおやめなさい!」
勿論、イーガが危険な道に逸れようとすれば全力で矯正する。
というか、それは言っちゃいけない。色んな意味で。
「次に度胸! 度胸を付けたいのなら実戦あるのみ! 数をこなし恐怖に慣れればよいのです! 恐怖とは遠ざけるのではなく、共に歩むモノだと知りなさい!」
「わ、分かったのじゃ!」
「さあ、モンスターを片っ端から倒しますわよっ!」
「や、やってやるのじゃー!」
イーガは最初こそモンスターに怯えて手も足も出なかったが、パトリシアのサポートもあり次第にモンスターとも戦えるようになっていった。
それはつまりイーガが自分の力を自覚し始めたということでもある。
「
「ギャアアアアアア……」
灰燼となったモンスターを見て、パトリシアは茫然とする。
「こ、これ程の魔力とは……」
「駄目じゃったか? そうじゃよな。きっとこの程度の魔法じゃ弱すぎじゃよな……」
「強過ぎってことですわっ」
「ふぇ……? わ、儂強いのか? この程度、大したことないっていつもお父様が言ってたのに」
「貴女のお父様はどれだけ大きな尺度で貴女を測っていましたの……?」
パトリシアは知る由もないが、イーガの父親は元魔王――つまり最強の魔族だ。
イーガの父は彼女が己の力に溺れぬよう厳しく育てたのだが、それが災いし、イーガは己を極端に過小評価するようになってしまった。それでも多少の実戦でも学べば世間とのズレも矯正できただろうに、イーガは全く実戦を経験しないままに魔王に担ぎ上げられてしまった。
マケールをはじめとした四天王やアイは事前に先代魔王からイーガの本当の実力を聞いていたため、彼女が魔王になる事に異論はなかった。異論があったのは自分の力を全く自覚していなかったイーガだけだ。
――所詮は、血の繋がりだけで魔王になった小娘。
イーガは本気でそう思っていたのだ。
でも違ったのだ。イーガには力があったのだ。ちゃんとした実力があったのだ。
その事を、イーガはようやく自覚したのである。
「楽しい……。儂、今すごく楽しいぞよ、パトリーよっ」
そもそもイーガはこれまで碌に運動もしなかったのだ。体を動かす事の楽しさも相まって彼女のテンションは上がり続けた。
「そう言って頂けて嬉しいですわ。私もこんなに自由に冒険したのは初めてです」
「なんと、お主もそうじゃったのか。ならば儂らはやはり似た者同士じゃな」
「ふふ、そうかもしれませんわね」
人と魔族の垣根を越えて、二人は友情をはぐくんだ。
相性が良かったのもあるのだろうが、それ以上に立場を気にせずに本音で語り合えるという状況が功を奏したのだろう。
パトリシアも、イーガも心の底から笑みを浮かべ、冒険を楽しんだ。それがたとえ、束の間の偽りの日々であったとしても。
「ねえ、イーガ……私、貴女とずっとこうしていたいですわ。でも……そう遠くない内に私は帰らなければならない。私が本来居なければならない場所に……」
「お主も、か。儂もじゃよ。帰らねばならぬ場所がある。残してきた者達には、ちゃんと詫びねばなるまい」
二人とも、この時間が永遠に続けばいいと思っていた。
だがそれ以上に、いつかは終わりが来る関係だとも気付いていた。責任を放棄し、眼を背け、逃げ出したのは彼女達だ。
だからこそ、戻らなければならない。本来、自分達が居るべき場所へ。
「ねえ、イーガ。最後にもう一度、ダンジョンに潜りません?」
「構わんよ。そうじゃな……十五階層。そこの階層主を倒して終わりにするのはどうじゃ?」
「良いですわね。そうしましょう」
パトリシアの提案を、イーガはすんなりと受け入れた。
二人はこの冒険の締めくくりにダンジョンへと向かう。
そこで十五階層の階層主を目指して。その道中、二人はエリアボスに遭遇し、傷付いた冒険者たちを見つける。
レッサー・ヒュドラは想像以上に強く、戦闘は長引いたが、予想外の乱入者の手もあって無事に倒すことができた。
そして二人はアマネ達と出会ったのである。
あとがき
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