第49話 竜王様、反省する

 ――ここ最近、サッシーはすこぶる機嫌が良かった。


「ふんふふ~ん♪ ふふふ・ふ~~ん♪」


 小刻みに頭を揺らし、鼻唄混じりにレポートを作成する様子からも、それは見てとれる。理由は彼女の目の前にある数枚の葉っぱだ。手を広げたような特徴的な形状をした葉で、イチジクによく似ている。

 この葉っぱが彼女の機嫌をすこぶる良くしている理由だ。


「いやぁ、やっぱり緑王樹は素晴らしいっ。なんて研究し甲斐のあるサンプルなんだ」


 アマネから貰った緑王樹の葉は、彼女にとって劇的で、感動的で、革新的だった。

 緑王樹の葉は通常の薬草よりも魔素の濃度が高く、あらゆる薬品との結合性、親和性が高い。

 例えば市販されている回復薬に緑王樹の葉を煎じた汁を加えるだけでその効果は数倍に跳ね上がる。しかも体力を回復する赤い回復薬、魔力を回復する青い回復薬どちらにも適正があるのだ。

 それだけでなく煎じた汁をそのまま飲むだけでも体内の免疫機能の向上が見られた。風邪くらいならすぐに回復し、重い持病であっても劇的な回復効果が見て取れた。花粉症や蜂の毒のようなアレルギー反応にも効果があり、しかも完治可能。


 ――万能薬。


 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 これは正しく万物に通じる素材だ。


「ふふふ……最高だ。葉っぱだけでこんなに素晴らしいなんて。もしこれが樹液や果実だったらいったいどれほどの効果が……」


 それを想像し思わず生唾を飲む。

 緑王樹に生ると云われる伝説の果実――名をアンブロシアという。

 あらゆる万病を治し、永遠の命をもたらすとも、莫大な魔力を授けるともいわれている。

 もしそんな素材を研究する事が出来たのなら、彼女にとっては至上の喜びであろう。

 そんな興奮冷めやらぬ表情をする彼女に、助手が心配するように声を掛ける。


「所長、いくらなんでも働きすぎですよ……。少しは体を休めて下さい」


「何を言うんだ。今、頑張らないでいつ頑張るっていうんだ。ボクは今ほど充実感を得たことはないよ。むしろ休んでこの感動を覚ましてしまう事の方が恐ろしいね」


「だからといって、疲労で倒れたら意味ないでしょうに……」


「問題ないよ。ほら、これ」


 サッシーは机の脇に置かれた緑色の回復薬を指差す。


「……ドラゴンエナジーですか。そういえば、最近冒険者の間で流行ってますね」


「ボクも気になって回してもらったんだけど、これ凄いね。通常の回復薬の数倍の効果がある」


 その言葉に助手は首をひねる。


「いやいや、それはおおげさですよ所長。ワタシもこれ飲んでみましたけど、効果自体は普通の回復薬とほとんど変りませんでしたよ?」


「そりゃ希釈してるから当然だろ?」


「え?」


「……気付いてなかったのかい? 呆れたなぁ……」


 サッシーの言葉に助手はポカンとする。

 対してサッシーは助手の反応に呆れてしまう。そんな事にも気づかないとは嘆かわしい。


「上手く誤魔化してるけど、これ三分の二は水だよ。しかも素材は既存の安物。配合比率を変えただけでここまで効果が変わるなんてボクも驚いたものさ。ボロ儲けも出来るのに、わざわざ希釈するなんて、薬師組合に配慮したんじゃないかな? 調べたら販売元があのブルーローズだったし、アイツ・・・の考えそうな事だよ。はぁ……ちっとも変ってないね。善人ぶりやがってさ」


「……お知り合いですか?」


「さあね、知らないよ。ところでさっきから手に持ってるその書類はなに?」


 サッシーは話をそらすように、助手が手に持っていた書類に目をやった。


「これですか? 実は騎士団の第二詰所で集団食中毒が発生したみたいで、原因究明のための調査依頼がきてるんですよ。所長にも来て欲しいと言われているのですが……」


「えー、面倒臭いなぁ。ボク忙しいし、ジョシー 行って来てよ」


「了解しました。でもいいんですか? 所長、アマネさんと懇意にしてましたよね?」


「うん。それがどうしたの?」


「報告書によると、騎士団の方々はアマネさんが持って来た野菜やお肉を食べた後、体調を崩しているのですが……」


「なんでそれを早く言わないのさっ」


 サッシーは助手と共に急いで騎士団の詰所へ向かった。





 騎士団の詰所にて――。


「うーん、これは魔力酔いだね」


 騎士達の症状を見て、サッシーはすぐにその原因を突き止めた。

 ベッドに寝かされた騎士達を看病していたポアルが訊ねる。


「まりょくよいってなんだ?」


「うん。お酒を飲めば酔っ払うでしょ? 度数の高いお酒だと症状も酷くなるよね? それと同じように高濃度の魔力を過度に短時間のうちに体内に摂取すると似たような症状が起こるんだ」


 お酒を飲まないポアルにはその例えはピンとこなかったが、隣に居たアマネは何故か「お酒……二日酔い……うっ頭が……」とつぶつぶつ言っていた。


「とりあえず症状は軽いみたいだし、これなら薬師組合から処方してもらえる薬で問題ないね」


 サッシーはさらさらと手紙を書くと、それを助手に渡す。


「これ、薬師組合のヤブンに届けて。サッシーからの手紙って言えば通じるから」


「了解しました」


 助手が頭を下げて去ってゆく。

 それを見届けると、サッシーはアマネたちに向き合った。


「さて、君たちがここに居てくれたのは好都合だったよ。こちらから訊ねる手間が省けた」


「あの……今回の食中毒ってやっぱり原因って」


「間違いなく君たちの畑で採れた野菜だろうね」


 はっきりとサッシーは断言する。


「もう見た瞬間に分かったよ。この野菜、普通じゃ考えられないくらいの魔素が詰まってる。……というか、もう色味がヤバいし。よくこんなの食べようと思ったね」


 サッシーはアマネの持って来た極彩色の野菜を見て軽く引いた。

 少なくとも他に食べる物が無かったとしても、これだけは手を出さないだろうというレベルの色合いだ。

 余程騎士団は飢えていたのだろうかと、サッシーは騎士団の台所事情を憐れんだ。


「まそってなんだ……?」

「カラフルな見た目で普通に美味しそうじゃないですか」


 首を傾げるポアルと、抗議の声を上げるアマネ。


「食欲失せるでしょ、こんなの……。いいかい、魔素ってのは魔力の元みたいなものだよ。体の元になるのが栄養なら、魔力の元になるのが魔素」


 サッシーの説明に、アマネ達はなるほどと頷く。


「魔素の多い少ないって見て分かるんですか?」


「ついさっきまで似たような葉っぱを研究してたからね。これはボクの予想だけど、この野菜ってひょっとして緑王樹の近くで育てたんじゃないの?」


「そ、その通りです……」


 やっぱりかーとサッシーは頭を抱える。


「で、でも私達は食べても平気でしたよ?」


「君らは普段から緑王樹のそばで生活してるし、魔力の素養も強い。耐性のある人間なら、むしろ積極的に食べた方がいいだろう。騎士団の皆もこれで多少耐性が付くだろうし、今度はこうはならないんじゃないかな?」


「そ、そうですか……」


 アマネ達は安堵の表情を見せる。


「しかし本当に凄いね、緑王樹は。こうして周囲にも影響を与えるなんて。やっぱり伝承で伝え聞くのとは大違いだ」


「ッ……そ、ソーデスネー」


 その言葉に、アマネが妙に気まずそうな表情を浮かべる。実際、緑王樹ではなく、自身の皮が原因だ。……口が裂けても言えない事だが。


「じゃあ、とりあえずここにある野菜や果物。あとお肉と魚か。全部、ボクが買い取らせてもらっていいかな?」


「え、いいんですか?」


「もちろん、とりあえず相場が分からないから後払いでいいかい?」


「いやいや、良いも何も私達が原因なのに……」


「それはそれ。これはこれだよ。ボクとしては貴重な研究材料が手に入って嬉しいのさ。調理や食べ方を工夫すれば、むしろ騎士団の戦力増強にもつながるかもしれないしね。……まあ、もっとも」


 そこでちらりとサッシーはアマネの方を見る。


「作物がこうなった原因が緑王樹だけ・・なら、ね」


「ッ……」


 まるで他にも原因があるのではないかと疑うサッシーに、アマネは思わず目を逸らした。

 ともあれ、こうして騎士団で起きた集団食中毒事件はサッシーの働きもあり、表向きは原因不明という事で幕を閉じるのであった。


 



 ――いやぁ、サッシーさんが来てくれて本当に良かった。


 おかげで無事に事なきを得ることが出来た。野菜に魔素が含まれてるのは気付いてたけど、まさかあの程度の魔素濃度に体が耐えられないなんて。人間とはなんと脆いのだろう。


 私やポアル、アズサちゃんを基準に考えるのは危険だね。

 もうちょっと普通の人間を参考にしないと駄目だな。

 となると誰だ? 

 アナ店長? ……いや、あの人は私達とは別ベクトルでおかしい気がする。

 デンマさんは人じゃないし、パトリシアちゃんは王族だし、サッシーさんは私を竜だと信じれる唯一の人間だ。

 ……あれ? そう考えると私の周りって普通の人居なくない?

 参考にならないじゃん。


「あまね、どうかしたの?」


「……いや、普通ってなんだろうなって……」


「?」


 ポアルは首を傾げる。

 私も首を傾げる。普通って難しいね。

 ともかく畑に関してはもう少し自重しよう。私はそう決心するのだった。


 ……いや、実を言えばあの後、皮だけじゃなく爪とか髪の毛とかも畑の一部に蒔いちゃったんだよね……。

 

 今のところ何も起きてないみたいだけど注意はしておこう。


「みぃ……?」


 するとポアルの抱いたミィちゃんがなにやら不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。

 どうしたのだろうか?

 自宅へ向かうまでの間、ミィちゃんはずっと私の方を見ていた。

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