第46話 竜王様、畑を作る。……本人曰くごく普通の

 最初にやりたいことは畑作りに決まった。

 という訳で、私達は外に出る。

 するとアズサちゃんがおずおずと手を上げた。


「……あの、ところでずっと気になってたんですが、庭にあるあのでっかい樹はなんなんですか?」


「ああ、あれ緑王樹って樹らしいよ。サッシーさんがそう言ってた。なんか気付いたら生えてた」


「説明が雑っ!? え、いつの間にか生えてたって……えぇー……」


 だって正直に説明しても信じて貰えないから仕方ないんだよなぁ。

 アズサちゃんもそうだが、この世界の人々は『ドラゴン』という存在を信じようとしない。一体どうしてそうなのかは分からないが、そういう『認識』なのだ。

 緑王樹のような竜界に連なる植物に関しても同様の認識だ。

 見えているのに信じない。分かっているのに理解しようとしない。深く考えない。

 それがこの世界の竜と竜界に関する常識であり、認識。

 一体何故そうなのかは分からない。

 世界中枢記憶にアクセスしてもその辺の情報は無かったし、私の中ではこの世界はそういう世界なんだという事で納得している。


「ゲームに出てくるようなでっかい樹ですねー。でもザ・ファンタジーって感じで嫌いじゃないです。うん、まあ突然生えてたんなら仕方ないですね。全然納得できないけど、受け入れます」


「なら良かった」


 アズサちゃんも緑王樹を受け入れてくれたようだ。


「じゃあ、みんなで畑をつくろー」


「「おぉー!」」

「ミャゥー」


 という訳で、まずは準備だね。

 実際、畑を作るといってもどうやればいいのだろう?

 うーん、世界中枢記憶にアクセスすれば、簡単に分かるけど、それじゃあ味気ないんだよね……。

 やり方が完全に分かった上で行うのはただの『答え合わせ』だ。

 専業農家がするような本格的な畑作りならばそれでもいいだろうが、私達のはあくまでも趣味。

 分からないところから、手探りで始めるからこそ面白味があるのである。

 それが休暇の醍醐味だよね。

 

「それじゃあとりあえず土の状態から確かめましょうか」


 そう思っていると、アズサちゃんが声を上げる。


「……土の状態?」


「はい。野菜にしても、果物にしても、何を育てるにもまずは土の状態を確かめなきゃいけません。生産系ルートもばっちり予習して来たから任せて下さいっ」


「お、おぅ……」


 アズサちゃんはさっそく土の状態を確かめる。どうやるのだろうと見ていたら、土を握って、まるいおにぎりのような形にした。それを軽くつつくと、ぽろぽろと形が崩れる。


「へぇ……この土、凄く状態が良いですね。握っても丸まらないなら保肥性がよくないですし、形になっても崩れにくいと通気性や水はけも悪いんですけど、ここの土壌はどちらの条件も完璧に満たしてます。これならすぐに種をまいても良いくらいですけど、いちおう堆肥とか肥料も混ぜましょうか。きっと野菜も良く育つと思いますよ」


「ほへー、凄いねアズサちゃん」


「えへへ……」


 私に褒められてアズサちゃんは嬉しそうにする。


「魔法で何とかする事も出来るみたいですけどね。それじゃあ面白味もないですし、最初は自分達の手で作ってみましょう」


 お、アズサちゃんも私と同じ意見みたいだ。嬉しいねぇ。


「そうだね。作って楽しむことが目的なんだし。まあ、勿論上手く出来るに越したことはないけど。それにしても堆肥かぁ。どこで手に入るのかな?」


 するとポアルが手を上げる。


「あまね、この辺、郊外だから農家もおおいよ。頼めば分けてくれると思う」


「いいね。それじゃあ、行ってみようか」


 ポアルの提案通り、私達は近くの農家さんへ向かい、堆肥を分けて貰う事にした。

 勿論、タダで貰うのは悪いので、仕事も手伝うと言うと喜んで分けてくれた。

 牛の乳搾りって面白いね。牛乳ってこうやって出来るんだ。

 堆肥を貰うと、私達はさっそくそれを混ぜて畑を作る。

 広さはテニスコート二つ分くらいかな。三人で耕すとなると結構な広さだ。


「ダィー。ダイ、ダィィー」


 ダイ君は畑作りが興味深いのか、畑のヘリでぴょんぴょん飛び跳ねている。ちょっと可愛い。

 堆肥を分けて貰った農家さんからクワも借りてきたし、これでザクザク耕してゆく。


「……ふぅ、良い感じになって来たね」


「ですね。農作業って普段とは違う筋肉を使うから、結構疲れますね……。腰が結構きついです」


「つかれたー……」


「ミャゥー」


 ポアルとミィはもうくたくたという感じだった。私も結構汗をかいたよ。


「そろそろいったん休憩にしようか」


「賛成です。さっきの農家さんから牛乳やバターも貰いましたし、これでシチューでも作りましょうか」


「お、やったー♪」


 アズサちゃんの作るシチューかぁ。楽しみだ。


「じゃあ、私は準備に取り掛かるので、皆は休んでて下さい」


「何か手伝おうか?」


「野菜とかの下処理は、全部朝のうちに済ませてるから大丈夫ですよ。ゆっくり休んでてください」


「ありがとね。それじゃあ甘えさせてもらおうかな。あ、そうだ。アズサちゃん、よかったらアレ、飲んでよ。私の作ったドラゴンエナジー。冷蔵庫に冷やしてあるからさ」


「いいんですか!? やったー! アマネさんの手作り回復薬が飲めるなんて、疲れが吹き飛んじゃいますよ! じゃあ、ありがたく貰いますね! うっひょーい♪」


「あ、うん……一本だけだよ? 飲みすぎちゃ駄目だからね?」


 ぴゅーっと風のように家に走ってゆくアズサちゃんのはしゃぎっぷりに私はちょっと引いた。そんなに回復薬が飲みたかったのだろうか?


「あまねー、見て見て、またでっかい虫採れた!」


 畑仕事を終えても、ポアルは元気いっぱいだ。ミィちゃんと虫取りをしていたらしく、手に持った虫を見せびらかせてくる。


「おぉー、凄いね。今度はクワガタかな?」


「これは食べれる?」


「……流石に無理だと思うよ。アズサちゃんのご飯があるからそっちを食べよ?」


「むぅー、じゃあ逃がす」


 ポアルは捕まえたクワガタを庭に離す。

 クワガタは以前、ポアルが捕まえたカブトムシ同様、緑王樹の幹に止まった。

 虫だと認識できるんだよね、緑王樹。

 受粉とかしてくれないと困るし、魔法の対象外にしてある。


 ……というか、前に捕まえたカブトムシがやたらでっかくなってる気がする。


 捕まえた時はポアルの手に収まる程度だったのに、今は三十センチくらいになってない?

 しかもなんかポアルやミィちゃんと似たような魔力の波動を感じるし、なんかあの姿、擬態のような気が……。

 あ、カブトがクワガタに気付いた。

 お互いに角を動かして会話してるのかな?

 なにやらやり取りをした後、カブトは幹の上へと登って行った。

 残されたクワガタが美味しそうに樹液を舐めてる。

 

「仲良くしてるならまあ、別にいっか。そんなに気にする事でもないだろうし。……それにしても」


 私はちらりと畑を見つめる。

 ……肥料って堆肥だけで足りるのかな?

 せっかくならもっと栄養が良いモノも混ぜた方が野菜の育ちも良いんじゃなかろうか?

 私の脱皮した皮で緑王樹が生えたんだし、この世界では私の皮は凄く良い養分になるのだろう。


 ……でも自重した方がいいよね。

 

だって普通に脱皮した皮でこの世界では超激レアな緑王樹が出来たんだし、下手に混ぜると何かとんでもないモノが出来る可能性もある。

 ……でもどんなのが出来るんだろうか?

 気になる。


「あー、なんか痒いなー。これはあれだなー。日焼けしちゃったかもしれないなー」


 私はポリポリと身体を掻く。

 ぺりっと皮が少し取れた。

 本当にほんのちょびっとだけ。


「あー、うっかり皮が剥げてしまったー。これは仕方ないなー。不可抗力だよなー」

 

 私は自分の皮を魔法で細かく砕くと、種と一緒に畑に蒔いた。


「あまね、さっきからなんかブツブツ言ってるけどどうした?」


「んーん、なんでもないよ、ポアル。うん、ホント、全然、何でもないから気にしなくていいよ」


「……?」


 ポアルは微妙に納得していないように首をかしげている。


 さーて、それじゃあアズサちゃんのシチューを食―べよっと♪

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