第16話 竜王様、朝から焼肉を食べる

 さて、朝食だ。

 解体したイノシシ肉が目の前に山のように盛られる。


「調理器具も殆ど無いし、外で焼き肉にしようか」

「やきにく♪」

「ミャァ♪」


 焼肉と聞いてポアルとミィちゃんは涎を垂らす。

 焼く台は昨日のお札が貼ってあった大きな石を削って準備する。加工すれば丁度、アズサちゃんの世界のホットプレートくらいの大きさになった。それを炎魔法で熱して、でっかいブロック肉を乗せる。


 ジュゥゥゥゥ……。


 お肉の焼ける音と共に香ばしいいい匂いが漂ってくる。空腹にこの匂いは破壊力が強すぎる。


「あ、あまね……はやくっ。はやくっ……じゅる」

「ポアル、もうちょっとの辛抱だよ……じゅるる」


 私もポアルもお肉に釘づけだった。だが我慢だ。外側をしっかりと焼き、内側へは余熱をじんわりと通すように繊細に行う。

 竜界で仕事に忙殺されていた私の唯一の楽しみは食事だった。時間も無かったので簡単で手早く出来る調理しか出来なかったが、それでも火加減一つで料理は劇的に美味しくなることを学んだ。


「よし、焼けた……」


 大きな肉の塊を、同じく石を削って造ったお皿に移すと、同じく石を削って造ったナイフとフォークで切り分ける。魔法で切り分けては駄目だ。調理前ならまだしも、しっかりと調理したお肉では魔力が余計な働きをして肉の味を下げてしまう。

 ナイフを入れた瞬間、溢れんばかりの肉汁が滴り落ちた。ああもう、なんで肉汁ってこんなに美味しそうなんだ。ぐっと堪えて、程よい大きさに切り分ける。ポアルは一言も話さず、肉だけを見ていた。


「じゃあ、食べようか」

「食べるっ!」

「ミャァ!」


 待ってましたと言わんばかりに、ポアルが返事をする。

 焼肉と言うよりステーキに近いけどまあ細かい事は気にしない。


「「いっただきまーーす」」


 私達はお肉を口に入れた。


「…………うっま」


 なにこれ、美味しすぎない? こっちの世界のイノシシってこんなに美味しいの? 噛めば噛むほど溢れ出す旨味。しっかりとした肉の繊維を感じつつも、けっして硬すぎず程よく噛み千切る事が出来る。というか脂身が美味しい。甘い。脂身なのに全然油っぽくない。クドさが無いといえばいいのだろうか? とにかく美味しい。


「むぐっ……むぐっ」


 ポアルも夢中でお肉を頬張っていた。ミィちゃんも小さく切り分けたお肉を美味しそうに食べている。

 うーむ、しかしただ焼いただけでこれだけ美味しいとなるとやっぱり塩や調味料が欲しくなるなぁ。アズサちゃんの世界の知識のおかげで調理法や様々な調味料の存在も知る事が出来た。

 ただ焼くだけでなく、煮込んだり、他の食材と組み合わせたりすれば、このお肉は皿に美味しくなるだろう。

 せっかくの休暇なんだ。今まで出来なかったちゃんとしたお料理にも挑戦したい。


「……そういえば、こっちの世界に来てこれが最初の食事か……はむ」


 私は改めてお肉を口に入れる。

 ……美味しいだけじゃなく、心が満たされていくのを感じる。


「あまねっ! おいしいね! 私、こんなおいしいお肉はじめて食べたっ」

「ミィー♪」


 花の咲くような笑みを浮かべるポアルとミィちゃんを見てると、その理由が分かる気がする。

 久しぶりに誰かと一緒に食べる食事は本当に美味しかった。


 

 朝食を終えた後、私はふと気になってポアルに聞いてみた。


「そういえばポアルって普段は何食べてたの? あの反応じゃ森にはあまり入らなかったんじゃない?」

「近くには河もあるから、魚とか獲ったりしてた。あとたまに町に出て残飯漁ってた」

「残飯……」

「町に行くとよく石を投げられた。だから人気のない夜に漁りに行ってた。狩りに失敗すると、そうしないと食べ物手に入んなかった」


 ハーフに対する差別って本当に根強いんだね。こんなに可愛い子にそんな仕打ちをするなんて。

 休暇じゃなかったら世界を滅ぼしてるところだった。


「いつもは見つかれば住処も燃やされたりするんだけど、ここは運よく人間に見つからなかった。だからずっとここに居た」

「ミィー」


 成程、森の中にあったから見つかりにくかったんだね。

 しかしそれを聞いちゃうとやっぱり言い出しづらいな。


「……あまね、どうした?」

「んー、いや、なんでもないよ」

「嘘だ。あまね、嘘ついてる」


 ポアルは私の眼をじっと見つめてくる。


「あまねに嘘つかれるのは嫌だ。私、凄く嫌な気分になる」

「……ごめんね。実はさ、ちょっと人間の町を見てみたいなって思っただけだよ。でもポアルはあまりいい思い出はないだろうし、言いづらくてさ」


 ポアルに嫌われたくないので、私も正直に答えた。

 するとポアルは首を傾げる。


「? なんでだ? あまねは好きに町を見てくればいい。あまねは石を投げられないんだろ?」

「そうだけど、そうじゃなくてさ……。ポアルと一緒に行きたいと思ったんだよ」


 ポアルと一緒に食べた朝食はとても美味しかった。

 ならばきっとポアルと一緒に見る景色も楽しいんじゃないかと思ったのだ。


「でもポアルは人間の町に良い思いでないでしょ? 角や見た目なら私の魔法で変える事も出来るけど、ポアルにとっては――」

「え? 角隠せるの? 人にハーフだってばれなくする事出来るの?」

「え? 出来るけど……」

「じゃあ行きたい!」

「いいの?」

「行きたい行きたい! あまねと一緒ならどこでも行きたい! ハーフだってばれないなら人間の町だって見てみたい!」

「そ、そうなの……?」


 ポアルは目を輝かせる。

 ……凄いな。あんな仕打ちを受けても町に行きたいなんて。

 ひょっとしてこの子、本来は凄くポジティブなんだろうか?


「じゃあ、行こっか?」

「うん!」

「みゃぁ!」


 という訳で食後は王都に行く事にした。

 昨日は暗くて全然見れなかったから楽しみだ。

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