お盆にまつわる話

お盆である。

うちは地方なので、旧盆なんである。

東京にいたとき、七月のお盆にめちゃめちゃ違和感を感じまくっていたのも、遠い記憶になってしまった。


そして、お盆にはろくな思い出がない。


5年前の8月15日、無理矢理人間ドックを突っ込んでみたら、義実家で下の子が誤食して、お盆だというのに緊急処置でえらいこっちゃの騒ぎになった。

這々の体で検査の病院に行ったら(飯がうまい、という評判だった)、胃カメラで

「ポリープありますねー、生検回しまーす。まあ、たぶん良性ですけどね」

と言われてご飯がパーになった(払い戻し不可だとこの野郎、と未だに根に持っている)。


さらにそのポリープが、2週間後に送付されてきた検査結果にしれっと「悪性所見」とか書かれてあり、翌日予約しといた外来診療で医者から

「残念ながら」

とか言われ、あっちゅー間に手術までの日程を組まれそうになった。杜撰過ぎないかこの告知、と未だに思うのだがどうか。


とりあえず検査予約はした(させられた)ものの、

「この病院どうにも信用ならねえ」

と、頭ン中でガンガン警鐘が鳴りっぱなしだったため、速攻で翌日、かかりつけ医の元に走った。

かかりつけ医は元がんセンター勤務医で、現在も非常勤をされている、言わば「地域連携病院」の院長だ。分野は違うけど。

とにかく、まずはがんセンターに紹介してもらわんといかん!! と思ったわけだ。


「先生、あたしまだ死にたくないんです!」

と半泣きで訴えたところ、

「今どきこの所見でそう簡単に死なねえよ、なもさん」

と宥められた。

「ところで、何処の病院で検査したのさ」

「✕✕病院です。そこでしか予約取れなかった…」

「よりによってかい!!」

──実はこのやり取り、後に何人もの人と繰り返すことになった。

その人たちの意見を乱暴に取りまとめれば


「施設はいいが外来診療との連携が悪い。ついでに外来はくそくそのくそ。詳細はGoogleさんの口コミ参照のこと。但し飯はうまい」


という、思わず病院名を全部伏字にしてしまうくらいのあれやこれやで、俺の勘グッジョブと心から思った。うちの上の子の初めて放った明瞭な一言と同じだ。


「たすけてころされる」

……保育園の駐車場で、チャイルドシートにくくりつけようとしてただけなんだけどな。

勿論、✕✕病院には即座にお断りと転院の申し入れをしたことは言うまでもない。


結局、内視鏡手術では取り切れなくて、暮れに腹腔鏡下手術で噴門部から三分の一の胃と、周辺のリンパ節十数個と永久にさよならすることとなった。最終的な術後の診断はステージⅠb。

がんセンターで、ほぼ間違いなくがんでしょう、ということになったときに

「スパッとやっちゃってください」

と言ったら

「手術して、切った後に『腹腔鏡下でもいけたかも』ってことになると…」

と消化器内科のドクターが言った微妙なラインの診断だったことが、術後に嫌というほど理解できた。

結果、十数キロ痩せて、だいぶんゴハンがいただけなくなった。

とくにパスタや蕎麦は、店によってはふた口三口くらいで受け付けなくなる。飲み込めない。胃に落ちていかない感覚と、何故かずぅんと首から肩が突っ張ったように痛くなる。好きなのにそれ以上箸が進まない。尾籠な話で申し訳ないが、戻してしまうことだって、ある。

──身体に刃物を入れる、内臓を切除するって、そういうことだ。

命の代償としたら、ささやかなものかもしれないが、私はこの先ずっとこの不具合と付き合って生きていく。

──今年の年末の検査で異常がなければ、晴れてがんセンターは卒業となる。



さて、お盆である。


学生時代のことである。

祖父の初盆の入りの日、祖母が

「爺ちゃんが『一緒に行くべ、淋しいから』って言うんだ」

と言い出した。夢に出てきたらしい。

「何つったん婆ちゃん」

と訊けば、

「遠いし面倒くさいから嫌だって言った」

と、しれっと答える。

田舎の初盆はなかなかに忙しく、料理、接待、片付けと、一端の女衆らしくくるくる走り回って疲れ果てた送り盆の朝、こんな夢を見た。


鬱蒼とした杉並木街道の、土手道を歩いていたら、普段は車が通る下道を、白い服の祖父がとぼとぼ一人で歩いてくるのが見えた。

「爺ちゃん、何処行くの」

と声をかけると、私の方を見上げて何ごとかを話しているようだった。しかし、声が聞こえない。

「何、何なの?」

聞き返しているうちに、目が覚めた。

──妙な夢だったなあ、と思いながら朝食の支度を手伝い、珍しく起き出して来ない祖母を起こしに行った。

父が「疲れてるみてえだから、寝かしておけ」と言っていたが、

「婆ちゃん?」

と覗き込んだらいつもと様子が違うどころではなかった。

鼻血を流して、低い唸り声を上げていたのだ。

「親父さん大変だ! 救急車だ!!」

──まあそこから大変な騒ぎになった。


救急搬送された祖母は、一命はとりとめたものの、そこから死ぬまでの3年ほど寝たきりになった。父は立て続けに喪主をせずには済んだが、何しろ迎え盆の朝のあれがあったもので、一段落ついた後に

「爺ちゃん、婆ちゃんを連れてくつもりだったのか……」

と難しい顔をしていた。

そっち方面のことには疎い、というよりも鈍いくせに、身内のことなので何か感じるところがあったらしい。

「……連れてきたくても、連れてけなかったんじゃないのかなあ」

私は私で、祖父が何か言っていたのに聞こえなかった夢を思い出していた。


──婆ちゃん連れてこうと思ったんだけど、嫌だって言うからよ。悪いな。面倒かけっちゃうけど、頼むな。


そんなことを言ってたんじゃないだろうか、と。



ふとこんなことを思い出したのは、昨日の朝(迎え盆前日)、親父と爺ちゃんが我が家を訪れる夢を見たからだ。

どうも親子して、実家に帰る前に顔を出してくれたらしい。

(がん体質とあまり増えない白髪はこの二人からの遺伝だ)


──別に顔出してくれるのはいいけど、別の変なもんまでくっつけて来ないように。

締め出すの大変だったんだから。

ついでに親父さん、人の身体を使って飯食ってったよな?

通常なら入らない量のご飯とおかず(今思えば親父の好物)が、するする行けてしまって、私も家族も驚いたどころでなかった。体調も悪くならなかったし。


今日は全然ご飯が入らず……というか、通常通りに戻っていた。

たぶん、そういうことだったのだろうと思っている。

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