魔法で成功したら

鳥越敦司

第1話 有名画家の悩み

 普通の場合、男性は太った女性には関心を持たないものだろう。それでダイエット関連の商品は飛ぶように売れるのだろうか。関心を持たないと控えめに表現したが性欲を持たないという表現の方が、もっと的確なのだろうか。日本の有名画家、田宮真一郎の妻、可奈は、かなり肥満気味であるが彼女は、ついに妊娠したのだった。だが・・・しかし、「それは、おれの子供では、ないだろう。これは・・・。」と妻を激しく難詰する事は彼には、とても、できなかった。何故なら彼は肥満した妻と夜の生活を送ろうとせずにいて、すでに他の女と夜の関係を持っていたからだ。(だから、といって、こんな事になるなんて思っては、いなかった。)そう真一郎は、とても苦悩した。それに、生まれてくる子が女の子なら、名前はユナとつけたい、と可奈はズバッと宣言するように言った。(それは、それでいいとして、それでもユナって、なんか全く変な名前だな。)生まれてくる子供が、自分の子ではないと知りながら、どうする事もできないとは、それが当たり前とはいえ・・・これから、おれは、はたして、どういう気持ちで生きていくのだろう。いっそ・・・と真一郎は思うと妻を、ちらりと見て、殺そうか?と、思ったりもしたのだが、では、どうするのか?という具体的な案になると、なかなか彼には思い浮かばない。(今は、思いつかなくても、そのうち、きっと、きっと、思いつくかもしれない・・・)そう真剣に思う著名画家、真一郎は自分の右手を固く固く握りしめていった。

美青年の浜野貴三郎は透明のテーブルをはさんで向き合っている美少女ユナに、こう問いかけた。

「君のお父さんって、とても有名な画家なんだって?」

「ええ、とても有名で、とても、お金持ちなの。あなたも、きっと知っているはずよ、わたしの父の名前は。」

「一体、それは、なんていうのかな。」

「その名は田宮真一郎、うふ。」

「ああ、あの怪奇な主題の絵の作品が多い人だね。インターネットでも、とても話題になっているし、XやFACEBOOKでも知られている。」

「うふ、じゃあ、知っているのね、浜野さん。とっても、わたし嬉しいなー。」

ユナは細い首を少しかしげて、浜野に魅惑的にウインクした。

「そうだったんだね。何か君は裕福な家庭のお嬢さんだと、思っていたけど・・・。ぼくが、田宮さんを知っているのは、ごく、ごく、当たり前だよ。だって、ぼくはね、これでも絵描きの、はしくれなんだから、だよ。」

ユナは丸い大きな眼をピカリと輝かせた。

「そうなのね。わたし、あなたが、なんだか芸術家じゃないか、って思っていたのよ。だから、こうして、こんなに素敵なデートできて、とても、わたし幸せな一日だわ。」

ユナは黄色のコーヒーカップを、ゆっくり手に取ると口びるを柔らかく、つけた。彼女の赤いくちびるは浜野の眼にガッシと焼きついた。

「浜野さん、どうしたの、わたしの顔に、何か、何か、ついてる?」

「いやあ、あまりにもね、君のくちびるが、ただ、ただ美しくて。」

「まあ。とても、とても、お上手ね。でも、あなたも、とっても美青年よ。そう言われない?」

「まあ、時々はね、なんて。それよりさ、一度、ぼく、有名な田宮画伯に本当に会えないかな。」

「それは、簡単、パッと、すぐに会えるわよ。だって、田宮は、なんといっても、わたしの父ですもの、父です。」

浜野の両方の眼は、夜明けの太陽のように希望でキラキラと輝いた。


浜野貴三郎は熊本県、熊本市の出身である。美術に才能を秘めた血は、彼の一族の中に流れているようで、叔父に東京都町田市で美術大学に通っていた男がいた。彼の名前は、小島政治という。叔父さんのようには、なりたくない、と浜野は常々思うのだったが、やはり、東京都町田市の美術大学の学生となり、それで田宮ユナと知り合ったのだった。叔父の小島政治が失敗したのは、女性問題であったという。だから、浜野は気をつけなくちゃと思っているのだ。 熊本のバスセンターから高速バスに乗り、福岡市の博多駅のすぐ隣のバスセンターへ行き、そこから新幹線で上京したのは、一年前だった。水島マリという浜野の友人の姉が、町田のキャバクラ、「愛の花束」というところで働いているという。叔父の小島政治とも、かつて、その店で話をした事があるとか、いうらしい。

「いっぺん、遊びに行ってみよう。おれが話しを、しておくから。」

彼の友人は、熊本のバスセンターに見送りにきた時、に、そう話した。

「おー、そーしよー。東京から、おれ、携帯で電話するよ。」

浜野は笑顔で答えながら高速バスに乗り込んだ。(マリさんか。でもな、女には気をつけないと、いかんなー)

浜野はJR町田駅で降りた時、今は亡き歌手の坂井泉水を思い出した。浜野は坂井のファンだったのである。インターネットでも坂井の画像を探しているうち、ヌード画像を見つけて、すぐにパソコンに保存しておいた。その位のファンであるために、当然坂井泉水の住所はネットの情報から知っていた。その情報では、東武線の一つの駅の近くとなっていた。浜野はもちろん、坂井の家に花束を持って訪ねるつもりだったのだが、彼が町田に着いたときには坂井泉水は入院中だったのである。浜野がアパートに入った翌日、ネットのニュースで坂井泉水の事故死を知った。彼は悄然と、うなだれた。できれば、坂井泉水と結婚したかったのだ。彼女が四十歳でも、構わないと思っていたのに。


真一郎は娘のユナが連れてきた彼氏を見ると、昔、どこかで見たことのある顔に似ていると思った。世の中、似た人なんて山ほど、いるものだ。が、

「僕は、熊本出身です。」

と、その青年が自己紹介するのを聞いて、ハッ、とした。思い出した、思い出した、あの男だ。そう、小島政治、という、あの自分の生徒だった青年に、実によく似ている。ならば、もしかすると、親戚なのではないか。が、そうだとすると、ユナは多分・・・この関係は、しかし・・・。


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