第22話 咲いた心 ブルーミング・ハート

 子息マッテオが目を点にして黙ると、師匠も口を紡ぐ。

 その後で私が語りたい話に補足した。


「いかにも、自分で己の心臓を取り出せないのと同じで、研魔士は自らの心を取り出すことはできない」


「なら別の研魔職人に頼めばいいだろ?」


「研魔士の魔力とは握った拳のような物だ。それだけ未知の力が強いのだ。互いに力を込めて拳をぶつければ、反発するか両者とも拳を痛めるだけだ」


 ダーケスト様は複雑な気持ちをタメ息に交えて言う。


「研魔職人は他人の穢れを落とす代わりに、闇へ堕ちるしか道がないのさ」


「難儀だな」


「自らの境遇を差し置いて難儀だと? つくづく嫌みな小僧だ!」


「い、いや。今のは心底、そう思ったたけで……」


 師匠をソッポを向いたかと思えば、横目で貴族の息子を見て、しきりに喉を擦り始めた。

 これは何か、考えをまとめている時の仕草。

 頭の中で整理がついたみたいで、喉から手を離すのと同時に話を始めた。


「心底か……少しは研魔のしがいがありそうだ。いいだろう」 


「や、やってくれるのか?」


「貴殿の依頼、引き受ける。支払いもツケを認めよう」


「お、恩に着る!」


 土下座する貴族の子息マッテオをかわすように、兜を身につけたアラベラ嬢が、いそいそ扉へ歩む。


「それではワタクシは失礼します」


 マッテオは立ち上がりいぶかしげに「失礼。どこかで会ったことはあるか?」と尋ねた。


 兜で顔も見えなければ、声も兜の中でくぐもっているので、解らないのは仕方ないとしても、彼なりに何か引っ掛かるものがあって呼び止めたと思いたい。


 アラベラ嬢は少し悩んでいる様子。

 顔が解らないのでシラを切ることもできそうだけど、扉からひるがえして子息マッテオに向き直り答えた。


「アラベラですわ」


「アラベラ? なんで、兜なんかかぶっているのだ?」


「その、これは……」


 師匠がすかさず嫌味を込めて問い詰める。


「お前さんがかの令嬢を醜いだの、心まで穢れているだの言うから、この有り様だ。なぁ、貴族殿? 言葉に気を付けないとこうなるわけだ。なぁあ!?」


「そうか……僕はなんて愚かな男なんだ」


 子息マッテオはしばしうつむくと、アラベラ嬢を力強く見つめて言った。


「アラベラ。僕の心の研魔が終わるまで、待っててもらえないか? 君に伝えたいことがある」


「今ではダメなのですか?」


「穢れた心を持つ僕の言葉では、信用できないだろ? だから、心の研魔が終わって、曇りの無い気持ちで伝えたい」


 私は無性に腹が立った。

 だって舞踏会で散々、アラベラ嬢を罵り師匠のダーケスト様を痛め付けたのに、自分の都合でしか話をしないのだから。

 私はアラベラ嬢をはやし立てる。


「アラベラさん。待つ必要なんかないですよ! こんな身勝手な人、無視して帰った方がいいです」


「解りました。お待ちしております」


「そうです。お待ちして――――はい?」 




 貴族マッテオの心の宝石を磨くのに、一時間以上かけた。

 積りに積った穢れは、根を張り巡らせたカビのように頑固。

 師匠からすれば「若いからまだ落ちやすい方だ」と言っていた。


 工房の裏を歩いて浅い林を抜けると、絨毯を広げたようなエーデルワイスの花畑が目に飛び込む。

 十枚くらいの長く細い花びらをつけた白い花々は、遠目から見ると雪の結晶のようで、とても美しい。


 師匠は兜の令嬢に「これ以上、見るにあたいするモノはないから帰りなさい」と、うながすけど、彼女は「もう少しだけ見届けさせてください」と返し、研魔作業が終わる間、この花畑で時をやり過ごしていた。


 そこへ――――。


「アラベラ!」


「マッテオ様……」


 研魔作業が終わったとは言え、何をしでかすかわからない子息を見張る為、私も師匠もマッテオの後をついて行き、二人の男女を見守る。

 清い心を取り戻したマッテオが、花畑を荒らさないよう、令嬢へ歩み寄った。


「僕は生まれ変わった。今の僕は以前のような氷の王様ではない。そして、誰が僕のことを本当に愛していたか気付いたのだ。改めて君へ申し込みたい――――私、マッテオ・エレメルはヴァルトナ男爵の令嬢、アラベラに婚約を申し出る」


 子息マッテオは膝をつき、こうべを垂れてアラベラ嬢へ求婚。

 令嬢は甲冑の兜から求婚する彼を、ジッと見つめ黙りこくってしまった。

 子息は沈黙に耐えきれず「受けてくれるか?」と訪ねる。


 アラベラ嬢の答えは――――――――。

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