第5話:転校生として

視点:長月林檎


「女……では無いんですよね? 」

「あぁ。女じゃねぇぞ」

「なら……男?」

「男でもねぇぞ」

「……は?は?は?は?えっ、じゃあ性別は?」

「無い」

「無いの!?」


 小麦先生は、驚いた様子で大幅に後退りをした。

 表情が読めなくとも、感情とは案外分かるものだ。


「性別無いって……えっ、無いんですか?」

「おお」

「じゃあ子孫繁栄どうすんですか」

「え?ええっと、二十歳になったら、五年に一回に繁殖期?が来るようになって、分身する。ちなみに、栄養が足りなかったら分身できねぇから、ぼくは人生で一度も分身した事ねぇ」

「へ、へぇ……不……思議ですね」

「え?これじゃないならお前らはどうやって子孫繁栄するんだ?性別が関係あんのか?」

「……あー、コウノトリさんが運んできてくれるんですよ」

「えっ!?コウノトリいるのか!?純種がいるのか!?」


 ぼくは驚いてつい大声を出してしまった。

 小麦先生はぼくの声に驚いている。

 だってコウノトリが居るってことは、つまりぼく以外に純種が居るってことだ。

 そのコウノトリも突然変異なのかなぁ。


「え、えぇっと……そうだ!コウノトリは純種では無く神様なんですよ!混種の赤ちゃんを運ぶための神様なんです!そう!神様!」

「なるほど!神様だったんだな!!いつか見てみたいなぁ」

「そ、そうですね!見れたらいいですね!!ハハ……」


 コウノトリは神様だったか! 良い情報を入手したぞ! 何か役に立つかな?


「ですが……性別が無いのは不便ですね。混種とは、性別が必ずある生き物なんです。どっちか分からないって人は居ますが」

「へぇー、そうなのか!なら、ぼくはどちらかの性別を名乗らないといけないな」

「えぇ。まあ……一人称と口調からすると、男の方がやりやすいとは思いますが……どうします?」

「うーん、ぼくじゃよくわかんねぇから、オトコでいいぞ。です」

「了解しました。では男ってことで進めますね」

「ありがとうございます!」


 そんなこんなで、ぼくは男となった。

 性別の違いはどうやったら見分けられるのだろうか。

 そもそも、小麦先生はどちらなのだろうか?


「ま、一応男と決まったのなら、私は部屋の外に出ますので、その間に着替えて下さい」

「おお!わかった! 」


 隙間の多い古い扉がしまって、再びこの部屋は薄暗くなった。

 ぼくは今来ている服を脱いでせっせと着替える。

 ネクタイの使い方がイマイチ分からなかったから、とりあえず頭に巻いておいた。

 同時に、ズボンと一緒に渡されたベルトという物もよく分からない。

 だから今度は足首にまきつけておいた。

 ズボンは腰周りがやや大きくて、沢山動いたらずり落ちてきそうだ。


「小麦先生ー!着替えたぞ!」

「分かりました。では開けますねー」


 何度目だろうか。

 またこの部屋に光がさす。

 まぁ、嫌なことではないから良いのだが。


「……って、なんですかその格好!?」

「いや、小麦先生が渡したから着たんだが……」

「いやいやいやいやいや!……って、まぁそうですよね。今まで服と無縁の生活してたんですから、ネクタイとベルトの使い方くらい分かりませんよね……」


 小麦先生はなんだか疲れたような雰囲気で頭を抱えた。


「いいですか?まずネクタイは頭に巻くものではありません。酔っ払いか」

「ならどこに付けるんだ?ですか? 」

「ネクタイはこうやってシャツの所に通して……こうやって結んで……」

「む、難しい……」

「しっかり覚えてくださいよ。これから毎日着るんですから」


 そう言って小麦先生はぼくのネクタイを結び終わった。

 なんだか変な感じだ。首の辺りがムズムズする。


「さて、次はベルトですね……これは腰の所に……」


 ぼくの足にくくっていたベルトをほどき、小麦先生はまた説明を始めた。

 服とはこんなにも複雑なのか。これを毎日着ている混種の事を少し尊敬する。


「はい、出来ましたよ」

「おお!ありがとうございます!」


 ぼくは自分の全身を見てみた。体に布が巻かれているのはやはり違和感があるが、なんだかになれたようで嬉しかった。


「お似合いですよ!さて、これで正真正銘我が校の生徒ですね!!」

「本当か!?やったぁ!!」


 ぼくは飛び跳ねて喜んだ。不思議と小麦先生も笑顔な気がする。表情が見えないから、なんとなくだけど。


 ヒューーっと、壊れかかったこの部屋の扉から、すきま風が吹いてきた。


「うぅ……寒っ……混種はよくこんな布一枚で寒さを防げるな……」

「あぁ、まぁこの時期ですもんね……えーっと、上着ありましたっけ……」


 そう言って小麦先生は、また大きなダンボールを漁り始めた。

 上着ってなんだろう。


「あー、すみません。私のお下がりしかないんですが……それでも良ければこれ着ます? 」

「いいのかですか!?着ます着ます!」

「良かったです!タイムセールで買ったはいいけど、結局ほとんど着ませんでしたので……これオーバーサイズですから、多分合うと思いますよ! 」


 そう言って小麦先生は、服の全体を見せてくれた。

 黄土色で、前だけ空いている。


「はい、じゃあここに腕通して下さい」


 ぼくは小麦先生に助けられながら、その黄土色の上着を着てみた。

 あったかい。


「おお!すげぇ!布を何枚か来て寒さを凌いでいたんだな! 」

「ええ。そうなんです。十枚くらい着る人もいますよ」

「十枚!?動けなくならねぇか!? 」


 やはり混種の世界とは面白い。ここに逃げ込んだのは、どうやら大正解だったようだ。


「さて、それではそろそろ行きましょう」

「どこにだ?あ、ですか? 」

「そりゃあもちろん……」


・  ・  ・


 緊張する。うん、だってそりゃあ緊張するよ!


ガラガラーー。

 小麦先生は扉を開けて入っていった。ぼくはその場で待機だそうだ。

ふと上を見てみると、扉の上に看板があった。

 看板には『はくちょう組』と書かれている。


「はーい!皆さん、今日から転校生がやって来ますよー!」

「おー」「誰だろー!」「男?女?」「可愛い子がいいなぁ」


 転校生というワードが出てきて盛り上がっていた。このざわめきが余計に緊張を増す。


「それでは入ってきてください!」


 ぼくは先生の合図で扉を開け、中に入った。

 真っ黒なネクタイ、真っ白なシャツ。その上には、小麦先生から貰った黄土色の上着をはおり、そして首には真っ赤に輝く宝石…をかけている。


「それでは自己紹介どうぞ!」


 小麦先生の合図で、ぼくは自己紹介を始めた。


「なっ、長月林檎ながつきりんごです!好きな食べ物はリンゴです!よろしくお願いします!」

「はい、ありがとうございます!」


 小麦先生は手を叩きながら言った。

 それにつられて他の混種達も手を叩く。


「それでは!新しい仲間の長月さんと仲良くしましょうね!」

『はーい!』


 小麦先生の言葉に皆が返事する。

 なんだか暖かい。


「林檎くーん! 」


 ひらひらと手を振って声をかけてくれたのは、先程出会った奏だった。


「学校生活、どうよ?」

「まだ転校してきて一分くらいなんだが」

「あっはは!それもそっか!それじゃ、これからよろしくね!分からないことがあったらいつでも言ってよ!」

「おお!ありがとう!」


 奏はニコニコの笑顔で指を二本立てた。

 よく見ると、背中にとても小さな羽が生えているから、奏はキューピットの混種だと思う。


 こんな優しい人たちに恵まれて、住む場所もあるなんて。夢にも思わなかった。

 ぼくはこれから、幸せに、安心して暮らせるだろうと思った。


 でも、地獄はここからだった。

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