第4話ヘイリーハイト・ヴァンルードの回想(ヘイリーハイト視点)


「"七色の髪の乙女"」


カールライヒ伯爵がボソリと呟いた言葉に、僕は思わず耳が反応する。

「妻が何か?」

「ああ、いえ失敬。どうですかな、ヴァンルード殿は。月光に照らされし輝きを目の当たりにして。いやあ羨ましいですなあ」

「はあ。月光が、何ですか?」

意味がわからずそう問うと

「奥方のリリア殿の髪ですよ。あの銀髪の名前の由来をご存知ないなんて事はないでしょう?」


(いや、全く知らないが…)


「七色の髪にダイヤやパールをあしらってみましたかな?さぞ美しいんでしょうなあ」


やや離れているところでフォレスティーヌと話し込んでいるリリアの髪を撫でる仕草をしてみせる。

人の妻に対して何とも失礼な行為である。


(リリアは飾り道具ではない。この豚め)


だが、私はカールライヒ伯爵を責めることができない。

先ほどから姉君のフォレスティーヌから目が離せないのだから。

その凛とした佇まいに思わず見惚れてしまう。

欲しくて手を伸ばして掴み損ねてしまった君。


(胸が掻きむしられそうだ)


「……侯爵殿?…ヴァンルード侯爵殿?」

はっとして視線を"かまくら"の様な男に戻した。

視界に映る美醜の落差に思わず眩暈がした。

瞬間、まずいと思った。目の前の男の奥方に魅入っていたのは明らかだ。カールライヒ伯爵とて無礼であるが、悟られるのは望まない。その眩暈にかこつけてふらついてみせる。


「いかがされた!?」

「ああ、すみません。ここのところ血の気が引いたり眩暈を起こす事があるのです。失礼しました」

「これはいけない。あちらのソファへ席を移しましょう」

カールライヒ伯爵に腰あたりを支えられる格好でソファに腰を落とした。


(誤魔化せたか?)


ふぅと息をつくと


「フォレスティーヌが気になりますか」

今度は本当に血の気が引いた。

「何を仰います?」

「ヴァンルード殿は気の強いご婦人がお好みかな?我が妻ながらフォレスティーヌは気が強くていけませんな。それに対して奥方のリリア殿はお優しい印象ですが…」

「はあ、まあ優しい方なのでしょう。屋敷のメイドなどと仲良くやっているようですから」

真意がわからず、よく分からない質問は無視することにした。生唾を飲み込みやっとのことで話す。

すると

「ふむ。まあ、実はですな、近頃フォレスティーヌから離縁したいというようなことを言われておるのですわ」

「え…」

一瞬まるで自分が逆さにでもなってしまった様に上下が分からなくなった。

「単刀直入に言いましょう。あいつに間男がいるのではないか、そう思っておるのです。そこで思い当たったのが…」

伯爵は手にしていた扇子で僕の胸を指した。

「まさか。フォレスティーヌ殿とお会いするのは我々の結婚式以来です」

「しかしヴァンルード殿は元々リリア殿ではなくフォレスティーヌに求婚されていたでしょう?あ、これはあいつに聞いたことですがね。まあ、どこがどう拗れたものか、リリア殿は貴殿と、フォレスティーヌは私と夫婦になったわけですな」

「何が仰りたい」

「真にフォレスティーヌと関係を持っていないと言うのですな?」

「あまりにも失礼です。当たり前だ」

「ふむ。そうですか」

そう言って艶々というよりも段々"てらてら"としてきた頬に手を当てて考え始めてしまった。

その様子に焦れ焦れとして、つい声を荒げた。

「カールライヒ殿、何をお考えです!?」

「返答次第では姉妹を交換してはどうかと思っていたんですがな」

ここはハッキリと言い切った。

「なんと!?」

「失礼だとは重々承知。フォレスティーヌは離縁したいと言う。その裏に貴殿が絡んでいるのならば、この拗れた関係を今こそ正してはと思ったまで。だが、貴殿はあいつと関係はないし、リリア殿とは良き夫婦でいらっしゃるようです。いやあ、無用な提案でした。忘れてください」


僕は呆然とした。何が起こっているのか、この男が何を言っているのかすぐに理解できなかった。

だが、今ここで身の振り方を決めれば事を荒立てずに姉妹を交換できるのではないか。

打算的な思考に欲が絡みついて上手く考えが及ばない。


そうこうしている内にカールライヒ伯爵がソファから立ち上がった。

「随分と失礼な事を言いました。今後できるだけお会いしない方がお互いのためでしょう、いらぬ詮索をすることになる。ではこれで」

「ま、待ってください…待って!…ください…」


伯爵は口角を上げて緩りと振り向いた。

「何か?」

「そのお話し、フォレスティーヌ殿はどの様に?」

「間男などいない、思いびともいないの一点張り。じゃあなぜ離縁するのかと問えば『窮屈だ』とそればかり」

「そうではなく…」

「ああ、"交換"の話しですかな?」

分かっているだろうに白々しくそう言うと、目の前まで顔を近づけ、そして耳打ちした。

「もともと自分のところに来ていた縁談話、元あるべき場所に戻るだけのこと」


(ああ、本当に!?あの金髪を掬い上げて、これでもかと愛でる日が訪れるかもしれない)


そんなふうに思うと


「どうか前向きに検討くださらぬか」

僕は、気がつけばそう返答していた。

だらだらと汗が止まらない。俯く僕にカールライヒ伯爵は最後の一押しをしてみせる。

「なあに私とて元はと言えばリリア殿と婚約しておったのですから」

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